七話・海賊、迎撃
「おう、そこのチューボー、男と女で差がないのは何だァ?」
ルリは短い金髪に赤いサラシを巻いた女性に尋ねられた。黒い口紅を塗った唇は、楽しそうに歪んでいる。
「頭」
ルリが答えると、短い金髪の女性は首を振った。
「そーだけどよォ、ちょい違う。ギジュツテキなコトさ。アタイはァ、瞬発力と素早さだと思ってる」
短い金髪の女性は、赤い特攻服から棒付き飴を取出した。
「純粋な力比べじゃァ、男には勝てねェ。いッッッくら筋トレしたってなァ。だから、女だと油断してるヤツラに出会い頭で一発カマして、流れを変えちまう。木刀や鉄パイプ、安全靴……武器が有りゃあ、大して性別差関係ェねぇからなァ」
「わたしは強くないです」
ルリコは何かを諦めた、そんな表情で力なく微笑んだ。
「ところで、何か鉄の棒の様な武器はありませんか?」
ルリコが聞くと、槍を持っていたおばさんが、落ちていた槍を拾った。
「これではダメかい?」
ルリコは目を伏せて頷く。
「重すぎますし、その武器じゃ人を殺してしまうかも知れません。申し訳ないと思いますが、わたしは人を殺す事はしたくありません」
ルリコは勝手な我儘だと思っていたが、そうとしか言えなかった。
人を殺してしまったら、元の世界に戻っても、きっと、ずっと後悔するだろう。泣き叫ぶ相手を殴った感触ですら、すぐに消えてはくれないのに。
喧嘩の時でも、口では「ブチ殺す!!」と言っていても、頭から教わった急所は武器で攻撃はしない。それがグループの決まりであり、ルリコを率する事だった。。
おばさん三人が悩んでいると、エウラがルリコに近寄って来た。
「台所に麺棒があるよ。あと、ルリコの隣の部屋、副船長の部屋じゃない方に金属製のオールが何本かあったはず」
「麺棒では、強度に不安が……やはり、わたしのいた船室付近まで戻らなければなりませんか」
ルリコは半眼で呻いた後、軽くストレッチを始めた。
「わたしは武器を取って来ますので、皆さんはここにいて下さい」
ルリコの言葉に、エウラやベレニケ達おばさんが反論する。
「危ないよ!」
「じっとしとき!」
「ルリコちゃんも、ここにいた方がいいよ!」
「アタイも行く!」
騒ぎ出した女性陣を見つめ、ルリコは口元に人差し指を立てる。
「静かにして下さい。五人以上の団体に来られたら、わたしには何もできません。上の様子も気になりますし、きっとすぐ戻って来ます」
ルリコはそう言うと微笑み、ロープを革鞄にねじ込んだ。
「一度に三人までなら撃退できますので、ロープは貰って来ますね。では、お静かにお願いします」
ルリコはもう一度口元に人差し指を当てると、静かに階段を登っていった。
自分は強くない。
ルリコは、何度もその事を味わった。
故に、自分が強くなる方法も知っていた。
自分のいた船室に向かい、階段を登り、静かに通路を歩く。すると、重い足音が聞こえて来たのでルリコは深呼吸をした。
通路の曲がり角で出会ったのは髭を生やした、むさ苦しいオッサンと腹に刺青をいれた半裸のオッサン。
「……っ、いやっ!」
ルリコは演技全開で高い声を出し、目を見開きながら壁に張りついた。オッサン達は汚い笑顔を浮かべ、ルリコを舐める様に見た。
「……ふーん、若い娘も居たか。中々高く売れそうだ、いや、飼って客を取らせるかな」
「なぁオルゼン、その前に、使えるかよーく、調べねぇといけねェよなァ!」
ニヤニヤ笑いながら近づく髭のオッサンに、ルリコは右手を降って後じさる。
「い、いやあッ!やめて!来ないで、来ないでッ!」
ルリコは演技に徹し、目を見開いているので目が乾き始め、涙がうっすら浮かんでいる。イイ感じに勘違いした髭のオッサンがルリコの右手を掴むと、ルリコは目を細めた。
ルリコは右手を捉まれたまま、左足を斜め前に出し、刺青腹の男の股間を思い切り蹴り上げた。
「おごッ!!!」
右手を掴んだ男が仰天してる間に、男の右肘を肩にかけ、極める。
「あ、あだだだッ!!」
激痛に男が苦しんでいる間に、股間を手で押さえた刺青腹の股間を更に蹴り、大人しくなるのを確認した。髭オッサンの右足を払い、引き倒すと鳩尾を目がけて膝を落とした。
「ぐげぇっ!」
オッサンが吐いた吐瀉物を無表情で見ながらルリコは服を剥き、猿轡を噛ませ手足を階段の手刷りに結んだ。ナイフは一本頂戴し、他の刃物と財布は近くの部屋に投げ入れ、もう一人の刺青腹を剥き始める。
ルリコ的に、下着は触りたくないので剥ぎ取らない。
「うっわ汗臭ッ!オッサン風呂入れよ!」
不満気に呟きながら、ルリコは同じ様にナイフや財布を別の部屋に投げる。猿轡を噛ませ手足を縛り上げると、額の汗を拭った。
「さて、どこに結ぼっか……」
ルリコがキョロキョロ見回していると、スキンヘッドのオッサンが曲がり角から現れた。
「お、おめェ何してやがんだ!」
スキンヘッドが鞘から剣を出す間に、ルリコは刺青腹の手足を持ち、二回転してぶん投げた。
「おわっ!ダグ!」
スキンヘッドは刺青腹を受け止めたが、勢いが強く、壁に頭をゴッとぶつけて座り込む。
ルリコは容赦なく、スキンヘッドの側頭部を蹴った。
「あぎっッ!」
次に鼻を蹴ると、鼻血を吹き出しながら横に倒れた。ルリコの安全靴と通路に血が飛ぶ。
「これで、五人目……何人いるんだ?甲板の人達全滅してねぇよな?あー、ものすごい不安になってきた」
ルリコは不安に思いながらスキンヘッドを剥く。先程と同じく、剣やナイフや財布等は別の部屋に投げ入れる。
「それにしても……ナイフ必ず四本は持ってるんだよな。あぶねー」
スキンヘッドの靴を脱がすと、またナイフが転がった。
「げッ!このハゲ何本持ってやがんだよ」
ルリコは猿轡を噛ましながらぶつくさ文句を言い、刺青腹とスキンヘッドを抱き合うように結び、通路に転がしておく。
「こいつら来たのはこっちか……でも、甲板が不安だから行くか」
頂いたナイフをポケットに入れたルリコは、縛ったオッサン達は気にせず自分のいた部屋に向かって静かに歩き出した。
ルリコは表情を消したまま、鼻にピアスを付けた男の腹を蹴った。左手の指は変な方向に曲がっていた。
「げひっ!」
痙攣する男から武器や服を手早く取り去る。
「アバラ折れたか……でもそんなに力入れてないから内臓に刺さってないだろ。血吐いてないし」
ルリコは一人で納得し、トイレに縛り上げた男を転がした。
「コイツで八人目だよ……マジで全滅したんじゃねぇだろうな。……ロープだって後少ししかねぇ」
ルリコは人影を確認しながら、急いで目的の部屋に向かう。
通路の確認をし、静かに進むと甲板への通路に出た。扉ごと金属製の閂が落ちているのが見え、うっすらと見える甲板には矢が何本も刺さっていた。
(マジで矢かよ……パッと見、死体転がってないから全滅してはない……と信じてェけど)
いくら喧嘩慣れしたルリコでも、死体の転がっている場所で冷静に対処できる自信は無い。
ルリコは最悪の事態を考えながら、ゆっくり部屋に進み、身を滑り込ませた。
血のにおい。
ルリコは反射的に血のにおいがする方へ体を向けると、暗色の布に包まりオッサンが身を縮めていた。
「ニコスさん?」
「……嬢ちゃんか。ってぇッ!」
ニコスは右肩と左手、脇腹に矢を刺していた。しかし、出血は少ない。
「あのヤツラ、矢射かけてきやがって……このザマだ」
苦々しげに舌打ちすると、後ろを振り返った。ルリコも後ろへ視線を向けると、目を閉じたイオシフが蹲っていた。顔や服を血で汚し、左腕は真っ赤に染まっている。多分ニコスが腕に布巻いたのだろうが、血は未だに滲み出ている。
「第一航海士も結構頑張ってたがよ、ヤツラにぶん殴られて気絶しちまってよ。俺も頑張って引きずって来たのさ」
ルリコはニコスの言葉を聞き流し、部屋の物色を始めた。金属のオールを何本か持ち、比べながら首を傾げる。
「で……嬢ちゃん、何してんだ?」
ルリコは中途半端に折れたオールを掴み、軽く振り回して頷いた。
「武器探しです」
「武器!?」
ニコスが絶句するのも一切気にせず、引き出しを漁る。
「そうです。ここも安心出来ませんよ。小麦とか置いてある場所から、八人はやっつけて来ましたから」
「八人もか!?」
隣の引き出しから革手袋を見つけたルリコは、指先をナイフで切り、折れたオールの持ち手に布を巻き始めた。
「他の人達は?大体無事ですか?」
ニコスは深呼吸をし、額に手を当てた。
「……新人、二・三人は殺られた。他は矢が刺さったってピンピンしてるさ。特に、あー見えて副船長は強ぇからな」
「そうですか。ではわたしも甲板に行きます」
ルリコは革手袋の手首を紐で縛り始めた。
「――おい、本気か?」
「本気です。もうそろそろ海上警備団が来るでしょう?今からなら、少しでも相手の戦力を削いだ方が良いです」
縛り終えると手を開いたり閉じたりし、ルリコは頷く。
「わたしは女ですから、男は大体油断します。そこがわたしの強さです」
ルリコはニコスに向けて微笑むと、静かに部屋を出た。
甲板に向けて歩き、到着すると左手に血溜りが見えた。血の中に――矢の刺さった、まだ少年が倒れている。
ルリコは跳ね上がった心拍数を、気合いで押さえ込む。
(悼むのは後、落ち着け……落ち着け)
頬を一回叩き、金属製のオールを握り締め、ルリコは前に走りだした。