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八話・オジイチャンと海賊船

 ルリコは黒い海賊船の近くに来て、上を見上げた。後ろのマストに黒い糸が絡んでいるのが見えた。

(クロウミズグモの糸……か。こんな使い方もすんのかよ)

 ルリコは短く舌打ちすると、海賊船からかかっている橋――木の板に飛び乗った。両端と中央に金属板が加工されているので折れないだろう。

「ルリコ!」

 ルリコが振り向くと、左肩に布を巻いたアタミが走って来た。白いジャケットは大半が赤黒く染まっている。

「大丈夫ですか?」

「――ああ。ルリコこそどうした?危険だから戻った方が良い」

 アタミは真剣な顔つきでルリコの右腕を強く掴んだ。

(うーん、ヴィクトル爺は心配だがアタミさんをブン投げる訳にはいかねぇな……)

 

 船員であり商人のヴィクトル――通称、ヴィクトル爺は齢八十になる白い髭と日に焼けまくった褐色の肌をした老人だが、腰はまっすぐで、まだまだ現役と自負し誰よりもよく働く。ヴィクト爺独自の購買ルートも幾つかあるらしい。若い頃は海賊まがいの事をしていたらしく(無駄に)血気盛んで、デカイ中華包丁の様な剣を背負っているハイパージジイである。


「ザンギルさんから、ヴィクトル爺の救助を頼まれたのです。一度に四人までなら、わたしにも何とかできますし無傷ですから」

 ルリコは真剣にアタミの説得を続ける。

「イオシフさんもニコスさんも怪我をしてるので、手当てしてあげて下さい。わたしの部屋の右隣に隠れてます。それではお願いします」

 ルリコは掴まれた手を回し、手のひらが上に来るようにすると、一気に手のひらを下に向け、アタミの手を振り払った。壊れたオールを握ったまま橋をバランス良く渡り、アタミを引き離す。

「ルリコ!!」

 アタミの叫び声が聞こえたが、ルリコは振り返らず海賊船内部に入っていった。


 海賊船内部は狭く、薄暗く、何となく湿気があり、オッサンが集団で生活していたからかどことなく汗臭い。

 ルリコは眉間に縦皺を作りながら、慎重に進んだ。

(死体は……ないか。死体なんて見たくねぇからイイけど……)

 先ほど、通路一面にべったりと付いた血痕を思い出すが、必死に振り払った。

(血は見慣れてる!あたしは平気!)

 顔をぶんぶんと振り、何時か屈伸すると、ルリコは再び通路を進んだ。

 しばらく進むと、下から怒声が聞こえた。下に行く階段を探していると、背後に気配を感じオールを突き出した。

 ギィイン、と金属音が響く。

「チッ、気付かれちまった」

 口元に傷のある、白に近い金髪の男が湾曲した剣を突き出していた。まだ若い。

 ルリコは鳥肌が立つのを感じたが、気合いで押さえ込む。

(この男――さっきの三下どもとは違ぇな……普通にやるなら、勝てねェ)

「イきのイイ女は好みなんだ。楽しませてくれんの?」

「ごめんなさい。その気は――無ェよ」

 金髪の男は口元だけで笑い、下から切り上げて来た。ルリコはバックステップで躱し、懐に入ろうとしたが反射的に右足を回転させる。

 ギャリッ、と音を立て安全靴の底をナイフが擦った。

「――っ!」

「へぇ……勘イイじゃん?」

 ルリコは間合いを取り、手を狙ってオールを振るがことごとく躱される。時折ナイフが鋭く突き出され、躱した所で剣が振られるので躱すのに必死だ。

 ――もっとも、ルリコは前の頭に十人からの攻撃を避ける特訓を受けていたので、躱すのにはかなりの自信がある。

(くっそ!マジ始末悪リィ!剣は何とかしてぇな……)

「よく躱すな!オレ、ゾクゾクしてきたッ!」

 金髪の男は笑った。背筋を凍らせる様な美しく、妖艶な笑みにルリコは身震いする。

(――この野郎、前の頭と同じ笑い方しやがる!遊んでやがったのか!?)

 ルリコは低くオールを振り、金髪が下がった瞬間手を蹴り上げた。

「おっ!」

「ちっ、ナイフか!」

 柄を蹴られ、金髪の手から抜けたナイフを遠くに蹴りながら、ルリコはオールを振るう。またオールを低く振ると、金髪に踏みつけられたので肘で鳩尾を狙うが、躱される。

「ひゅう!あッぶねー」

 ルリコはまた金髪と距離を取り、深呼吸をした。金髪は上着からまたナイフを取り出している。

(キリねぇよ!しゃーねえ……アレやってみっか)

 ルリコは後ろ手で革鞄を漁り、ナイフを投げた。金髪がナイフを剣で叩き落とし、反対の手からナイフを突き出す。

「遅いッ!」

 ルリコは突き出された手をいなし、足でナイフを弾いてから指を握り、素早く指を極めた。

「ってェ!」

 ルリコは金髪から離れ、短く息を吐き、オールを操り突き払いを繰り出す。金髪は先ほどとは違い、つまらなそうに後退する。ルリコが怪訝そうに下がると、金髪は剣を鞘に収めた。

「……やめ。行けよ。仲間も見逃してやるから」

「え?」

「指痛いから、もうヤるき無くしたー」

 殺気の消えた金髪は、極められた指に息を吹き掛けている。相当痛かった様だ。

 当然だが。

 ルリコはオールを担ぎ、金髪を横目に見ながら通り過ぎようとすると、金髪がのしかかってきた。殺気は無い。

「オレこんな痛い目あったの初めて。お姉さん、また遊ばない?」

「……断わる」

 ルリコは鬱陶しそうに振り払うと、階段に向かう。

「オレの名前はルスランだから!覚えといてよ!」

 ルリコは金髪の言葉を聞き流し、階段を降りた。


 ヴィクトル爺は自慢の剣を振るいながら後退していた。背後には傷を負った若者が三人。

「ヴィクトルさん!」

 ルリコは奪ったナイフを足元に向かって投げた。ヴィクトル爺と切り結んでいた男が離れた。男は角刈りで、顎髭とモミアゲが一体化していた。身長はルリコとあまり変わらない。

「海上警備団が来ます。退いて下さい!途中の男は手出ししないと思うんで」

 ルリコは手近にあった椅子などを投げつけながら一体化男を牽制する。

「……あいつ!サボりやがって!」

 ルリコは傷を負った若い男を支えながらも、牽制する事を忘れず、手当たり次第に椅子や皿を投げる。傷を負った男達を逃がすと、ヴィクトルも下がって来た。

「ルリコ嬢、悪りィな。おめぇも下がれ」

「……それはヴィクトルさんが退いてくれないと無理です」

 一体化男が両刃のごつい剣を振るった。ヴィクトルが避けなかったのでルリコはオールを縦にして受けとめるが、衝撃に両手が痺れる。

「……うっ!」

(お、重ッ!さっきの金髪よりヤバい感じはしねェが、重い!!)

 ルリコはヴィクトルを階段に突き飛ばし、一体化男の斬撃を避けまくる。ルリコに斬り掛かる度に壁や床、テーブルなどが破壊されるが、一体化男は気にした様子がない。

 ルリコは痺れた両手が回復するのを待ち、手を狙ってオールを振るった。二、三回攻撃した後、一体化男の顔面目がけオールを投げる。投げたオールと共に前進したルリコは、オールを弾き落とした一体化男に側面からヤクザキックを食らわすとバックステップで下がった。

「この女……!」

 ヤクザキックを顔に食らった一体化男は血を拭い、ルリコに追撃しようとしたが、こっそり側面に回ったヴィクトルが丈夫そうな椅子をぶん投げ、いい音を立て後頭部に当たり、膝をつき倒れた。

「ヴィクトルさん素敵!」

「まだまだ現役じゃからの!」

 ヴィクトルはにやりと笑い親指を立てた。

金歯が眩しい。

 ルリコは投げたオールを回収すると、ヴィクトルに近寄った。

「ルリコ嬢にはびっくりしたのう。随分と戦い慣れてる様じゃし」

「わたしなんて大した事はないですよ」

(戦いっていうか……基本的には殴る蹴るの集団喧嘩だしな)

「ともあれ、嬢ちゃんのおかげで助かった。オリ島についたら若い娘の服でも髪飾りでも買ってやろうかの!いや、海上警備団が来るまでこの船から何か、高く売れそうなモンふんだくるかの!副船長達には内緒で、迷惑料として山分けせんか?」

「……火事場泥棒って、わかりますか?」

「?ん?嬢ちゃんの国の言葉か?」

 ヴィクトルは首を何度も傾げた。傾げながらも棚や戸から荷物を引き出し、散らかしている。

(あたしが言ったって説得力無ぇか。ナイフ何本も盗ったし)

 棚の中身を引き出したヴィクトルは、戸を結んでいたロープをルリコに渡す。

(――一応、モミアゲ一体化男縛るか。丸裸にするのはヴィクトル爺にやらせよ)

 ルリコがロープの強度を確認していると、ヴィクトルが「うお!」と叫んだ。

「窓だったか!?危ないのぅ!ん?」

 ヴィクトル爺は戸――もとい大きめの窓から身を乗り出した。ルリコは慌てて、近くの柱にロープを縛り、ヴィクトルに近づく。

「危ないですよ!ロープ持って下さい!」

ルリコはヴィクトルにロープを持たせようとしたが、ヴィクトルは渋い顔をして手を振った。

「儂は平気じゃ。年寄り扱いするな!それより、アレ見てみ」

 ヴィクトルは左を指差した。ルリコも見てみるが島影に隠れ、波が高くなって見えにくい。それに、いつの間にか船首方向にまで来ていたのに驚いた。

 右隣の、ルリコ達が乗っていた船は財布と札束とコインが描かれていた帆が、無数の穴が空きボロボロになっていた。

「あの白いのが白海竜じゃ。ほれ!とんでもなく早いぞ!」ヴィクトルは指差し嬉々として話すが、白波に紛れルリコは確認できない。

(ずいぶん目のイイ年寄りだ……)

 ルリコは半分呆れヴィクトルにロープを巻き付けるべくオールを下ろそうとすると、嫌な感じがしてオールを横にして掲げた。

 高い金属音と、痺れる両手。

 モミアゲ一体化男は頭から血を流しながら、ルリコに剣を振り下ろしていた。オールの半ばまで、剣がめり込んでいる。

「嬢ちゃん!」

 ヴィクトルは窓から離れ、剣で応戦しようとする。

「ジジイはどけ!」

 一体化男は剣を横に払い、剣撃をヴィクトルは受けとめるが、尻餅をついてしまった。

「ヴィクトルさん!」

 尻餅をついたヴィクトルに斬り掛かろうとする一体化男を止める為、ルリコは大切を低くし遠慮なく膝裏をオールでぶん殴る。オールも限界だったのか、ぐにゃりと曲がってしまった。

「ぐあっ!」

 一体化男が仰向けに倒れると、ルリコはオールを捨て腹を踏みつけた。動かないのを確認すると、一体化男の靴を脱がし両足を縛った。

「油断しちまったよ」

 小さく呟き、手を蹴り付け剣を奪うと、遠くに放り投げる。

(――そうだ。逆さ吊りにしてやろう。このモミアゲ、血の気多いみてェだからな)

 ルリコは閃くと、尻餅を着いているヴィクトルを起こした。

「大丈夫ですか」

「あー、腰は痛いが、何とか平気じゃ」

 ヴィクトルは起き上がると腰をトントンと叩いた。

「じゃあ、こいつ窓から吊り下げるので後ろを持って貰えますか?血の気多いみたいなので、大人しくなるでしょう」

「あ、ああ、わかったぞい」

 ルリコが男の肩を持つと、ヴィクトルはロープを巻いた足を抱えた。二人でずりずり一体化男を引きずると、「金髪に長身の娘、ほんとに人魚みたいじゃのう」とヴィクトルは小さく呟いていたが、ルリコは気にしなかった。

 窓まで来た二人は、ルリコが窓ギリギリに立ち、ヴィクトルが窓より少し後方で止まった。ルリコは肩から腕へと、一体化男を持ちなおす。

「一、二の三で投げますよ」

「わかったぞい」

 二人は一体化男の体を振り子の様に揺らし、勢いを付けた。

「いーち、にの、さん!」

 ルリコが先、ヴィクトルが少し遅れて手を離すと、一体化男が目を開けた。

「……っんの女!」

 一体化男はルリコの足を掴もうとするが、ルリコはひらり、と躱した。

ひらり、とした。

「あ!」

 制服のロングスカートがひらりと靡き、一体化男はスカートの端を掴んだ。

 一体化男とルリコはまっ逆さまに海へと落ちる。しかし、一体化男は途中で落下が止まり、船壁にぶつかる。

「ッうぐ!」

 男は衝撃で手を離し、ルリコは海へと落ちる。ルリコは慌ててスカートを抑えていた手を落下方向へ向けた。パンツ丸見えはイヤだが、この高さで頭から落ちたら、気絶しかねない。


 ざばん、とルリコは海中に落ちた。鞄が抜けない様しっかりとストラップを持ち、力を抜いて浮き上がる。

「――ぷはっ!」

 ルリコは思い切り息を吸い込み、深呼吸をする。上を向くとヴィクトルが何か叫んでいるようだが、耳に海水が入り良く聞こえない。ヴィクトル爺曰く、左手に見えていたらしい海上警備団も波が高く、見えない。

(海に落ちるとはマズったな……とりあえず、乗っていた船は落ち着いてると思うし、泳ぐか)

 ルリコはあまり体力を使わない平泳ぎで、少しずつ海賊船から離れた。


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