六話・海賊、襲撃
拾われて四日目。
ルリコは久しぶりの制服に着替えていた。
「さすがに暑いな」
今までは薄手のものを来ていたので、少々暑く感じる。
「甲板に行けば丁度良いか。薄曇り、風強し……よっしゃ、フナムシ来ねぇぜ」
ルリコは船室の窓を覗いて小さくガッツポーズをした。すると、軽快な足音が聞こえて来る。
「おはようルリコー!朝ごはんだよー!」
元気よく、朝食を運んできたエウラに、ルリコは微笑んだ。
「おはようございます、エウラさん」
昼過ぎ、ルリコは荷物をまとめた甲板に来て、海を見ていた。
学校指定の革鞄に、斜め掛けのストラップを通し、白いミニボストンも通している。化粧ポーチに入っていた、ごつい質流れ品の壊れた腕時計もストラップに通してある。靴もエウラに借りたサンダルではなく、靴下を履き安全靴に変えている。
「今日の夕方で、この船とお別れか……」
ルリコは息を吐き、二階建の建物の後ろで、進む船に沿って出来る波を一人で見ていた。
夕方にはオリ島から小舟が来るらしい、とイオシフから昨日聞いている。代表者として一人、イオシフが下船し手続きし、意外と早く着いたので夜には皆下船するなど。
ルリコは代表の航海士――イオシフと共に、こっそりと島に渡る。で、そのまま雑踏に消える。この船の人達がいつも利用する宿は港の東で、北の繁華街に向かい、反対の港まで歩いて行けば、夜に出港する船に乗れると聞いている。
「何も言わずに『ドロン!』と消えちまうのは……罪悪感あるな。ま、でも、あのツリ目が悪役になってくれっか!」
ルリコは深く考えない様にしながら、船首に向かい歩き出す。途中にいた乗組員数人に挨拶し、船首に着くと寄りかかった。船尾より強い風が、ルリコの傷んだ金髪を乱す。
「うわー、バリバリ。纏めっか」
ルリコは革鞄から黒いバラの付いたヘアゴムを取出し、手櫛でポニーテールに纏めた。腕を組み、見えて来た島々をぼんやりと見つめる。
島々に近づき、岩壁や岩に生えた木の根が確認出来る頃、誰かが近付いて来た気がし、ルリコは振り返った。
「ルリコ、ここにいたのか」
白いジャケットを着たアタミが近づいて来た。
「さすがに、船室ばかりは飽きて来ましたので」
アタミはルリコの隣で立ち止まった。
「次の島で海上警備団――群島連合の海を高速海竜船で見回り、犯罪などを取り締まる組織だが、そこにルリコの事を相談しようと思う。未だに、大陸からの人身売買が後を絶たないと聞いているからな。辛い事だと思うが、是非とも協力してほしい」
ルリコは内心、嫌な汗が止まらなかった。
(ヤッベェ!そんな大事なのかよ!?『何も覚えていません』じゃ済みそうにねぇ!!)
昨日、人魚の海域に落ちていた件についてイオシフと話したが『全て忘れました』とルリコが誤魔化すと、イオシフも『そうですか』と軽く流した。
あまり重要じゃないと考えていたが、目算は甘かったらしい。人身売買とは大問題だ。
「オリ島の海上警備団には、大陸から人身売買されていた男性と女性が勤めていると、海ツバメで連絡があった。ルリコにもきっと親身になってくれる」
(マジやべぇ!あのツリ目そんな事一ッッッ言も言わなかったぞ!?逃げたらあたしの印象すんげぇ悪くなるじゃん!この船の人達にも迷惑かかるじゃんかよォ!!)
顔色を悪くしたルリコは左右に目線を彷徨わせると、船首を向き俯いた。
アタミは「嫌な事を思い出したんだろうか……」と不安になったが、実際ルリコは何も重要な事を言わないイオシフを思い出し、憤怒の形相で歯ぎしりをしていた。残念ながら歯ぎしりの音は波の音に掻き消され、アタミには届かなかった。
アタミはルリコの両肩に手を置き、小さく呟く。
「無理に話さなくても良い。ノルスヴェータに行き、落ち着いた頃に海上警備団に行っても良い。……ルリコ、悪いな」
ルリコは振り返り首を横に振った。
「いいえ――いずれ必要になる事ですから。でも……少し考えさせて下さい」
(あのツリ目男……島に着いた直後に半殺しにしてやろうか……人身売買も、有る事無い事でっち上げるのもなー。いっそ最初に異世界から来たって行っておけば……今更遅いけど)
ルリコが物騒やら余計な事を考えていると、右手の島にキラリと光るものが見えた。ルリコとアタミも反射的に光った所を睨む。
「アタミさん、あれは?」
「――ああ。ルリコ、戻った方がいい」
厳しい顔をしたアタミが見張りの所に行き、何事か話している。ルリコの隣にも頬に刺青を入れた筋骨隆々のデカイ男が来た。こんな見た目だが、若い嫁さんに頭が上がらないらしい。
「ルリコ嬢、何か見えたって?」
「はい――鳥が漂着物のガラスを巣に置いているだけがも知れませんが」
デカイ男は短い茶髪を乱暴に掻き上げた。
「まじぃな……ルリコ嬢、中に入ってな。海賊かもしれねぇ」
ルリコが驚いてデカイ男を見上げる。
「海賊、ですか……?」
「ああ、昔っからこの辺は海賊多くてな。海竜と珊瑚礁の保護条約なんたらで、この見通し悪りぃトコ通るしかねぇんだわ。最近は少なかったんだがな……無くならねェよなあ、本当」
ルリコがデカイ男と話していると、背後から大声が聞こえて来た。
「先ほどの島で狼煙が上がりました!海ツバメでオリ島に連絡します!」
その声でデカイ男は舌打ちをし、ルリコを船室への入り口へ急いで押した。
「戻れッ、嬢ちゃん!」
船室への通路へ押し込まれると、「総員、戦闘配備!」と野太い怒号が聞こえた。ガチャガチャと、金属音も聞こえてくる。
通路でルリコは立ち尽くしていると、肩を引っ張られた。反射的にルリコは睨みながら見上げるとツリ目――イオシフが眉を顰め、厳しい表情をしていた。いつもと違い金属の小手や胸当てを付けている。似合わない、とルリコは正直に思った。
「船室へ戻らず、下に降りてエウラ達と共にいて下さい。それにしても――海賊とは、ついてない」
イオシフはため息を吐くと、ルリコを後ろへ押した。
ルリコは言いたい事が沢山あったが、何も言えなかった。
「海ツバメを連絡に飛ばしましたから、多めに見て一時持てば助かりますが、あまり安心しないで下さい」
イオシフは一度、腰の剣を少し抜き、戻した。カキン、と金属音が響く。
「……あなたの事降ろせなくなっても、文句言わないで下さいよ」
イオシフは目線だけでルリコを見た後、甲板に出ていった。呆然としていると、走って来たベレニケに「こっち!」と引きずられていった。痩せたおばさんと巻き毛のおばさんが、金属の閂をかけるのを、ただ、ルリコは見ていた。
船室の下、ソルスヴェータからの荷物が詰まれた場所に、ルリコ達女性陣はいた。端っこにいる怯えた船長をドルシアが宥めている。 入り口を槍を持った長身のおばさん二人が固めていた。やはり鎧のようなものを着ている。
「大丈夫だよルリコ。うちの船員達は皆訓練してるし、海上警備団だってすぐ来る」
エウラがルリコの肩を握っているが、エウラの顔色は悪い。手も少し震えている。
ルリコは未だぼんやりしながら、エウラに尋ねた。
「エウラさんは、海賊に会った事ありますか?」
「うん……二回」
エウラが俯いたのを見て、ルリコは視線を逸らした。
(あんまり言いたくねぇんだな……にしても、海賊か。やっぱ治安良くねぇんだな)
ルリコは二回ほど船内をうろうろしたが、大砲の様なものは無かったのを思い出した。
(まだ火薬が無ぇみてぇだから、遠距離は投石か弓、か。横付けしたら武器使って接近戦……被害は、そこそこ出るだろうな……あー、やだやだ)
ルリコは体育座りになり、膝に顎を乗せた。久しぶりのロングスカート。パンツが丸見えになるが女性ばかりなので気にしなかった。
しばらくぼーっとしていると、ルリコはガタンと大きな音が聞こえたのと同時に立ち上がった。階段を降りてくる音が聞こえる。
(二人か……まさか、やられた訳じゃないよな)
出入り口の二人のおばさんは扉に急いで閂をした。ドン、ドンと扉が叩かれる音がする。
ルリコは鞄のストラップから壊れた腕時計を取出し、右手に着ける。
おばさんは目配せしながら、叩かれている戸から少しずつ離れ、槍を構えた。
ルリコはゆっくりと扉に向かい歩く。止める人は居ない。
鈍い音がして、扉を突き破り何かが見えた。何時も音がし、扉が壊されてゆく。
ルリコは助走を付け、走りだす。
扉が破られた。
おばさん二人が槍を突き出す前に、ルリコのドロップキックが男の胸に決まった。ごちん、と向こうの壁にぶつかった音がし、男は崩れ落ちる。
ドロップキックが男に決まると、ルリコは身軽に後ろ受け身を取り、素早く立ち上がる。
階段にいたもう一人の男が呆然としている間に右手を安全靴で蹴り、武器を落とさせる。武器はギンッ、と高い音をたて、天井にめり込んだ。
「……っこの!」
「遅ぇ」
男がナイフを取り出す前に、ルリコは鳩尾に右肘打ちを入れ、腕時計を握った右手で裏拳を鼻に叩き込む。痛みと鼻血に怯んだ隙に背後に回り、容赦なく下に蹴り飛ばした。
ドロップキックを食らっても、ふらりと立ち上がろうとした男に、蹴り飛ばした男がぶつかる。どさり、と音がしたのを確認すると、ルリコは階段五段目まで降りて、無表情のまま蹴り飛ばした男に踵を振り下ろした。
「ぐぇっ!」
「ぶぎっ!」
ルリコは悲鳴を上げた男達から降り、何回か顔面を中心に蹴り飛ばし気絶したのを確認すると、呆然と見ていたおばさん二人に話し掛けた。
「すみませんが、こいつらを縛り上げるのを手伝ってもらえますか?ロープ近くにあります?」
ルリコがそういうと、おばさん二人は槍を落とした。
「ル、リコちゃん……」
「すごい、ね」
二人が呆然としている間に、ルリコは男達の服を剥いでゆく。ナイフなど刃物類は遠くに放り、上着や頭に巻いた布を捻り、猿轡をつくった。猿轡を噛ましきつく縛り、下着だけになった男から離れた。
「ロープどのあたりですか?」
ルリコが言うと、ベレニケが丈夫そうなロープを持ってきた。
「ルリコちゃん、これで良いかい?」
ルリコはロープを受け取り、じっくりと観察した。
「十分です。あ、あとフックみたいな引っ掛けるものありますか?」
「何に使うんだい?」
ベレニケが聞くと、ルリコは気絶した男を指差した。
「逃げられなくする為、下着を取りたいんですが……触りたくないので」
「あらら、じゃアタシが代わりに取ろっか?」
「……汚いですよ?」
ルリコが心底嫌そうに見ると、ベレニケはでかい胸を張った。
「なに、気にならないさね。ちょいと、ホラ!ぼーっとしてないで手伝っておくれよ」
ベレニケと槍を持っていたおばさん達が男を剥いている間、ルリコは放り投げたナイフから二本を取った。一つは全長十二センチの細いナイフ、もう一つのナイフは重く、黒い金箔押しの革ケースに入っていて刃渡りは二十センチはありそうだ。ケースを外してみると、刃は何か文字が刻んであり、ノコギリ状に加工してあった。
「うっわ……趣味悪ッ」
ナイフをケースに収めると、迷惑料としてナイフを頂く事にする。仕舞いながら男達の方に歩いて行くと、全裸に剥かれていた。
「それでは縛りますので、どいて下さい」
ルリコはあまり男達の裸を見ない様に引きずり、手近な柱を前に抱える様にして、手足をそれぞれ結んだ。
二人を縛り上げると、ルリコはふう、と深呼吸する。
「これでいいですかね。ベレニケさん、コレって――海上警備団で引き取って貰えますか?」
柱に結んだ男を“コレ”呼ばわりするルリコに、ベレニケは腕を腰に当てて頷いた。
「ああ!その為に税金払ってるからね!いやぁ、ルリコちゃんってば強いねぇ!」
ルリコは目を伏せて、ゆっくりと首を横に振った。