第97話 勇者の聖剣を手に入れろ
祭あり火事ありの波乱に満ちたモモハラをそろそろ発とうかとレヴィードが考えながら茶を啜っているとフィーナとターシャが新聞を持って慌てた様子で走ってきた。
「レヴィード!」
「レヴィード様!大変です!」
「ん?どうしたんだい?」
「これを見て下さい!」
「えっ!?」
フィーナとターシャは新聞を広げてとある記事を指差すと、レヴィードは食い入るようにそこを見た。その記事とはなんとカエデの処刑を報じたものであった。サラーサで別れてから足取りが不明だっただけに突然の知らせにレヴィード達は記事の詳細を読む。
記事によれば勇者パーティーがヤトマの火山フージャを登る途中、カエデが襲撃してブゾウを殺してしまったというのだ。
「カエデさん…仇討ちは果たせたんですね」
「でも明日、ドーエで処刑なんて…」
「うーん…」
カエデの事情を知ってる者から見れば家族を惨殺した盗賊の頭領だったブゾウを討ったという至極納得のいく行為だが、事情を知らない者から見れば、栄光ある勇者パーティーの一員を殺害した重罪人である。
現に新聞にはカエデとブゾウの過去の関係性については何も触れられておらず、ただブゾウが殺された事実だけが誇張され、それを行ったカエデが狂人かのような扱いで書かれているのだ。
もしこのままカエデが処刑されればカエデの名は穢れたまま人々の記憶に残り、何よりも姉のボタンの想いが込められた艶紅を届けることも出来ない。
「おや?皆さん血の気が引いた顔でどうしやした?」
「あ、キチマルさん」
どうしようかと悩んでるレヴィード達の元にキチマルがやって来た。
「キチマルさん。明日までにドーエに行き着く方法はありませんか?」
「1日でドーエに!?そりゃあ案内人のあっしでも無理ですぜ。ここから華京ドーエまで順風満帆に歩いたとしても少なくとも5日は掛かりやすよ。鳥みたく空でも飛ばない限りは…」
「鳥みたく…。あっ」
キチマルの言葉にレヴィードは1日でドーエまで行く手段を閃き、仲間を呼び寄せた。
「…正気ですか?」
「うん。至って真面目だよ」
レヴィードが閃いた計画を聴いて全員は難色を示す。
その計画はソシアスの機動戦仕様によってドーエまで飛行、カエデを見つけ次第連れ去るというシンプルなものだが、実質レヴィード単独での行動になるため相応の危険が伴う。
「ソシアスだと一人運ぶのが限界だし、剣と魔法を両方こなせる僕だからこそ色々と対応できる。違うかい」
「そうかも知れませんが…」
「何も勇者パーティーを皆殺しにしようって訳じゃない。カエデさんを取り戻したら僕は僕で一目散に逃げるから平気だよ」
レヴィードの進言に一行は難色を完全に払拭できた訳ではないが、レヴィードの実力を鑑みれば大丈夫と思える気持ちが強く、何よりもその提案を上回る良策を思い浮かばなかったために決行することになった。
ドーエまでの飛行のための準備とはいえ、レヴィードの荷物は武器と懐に入れた最低限の荷物だけで終わり、すぐに出立となった。
「レヴィード。気を付けてよ」
「うん」
「…ソシアス。くれぐれも頼む」
「了解」
ソシアスがレヴィードを抱き上げるとふわりと浮上する。
「じゃあ行ってくるよ」
これから決死の救出作戦を敢行するというのに、レヴィードは近所の店に行くような雰囲気で空へと飛んでいった。
キチマルの喩え話の通り、レヴィードはソシアスによって鳥のように飛び、途中休みを入れながら数時間後にはヤトマの首都である華京ドーエに到着した。
華京ドーエは首都らしく大小様々な建物が並び、それらは碁盤の目のように十字路で規則正しく区切られ、そこを埋めるように人々の往来が動く。上空にいるレヴィード達から見れば、まるで蟻の行進を観察しているような気分である。
「ん?」
レヴィードは上空から見渡すと一番奥にある城の入口前の広場だけ人がおらず、何かに囲われているようであった。
「ソシアス、あそこ見える?」
「視認。竹製の囲いの中でカエデが拘束されています。周囲には警備と思われる武装集団が15人確認」
「15人…行けるね。じゃあ手筈通りに頼むよ」
「了解」
レヴィードの指示でソシアスが下降を始めた。
その頃、カエデは縄で棒に縛られていた。その体は勇者パーティーの他のメンバーから反撃を受けたものか、痣や擦り傷にまみれている。
(姉さんの仇は討てた…)
姉のボタンを辱しめた挙げ句に殺害したブゾウの心臓を貫いた瞬間の心地はまだカエデの中に残っていた。仇討ちを決意して、修行して、追跡しての15年が果たされた時は例えようのない高揚感を抱いたが、今は生きる目的が消えてただ虚ろな表情で地面を微風でカサカサ這う枯れ葉を眺めていた。
「ん?なんだあれは?」
「鳥か?」
「いや、に、人間!?」
突然、周囲が騒がしくなってカエデは何事かと顔をゆっくり上げる。逆光でよく見えないが空から何かの影が近づいて来ることが分かった。
シュイィィンン!!
枯れ葉と土埃を舞わせながらソシアスが着陸し、レヴィードがカエデの元に駆け寄る。
「カエデさん大丈夫?酷い怪我だ…」
「レヴィード…何故」
「話は後。ここから逃げて」
レヴィードはシロザクラを抜いて縄を切断し、回復薬を懐から取り出す。
「逃がすな!出会え出会え!」
不意の侵入者に警備をしていた城に勤める武士達は驚くが剣を抜いて向かってくる。
「牽制」
「がはっ!!」
それに対してソシアスが回転銃を掃射し、武士達の足を撃ち抜いて転ばせていく。
「ソシアス!早くカエデさんを連れていって」
「了解」
「待て…」
レヴィードの回復薬で気力が戻ったカエデはレヴィードに話し掛ける。
「何故…助ける?」
「助けたいから」
「もう、良いんだ…。姉の仇を取れたから…もう…」
「じゃあ、お姉さんの想いは要らないかい?」
「…何?」
「ボタンさんの幽霊に会って君に渡して欲しいと頼まれたものがあるんだ」
「幽霊…?何を馬鹿なことを…」
「馬鹿な事を言うためにここまですると思うかい?」
「…」
カエデがレヴィードと共に旅をしたのは勇者武芸大会を逃げ出してからサラーサに渡るまでの短い期間だけだが、その中でレヴィードの子どもらしからぬ実力や判断力を見てきた。そんなレヴィードが幽霊なんて冗談を言うために命懸けで来る訳がないとカエデは直感した。
「一体何を…」
「見たかったら逃げるよ。ソシアスお願い」
ソシアスが掃射を止めてカエデを抱えて飛び立とうとした時だった。
「紅蓮竜波!」
「くっ!」
レヴィード達の元に真っ赤に燃え盛る龍の形の魔法弾が翔んできて、レヴィードはその炎の塊を鞘に吸わせて消した。
「また来たな亡霊め…」
武士達の後ろからゾロゾロとリューゼ率いる勇者パーティーがレヴィードを睨みながら進んでくる。
「行って」
「逃がす訳がないだろう!聖鎖封印!!」
リューゼが身に付ける賢者の籠手から白く光る鎖の束が飛行するソシアスとカエデを拘束しようと伸びてくる。
「はっ!」
レヴィードは踏み込んで鎖の束を一刀両断に切り捨てると、ガシャンと鎖は地面に落ちて淡い光となって消えた。
「離脱」
その内にソシアスは高度を上げていき、レヴィード達が視認できない空の彼方へと飛んでいった。
「ふふっ。勇者パーティー、仲間の仇に逃げられる。また不名誉な見出しが出来ましたね」
「クソっ!」
ソシアスに逃げられ、レヴィードに嘲笑われ、リューゼは怒りのままに叫ぶ。
「それじゃあね」
「待て!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいないさ。迅雷脚」
レヴィードは加速して逃げようとした時、リューゼの口元はニヤリと歪んだ。
「黒天溶雨」
リューゼが何かしらの魔法を唱えるとドーエの町全体の上空に真っ黒な雲が形成され、レヴィードも思わず立ち止まる。
サーッ
程なくしてその雲から雨が降ると町から耳を裂くような人々の悲鳴が湧いてくる。
「うわっ!なんだ!?」
「熱い!熱いよぉ!」
「服が!体が溶ける!!」
その阿鼻叫喚に付随するように強烈な硫黄の臭いがレヴィードの鼻腔を刺激して吐き気と眩暈を催させる。
「リューゼ王子…、一体何をしたんだ!?」
「ああ。あれは死の雨だ。触れたものは人間だろうが鉄だろうが何でも溶けちまうのさ」
「相手は僕一人だろ!それなのに町の人を巻き込むなんてやりすぎだ!」
「それがどうした!俺様が受けた屈辱なんてこんなもんじゃ晴れないぜ?」
「くっ、なら!」
「おっと良いのか?俺様が死んでも魔法は続くぞ?賢者の籠手の魔法だからなぁ。むしろ俺様が死んじまったら、あれを止める術がなくなっちまうぞ?そーだなー。俺様の願いを聞いてくれるなら止めてやってもいいぜ?」
「…っ」
レヴィードはリューゼの煽りに苛つきながらもシロザクラを納める。
「それでお願いっていうのは?」
「ああ簡単な事さ。俺様の勇者の聖剣を取るのに協力しろ」
「勇者の聖剣?」
「俺様の調べではすぐそこにあるフージャの火山に住む炎竜王が守護しているらしい。生憎、あの女にブゾウが斬られて攻め手に欠ける。お前はムカつくが剣の腕前は買っている。それに魔法も使えるらしいからな」
リューゼの申し出は協力の要請というよりも命令といった口調で、レヴィードは拒否と言いたいところだがドーエが巻き添えで苦しんでいる以上、従う他になかった。
「分かったよ。協力しよう」
「協力しよう、だと?勇者様に協力させて下さい、だろ?土下座をしてな」
「…っ」
リューゼの物言いにレヴィードは腸が煮えくり返り唇が切れそうなほど噛み締めるが、爆発しそうな感情を押し殺して膝を着いて土下座をした。
「…勇者様に協力、させて下さい…」
「うわっ、ホントにやったよ」
「ふふふっ」
「…」
勇者パーティーの面々からは蔑みの笑いと目線が浴びせられる。
「しょうがねぇなぁ。じゃあ連れていってやるか」
リューゼはにやけっぱなしの歪んだ笑みを浮かべながらレヴィードの頭を力を込めて踏みつける。
「よぉし。約束通り消しといてやるよ。俺様は約束を守る正当な勇者だからな」
かつて怯えていた亡霊を跪かせたことで強気になったのか、リューゼは得意気に死の雨を降らせていた暗雲を消した。
「それじゃあ行くぞ」
リューゼは意気揚々と歩き出し、それに勇者パーティーの面々が続き、その後ろにレヴィードもとぼとぼと連なった。
城の門を出て町を歩く際、死の雨のせいで酷い硫黄の悪臭が漂い、肌が爛れた痛みで呻く人々がいる道を通り過ぎるのはレヴィードにとって苦行でしかなかった。
ドーエを出てリューゼ達についていくレヴィードはフージャの火山を登るが、パーティーとしての役目はあまりにも理不尽であった。
フージャの火山にはドラゴン達の長とされる炎竜王が住むだけあって、生息しているモンスターは一般的に手強いドラゴン系が多いが、それにあたっての連携が何もないのである。例えば今レヴィード達が交戦しているフレアワイバーンというモンスターで見てみよう。赤い下級のドラゴンで、下級とは言えどモンスター全体で見ればDランク以下の冒険者単独では太刀打ちできず、Cランクが何人か集まってようやくどっこいどっこいの勝負になる強敵である。
「はっ!飛氷槍!!」
「クギャアオ!」
前衛を務めるのはレヴィードで積極的に攻撃を仕掛ける一方、同じ剣を持つリューゼは後衛で剣を軽く構える程度で何もしない。
「…」
本来、その重装甲の鎧や大盾でパーティーの守備の要である筈のデリュジスはレヴィードを守る気などさらさら無いと言わんばかりに後衛で楽しているリューゼの側を離れようとしない。
「とうっ!」
「ギャオオォォ…」
「よし、後は任せろ!!」
翼を貫かれて地に伏し、フレアワイバーンが傷だらけの虫の息になったところでリューゼがしゃしゃり出て脳天をかち割ってトドメを刺した。
「さすが勇者様です!」
どの辺がさすがなのか、回復役の聖女であるアンジェシカがリューゼを褒める。
「あの…そろそろ回復を…」
「あら軟弱なのですね。その程度では私の力を使うに値しませんわ」
ここまでの連戦で疲労が蓄積してきたレヴィードがアンジェシカに回復を求めると、リューゼを褒めたにこやかな表情とうって変わって冷めた口調で突き放つ。
普段はレヴィードを中心としたぺルル・ティップ・ラティスの前衛、遠距離攻撃で支援するターシャ・アインス・フィーナの後衛、どちらにも対応できるソシアスの人員で、状況に応じて役目を組み換えながら柔軟な戦闘が出来たが、それに比べれば今の勇者パーティーでの戦闘など論外である。
(よくこんな他力本願な戦い方でやってこれたね)
「なんだ。何か言いたそうだな」
「ううん。あ、そうだ。火山で暑いから喉渇かないかい?澄爽水で水を出せるけど」
レヴィードも文句の一つも言いたかったがリューゼの影にいるエレアの存在が口を閉じさせた。実はエレアはドーエに残っており、もしレヴィードが反抗的な態度を取った場合、リューゼの思念話という魔法で即座にエレアに伝わり、それを受けたエレアがドーエの町の家を燃やす手筈になっているのだ。
「ふん。良い心掛けだが別にいらん。先に行くぜ」
レヴィードが奮戦したおかげでまだまだ元気があるリューゼ達はさらに山を登っていくがその途中、日が暮れたため大きい洞穴で野営して一夜を過ごす事になった。
「…ZZZ」
リューゼ達は呑気に寝息を立ててぐっすり眠っているがレヴィードはパチパチと燃える焚き火を退屈そうに眺めていた。リューゼの無茶ぶりで火の番を寝ずにすることになってしまったのだ。レヴィードとしてはリューゼ達と今更分かり合おうという気は微塵もないが、暇潰しの会話もない寂しい空間に置かれると和気藹々としたこれまでの旅路がいかに恵まれていたかをひしひしと思い知らされていた。
(カエデさん無事かな。まぁソシアスならきっとみんなのところに届けてくれたよね)
レヴィードはそんな事をぼんやり考えながら火が絶えないようにかき集めた枯れ枝を焚き火にくべていった。
それから夜が明けて太陽の光が洞穴に射し込む時間になるとリューゼ達は目覚め、すぐに登山を再開した。
「はぁ~」
「貴様、弛んでいるぞ」
レヴィードの欠伸にリューゼが突っかかってくるが、火の番をしていたせいでレヴィードの睡眠時間は目を閉じて少し休んだ数分程度だけである。山登りに加えて強力なドラゴンとの連戦で蓄積されてきた疲弊はそんな居眠り程度で回復するわけがない。
「熱いな…」
フージャの火山を登って1日と少しでリューゼ達は後半の溶岩地帯に差し掛かった。盆地のような地形に赤と黄色が混ざった独特の輝きを放つ溶岩の池があちこちに点在しており、その熱気がリューゼ達の気力を奪う。無論、溶岩の池に触れれば無傷では済まないため、リューゼ達は僅かにある畦道のような細い岩の足場を通る。
「…くっ」
しかしそう都合良く岩の足場は続かず、飛び越えられそうにない幅の広い溶岩の池がリューゼ達の前に立ちはだかる。
「おい。何とかしろ」
「え?でも賢者の籠手の魔法で何か出来るんじゃ…」
「俺様に指図するのか?」
リューゼの一睨みで駄目だなとすぐに悟ったレヴィードは溶岩の池の前に立つ。
(氷の橋じゃ熱気ですぐ崩れちゃうしなぁ…。となると方法は一つかな)「リューゼ王子」
「なんだ」
「これから水の魔法を溶岩にぶつけて一時的に冷やしますから渡って下さい」
「なんだと?」
「行きますよ。海龍水禍」
レヴィードはリューゼの有無を言わさず水の龍を溶岩の池に打ちつけた。すると大量の水蒸気が発生し、それが晴れたら溶岩の池は黒く冷え固まった。
「…よし。充分行けますよ」
「なっ、おい!」
レヴィードは素手で冷え固まった溶岩に触れるとじんわり温かい程度だったので充分に渡れると判断して歩き出し、リューゼ達も急いで続いた。
それからリューゼ達は溶岩の池の盆地を抜けてからも、河のように流れる溶岩の上を一本橋のような岩場を渡ったり、ドラゴンの巣穴の群生地を音を立てぬように忍び足で歩いたり、危険な箇所は多々あったがなんとか潜り抜け、炎竜王が住まう聖域とされる頂上に辿り着いた。
「…」
一見、奥に洞窟があるだけの円形の場所だが、レヴィードはただならぬ殺気を察して腰のシロザクラに手を掛ける。
「なんだ。何をビビっている?」
一方のリューゼは鈍感なのか、警戒するレヴィードを鼻で笑う。
「俺様の調べでは聖剣はフージャの火山の山頂の洞窟に安置されているらしい。とっとと回収するぞ。たぶんあれだ」
リューゼ達は息巻いて洞窟に近づいていく。
「我ガ眠リヲ邪魔スル者ハ誰ダ!!」
誰が怒鳴ったのか、謎の声が洞窟から轟き、地面が揺れる。
「誰だ!?」
リューゼは声を張って剣を抜刀して構え、デリュジスとアンジェシカも身構える。ズシン、ズシンと響く足音が徐々に大きくなって、とうとう怒鳴り声の主が洞窟から顔を出した。
「我ハ誇リ高キドラゴン達ノ長、炎竜王ナリ」
それは通常よりも二回り程の巨体を持ち、溶岩よりも燦々と濃い朱の鱗で覆われた勇壮なドラゴンであった。




