三話・見られました
お約束です。
部屋がオレンジ色に染まり始めると、ルリコは腕立て伏せをやめた。昼食後に「甲板に行ってみない?」とエウラに言われたが、フナムシがうじゃうじゃいた甲板には行きたくなかった。そしてまたサンダルを貸して貰うのを忘れた。
する事もなく、椅子に座りぼーっとしていると、重めの足音がしてドアが開かれた。
「ルリコちゃんの服と荷物、持ってきたからね!」
ベレニケが両手に荷物を持ち、テーブルに鞄や制服、ブーツに見せ掛けた安全靴を置いた。
「触った事がない素材だけど、石鹸で洗って大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
ルリコは丁寧にベレニケに礼を言った。
「礼儀正しい子だねぇ!エウラとは大違いだよ」
(年上の人、特に両親と同年代か上の人には礼儀正しく、と頭に仕込まれたしな)
ルリコは計算を見せずに、ベレニケに微笑んだ。俗に言う、日本人大得意の曖昧笑いだ。
「あの、わたしも食事のお手伝いをしたいのですが」
「ルリコちゃんはいいんだよ!怪我を治すのが先。治したら手伝ってもらうよ。後でエウラに薬の替え持たせるからね」
ベレニケはからからと笑い、部屋を出ていった。あっさり断られたルリコは、制服に下着が挟まれているのに気付き、ノーブラに落ち着く前にブラを付けようと、黄色のチュニックを脱いだ。
脱いだ服を椅子に置くと、肩や脇腹に包帯が見える。打ち身なんてほっとけば治るのに、とルリコが思っていると足音が聞こえる。ベレニケやドルシア、エウラやアタミとも違うので「あたしに用事じゃないな」と思い下着を取ると、いきなりドアが開いた。
「失礼―――――した」
茶髪のツリ目の男はルリコを見て、即座にドアを閉めた。
部屋を間違ったのか、とルリコは思い、一応後ろを向いて着替えた。あまり気にしていないのは、一瞬だから見えなかったと思ってからだ。
(何でここの人達はノックしねぇのかな………風習の違いか?プライバシーっつう言葉が無いのかもな)
花も恥らう(言いすぎ)女子高校生の癖にその程度しかルリコは思わなかった。
締め付けの感触をやや窮屈に思いながら、ルリコは学校指定の革鞄を開けて中身を出してゆく。革といっても合皮なので、異臭はしない。
世界史・化学・古文の教科書、地図帳、某下着カタログ、メモ帳、ノート三冊、ペンケース、カッターに替え刃、体操着上下、電子辞書、手鏡、タオルハンカチ、目薬、小さいペットボトル、カロリーメイト、ソイジョイ二本、ジップロックの箱に肩掛け用のストラップ。
ノートなど紙製品は見事に波打っていた。開くのは無理そうだ。ルリコは鞄を逆さまにして降ると、ピアスが幾つも入ったピルケースに、ライターが床に落ちた。板チョコもあったので、開けてみると白くなっていたので齧る。
「結構あるな………ま、使えねぇけど。地図帳見たかったんだけどな」
ルリコは敷物に座り、白い円筒型のボストンバッグの中身を広げてゆく。
チャック付きビニール袋に入ったキャップと水着、ゴーグル、スポーツタオル、財布、メイク道具、香水、シャンプー等お風呂セット、ポーチに入った基礎化粧用品、ジップロックに入った携帯と充電器、予備の水着、下着予備が二セット、ヘアワックス、ピンや髪飾り数種。
「うー、売れるものはヘアアクセとピアスくらいか。香水気に入ってるヤツだし。高かったし。携帯のストラップも売れる、な。予備の水着と下着……後で水着も洗って乾かさなきゃ」
ルリコはぶつぶつ呟きながら、銀のイルカが付いたヘアゴムで髪を纏めた。しわしわになったジップロックの箱から一枚取り、ペンケースから油性ペンを取り出す。ジップロックに“売れそうなもの”と書き、敷物に置いた。
「とにかく、売れそうなもの分けるかな」
ルリコはそう言い、分別作業に取り掛かった。
「辞書………やっぱダメだ。分解して捨てちゃうか。荷物はどんどん減らさないと」
電子辞書を革鞄に放り投げ、ルリコはジップロックに入った携帯を取った。
「携帯亡くすと紛失届出してから契約し直しなんだっけ。面倒だから持っとくか、カメラ使えればいいし」
携帯を出しディスプレイを見ると、待ち受けのラッセンの絵が見える。アンテナはバリ三だが、通じるとは思えない。
「時計は…あー、ズレてるな。カメラは使えそう」
ルリコは電源を落とすと、元通りにしまった。“売れるもの”と書いた袋は二つになっている。
「港に着くの明後日だっけな。明日の夕方にでも、売れるかこっそりドルシアに聞くか」
ルリコは荷物を鞄にしまい込み、棚に置いた。制服とブーツも棚に置いてゆく。
置き終わると、軽快な足音が聞こえてきた。ルリコはエウラだと確信しながら、カーテンを引き棚を隠した。髪を纏めていたヘアゴムも外す。
「ルリコー、薬塗るよ!」エウラが取っ手付きの箱と包帯を持って部屋に入って来た。
「お湯持ってくるからまっててねー」
エウラはテーブルの上に箱と包帯を置き、すぐさま部屋を出ていった。ルリコは部屋の隅からスリッパ立ての様な木製品を持ち、ドア挟んだ。ドアストッパーにしては効率が悪い、と思ったが。すると、エウラが来た反対側から足音がしてきた。覗いて見ると、先程ルリコの部屋に来た茶髪ツリ目の男だった。 茶髪ツリ目は、ルリコの視線に気付くと一瞬足を止めたが、そのままルリコの前に来た。
「……君が、ルリコか。先程は失礼した」
茶髪ツリ目がルリコの前でそう言うと、エウラの軽快な足音が聞こえてきた。
「お待たせーーって、イオシフ!」
両手にタライや夜間を持ったエウラが、茶髪ツリ目――イオシフを見て口を尖らせた。
「副船長の部屋は隣。ルリコになんの用?用があるなら母ちゃん達の許可を取ってからにして!」
エウラは早口で言うと、イオシフを睨み付けた。
(良く思われてねぇのか………そういやあ、さっき見られたっけ)
ルリコは裸を見られた事を思い出し、仕返ししてやろうと邪悪に微笑んだ。
「…失礼したって、着替えを見た事ですか?」
ルリコがそう言うと、エウラが眉を吊り上げ、イオシフも「なっ!」と驚いた。
「着替え!見た!?女の子の部屋に声も掛けずに入るの!?」
「ぐ、偶然――」
「アンタ最ッ低!ルリコに謝れ!今すぐ!この女の敵!フナムシ野郎!」
エウラはイオシフの言葉を聞かず、噛み付く様に捲くしたてる。ルリコは人を罵倒する時“フナムシ野郎”といつか使ってやろうと思った。
「通路で騒いで、何事だ?」
イオシフの後ろからアタミが歩いて来た。紙を何枚か抱えている。
「副船長!イオシフが――」
エウラが言おうとした時、ルリコはエウラの肩に手を置き微笑んだ。
「何でもありません。エウラ、お願い」
「…う、うん」
エウラはイオシフを睨み付け、ルリコと共に部屋に入って行った。エウラの態度が気になったアタミは、通路に棒立ちしているイオシフに尋ねた。
「エウラか、ルリコに何かしたのか?」
イオシフはアタミに振りかえると、一度目を伏せてから言った。
「…なにも」
「それなら良いが。各店に送る商品のリストだ。一度確認しよう」
そう言い、部屋に入ったアタミにイオシフは続いた。
「ルリコ、何で副船長に言わなかったのさ!」
エウラはタライにお湯を入れながら、不満そうにルリコに尋ねた。
「男の人だから」
ルリコは箱から緑色の軟膏が入った瓶と、銀のスプーンを取り出した。
「大多数の男の人は、裸を見られてもあまり恥ずかしがったりしませんよね?だから男の人に言ってもダメです」
軟膏をテーブルに置き、蓋を開けるとハーブに似た香がした。意外としみる。ルリコはしみる感触を思い出し軽く身震いした。
「できれば女の人に言う方が良いと思いました。特に、ベレニケさんの様な」
「そっか!母ちゃん怒るとかなり恐いよ。船乗りや副船長も、誰も適わないかも!やるねルリコ!」
「ありがとうございます」
エウラは両手を重ねて目を輝かせ、ルリコは金髪を撫で付けながらにっこりと笑った。
「―――ッ」
イオシフがリストを見ていると、唐突に寒気が襲って来た。
「どうした?」
アタミが紙に文字を書きながら言う。
「いえ、昨日夜風に当たりすぎたかもしれません」
「自己管理が足らないな。珍しい」
「――申し訳ありません」
アタミは手を止め、イオシフに向き直った。
「気になった所はあったか?」
イオシフは目を細めながら紙を捲ったり、テーブルに置いたりした。
すると、静かになった為か隣から声が聞こえる。
「ルリコってほんと、肌白いー!」
「そうですか?」
「そーだよ!だから跡が目立つのかも。まだ青いし」
「あまり日に焼けないのです」
「うらやましー!アタイなんかすぐ日焼けしちゃうのに〜……えい」
「え!ちょ、ちょっと!くすぐっ……たい、ですから!う、し、しみる……!」
「ん、すべすべ〜。あ!ね、コレどうやって脱がすの?」
「ま、前は結構です…」
「ついでだよ。ん?こうかな!こうかッ!……おおっ!なかなか…」
「ど!何処触ってるんですか!」
「……」
「……」
男二人は、暫し沈黙した。
「ば、場所を替えるか…?
顔を赤らめたアタミと違い、
「わかりました」
イオシフはさらりと同意した。