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二十二話・異世界にて、技を磨く

 風呂屋の布でルリコは髪の水分を拭いながら、貰った手入れ剤の効果に戦慄を覚えた。

「これは……現代のトリートメントとタメ張れんな。いや、多分石油系のもの使ってないだけ、こっちが上か?」

 ぶつぶつ呟きながら簡単に髪を簪で留めると、オレンジの夕日を浴び金髪が赤みを帯びていた。しかし根元は茶色のまま。

「あー、脱色剤、いや染色剤とか無いか聞いてみよ」

 服装を整え、果実水を二杯ほど飲みルリコは風呂屋を出た。西日が眩しかったので目を閉じると、いきなり肩を掴まれた。

 西日に眉を寄せながら、掴まれた肩に顔を向けると、サワヤカに青年が笑っていた。

「キミ良かったら、一緒に食事――」

「断る」

 ルリコは瞬時に肩を振り払い、前に進む。しかし、何故かお兄さんたちの集団が邪魔をする。

「じゃ俺と!」

「オレが先」

「てめぇ抜け駆けすんなよ!」

 青年達は無駄に言い争っているが、全くルリコは興味が無い。前髪を掻き上げ、ふう、と息を吸い込み、ヤンキー仕込みの気迫を滲ませる。

「ウゼェ。散れ」

 先程より低い声を出し、青年達を睨み回すと散り散りに去っていった。ルリコは肩をゴキゴキ回すと、男湯から出てきた少年と目が合った。

 薄茶の髪に青灰色の瞳をした、カイリとタイプは違うが負けず劣らずの、きりりとした美少年だった。

「あ、あの、また会いましたね!」

 ルリコは記憶をざっと洗ってみたが、該当する人物が見当たらず、首を傾げた。

「何処かで会った?」

「覚えてないんですか?」

(ナンパの常套句だけど、この少年は違うよな……カイリと、見た目同じくらいだし)

 考えを打ち消したルリコは、もう一度少年をじっと見た。

「悪いけど、記憶に無いね」

「そうですか。それならいいです」

 少年は一度深呼吸をした後、ルリコをまっすぐ見つめた。

「あの、良かったら僕と一緒にお食事でもどうですか?」

 ルリコは二回瞬きした後、少し考え込んだ。

(断るのは簡単。だけど、色々聞きたいこともあるしな。あんまり下心ないみたいだし、扱い易いかも)

 薄茶の髪の少年を、頭からつま先まで見た後、ルリコは頷く。

「この島と国のこと詳しい?」

「はい。僕、宿屋の従業員なので」

 ふーんと唸りもう一度頷き、少年を見つめ返した後、笑った。

「いいよ。食事だけなら」

「本当ですか!?」

「うん。だけど店は指定させてもらうよ。緑竹でいい?」

「はい!どこでも構いません!」

 少年は嬉しそうにルリコの横に並んだ。笑い顔もやはり、カイリとは違う系統の少女顔だった。

「僕はソロンです。お姉さんの名前、聞いてもいいですか?」

「ああ、あたしは――ルリコ」

 ルリコは目に入りそうになった前髪を触りながら、少年に向かい微笑んだ。




 ルリコはソロンと共に緑竹に着き店内に入ると、やはりアジアチックだった。内装はこげ茶と黒と唐竹色で、ランプは竹を模している。テーブルに置かれた緑色のマットが一際目立っていた。


 店員に半個室席かテーブル席か聞かれたので、薄茶の髪の少年――ソロンに聞いてみるが「テーブルでいいです」と答えた。

(半個室でもイイのに。一人ならどうとでも出来るしな。武術の達人とかじゃないだろうし)

 テーブルに案内されると薄茶の髪の少年――ソロンはメニューを広げ「何にします?」

と明るく聞いてきた。



「へー、じゃホントに変わってるんだ?」

「そうです!徹底した実力主義なんですよね!」

 ルリコは春巻きみたいな揚げ物を摘みながら言った。ソロンは上機嫌で厚揚げの炒め物(ただし激辛印五つ)を食べている。話を聞きながら笑顔で「すっごーい!良く知ってるね〜(棒読み)」と褒めるのも忘れない。

(何であたし、異世界来てコンパ技磨かなきゃならねェんだ……)

 笑顔のまま自分の行動にげんなりしつつ、ルリコはサラダを咀嚼した。同時に聞き出したことを整理する。


 この島、テキルダ島とイスタヴェラ王国一大きな島であり港、イスタンヴェストとを結ぶ砂浜で、よく貝が取れること。

 

 イスタヴェラ王国を象徴する花は椿ということ。

 この国では商人は稼ぐほど税金が高くなり、生産者は生産するほど税金が安くなること。

 イスタヴェラ王国の住民票は、簡単に購入できること。住民票を買うと同時に、国立両替所の手続きが出来、住民票を持っていれば王国内で他通貨の両替や、お金が自由に預け払いできること。但し、借りる時には住所確認が必要であり、利子は二十日で一割ほど取られること。

 因みに、他の国での住民票は、三年以上の滞在と住所登録、職業の表記と登録金として十万ほど必要となること。


 テキルダ島では、旅行者向けの宿屋のほかに、長期滞在者向けの貸し宿・貸し家もあり

住所登録が出来ること。


 イスタヴェラ王国には、三人の王子と二人の王女がいること。


 一番年少の王子、もしくが王女が十六歳になるのと同時に、次の王国継承者の選定試練が始まること。


 選定試練の内容は、各自十万円から始め、二月後に一番所持金が増えた者を次の継承者にすると言うこと。尚、選定試練の間は王国の宮殿があるユトラ島には立ち入りが禁止されること。



「あと、ウチの国は重婚も認められてるんですよ」

「へえ。他の国では禁止されてるの?」

「はい!群島連合が祭る“海神ニエルド”は離婚している神様なので、離婚には寛容なんですが、重婚はウチの国だけですね」

「変わってるんだ?」

「はい!結婚を申し込む方が女性で初婚の場合、男性は基本的に断れないんです。申込んでから二月の間が婚約期間で、申し込んだ方が全ての結婚資金を出さないといけないんです。性別が反対でも同じですよ。二回目以降の結婚は、申し込まれた方の奥さん、若しくは旦那さんと相談した後に決めます。但し、重婚同士の結婚は禁止されてますよ」

 ルリコは、昼ドラのようにドロドロした愛憎劇が頭の中をよぎった。お茶を一口飲んでから、半眼でソロンに聞いてみる。

「……重婚の相談て、修羅場じゃね?」

「修羅場ですよ」

 ソロンはさらりと言い放ち、イカの揚げ物を摘んだ。

「まあでも、上手くいってる所もありますが。偶に、心中事件とかになったりしますけど」

「やっぱ憧れる?」

「友人は言ってますが、僕は全く。刺されたくは無いです」

 普通に食事を続けるソロンを見て、ルリコは感心した。

(カイリも、ソロンと同じ位しっかりしてたら……)

 多分宿で幸せそうに寝ているカイリを思うと、ルリコはちょっと悲しくなった。

「あ、ソロン君。何か変わったもの売ってる所知らない?」

「変わったもの、ですか?」

「そう」

 ソロンはすり身の揚げ物を、じっと見た後に言った。

「この島はそんなに無いですよ。所詮、イスタンヴェストの付属物みたいなものですから。イスタンヴェストの倉庫街の裏か……」

 揚げ物を口に運びながら、ソロンはちらりとルリコに探るような目つきを向けた。

「ルリコさん一人だと危ないですから、その辺かと」

 ソロンの視線が気になったルリコは、顔を近づけてソロンの顔を覗き込んだ。

「危ないところ有るの?」

 黒い瞳に見つめられ、ソロンは視線を彷徨わせた後、溜息混じりに話し出した。

「……危険ですよ?」

「平気。あたしも商人目指してるからなるべく色々知りたいの。ダメ?」

 ルリコは上目遣いでソロンを見上げ、トドメとばかりに首を傾げてみせる。

(キモッ!あたしキメェ!胃がアツイ!!)

 内心、自分のキモさに胃酸が滲み出るのを感じたが、ソロンは頬を赤くして「仕方ないですね」と視線を逸らした。どうやら有効だったらしい。

「…………あまり言いたくないんですけど、イスタンヴェストの港からほんの少し離れた場所に“解放区クリスチャニェ”と言う一角があります。昼間は静かですが、夜間は麻薬・奴隷など違法品を扱う市場になっています。この一角は“どこの国にも所属しない”という扱いになるので、犯罪などの巣窟になっています。海上警備団、王国検察局も入ることが出来ないので危険ですよ!」

 ルリコはガラスのコップに入った果実水を回した。

「ふーん、国が認めた無法地帯、か」

「そうですね。本当に女性一人は危ないですよ。あの場所じゃ殺されたりしても罪にはなりませんからね……僕の叔父さんも商人なので、解放区クリスチャニェで二年近く店を出してたんですが、店を壊されたのが五回、売り上げ盗まれたのが八回、暴行を受けたのが二十三回、その上両足を怪我して立てなくなってしまいました」

 ソロンは目を伏せ、残っている激辛料理を片付け始めた。

「ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いえ……気にしないで下さい」

 気にするなと言ったが、雰囲気が何か暗くなってしまった。黙々と食事をしながら、ルリコは明るくなる話題を探す。

「あ、そうだ。この辺で釣具の貸し出ししてる所って知ってる?」

 激辛ソースがけの温野菜を食べながら、ソロンは考え込んだ。

「釣具、ですか……潮干狩り用の道具は大体宿で貸し出ししてますけど、釣具は宿を選びますね。観光協会の広報誌で見れますけど」

「ん〜、そっか」

「ルリコさんは釣りが好きなんですか?」

「うん、叔母夫婦が漁師で。小さい頃は良く船に乗せて貰ってた」

「珍しいですね」

 女性の漁師は、やはりこの島でも珍しいのか。

 確かに早朝からの体力勝負であり、電力で網や釣り糸を引き上げるモーターが無いと女性にはキツイ仕事であろう。

 そんなことを考えながらサラダを咀嚼していると、少し離れたところから「ソロンじゃねぇか!」と男の声がした。ルリコはソロンを見ると、眉を顰めて舌打ちをしていた。

「よー、こんなトコでどうしたよ?……ん、お!これまた美人ネェさんと一緒じゃねぇか!?ミナスに報告しなきゃならんな〜」

 男はソロンの隣に来ると、酔っているらしく赤い顔でバンバンとソロンの背中を叩いた。ソロンは如何にも鬱陶しそうに手を払いのけると、もう一度舌打ちをした。

「ミナスにはやめて下さい。鬱陶しいですから」

「友達がいの無ェヤツだな〜」

 男はげらげら笑いながらソロンの頭を撫で回した。ソロンは男を睨みつけ、手を払いのけてからため息を付くと、ルリコに向き直った。

「すみませんが、面倒な人に見つかったので失礼してもいいですか?本当にすみません」

「ああ、そんな気にしなくても。話聞かせてくれてありがと」

 ルリコが笑いながらソロンに手を振ると、ソロンは一度目を伏せてから、ルリコの手を掴んだ。ルリコが目を瞬くと、ソロンはルリコの目を見つめながら真剣に言った。

「あ、あのッ!またお誘いしてもいいですか?」

「……いいけど。食事したり買い物したり位なら付き合ってあげるよ」

(アレ?なんか男女逆じゃね?)

 慣れない台詞にルリコは少し首を傾げたが、ソロンは顔をやや紅潮させて何度も頷いた。

「は、はい!有難うございます!」

 そんなソロンを微笑ましく見ていると、男がソロンの肩に腕を回してニヤニヤ笑った。

「へッへへッ、ソロンよォ、上手く約束したなァー」

「黙ってください。さ、帰りますよ」

 ぴしゃりと言い放つと、財布を取り出したソロンにルリコは「待った」と声をかけた。

「あたしが払うよ。色々聞かせてもらったしね、まだ食べるし」

 ソロンは戸惑いつつ、男の腰から素早く財布を抜き取ると首を振った。

「いえ!女性に払わせる訳にはいきません!」

「いいから。お姉様に甘えときなさい」

 ルリコがニヤリと笑うと、ソロンは渋々引き下がった。男の財布の中身を確認してから、ルリコを見つめた。

「……それなら、次は僕が払います!約束、忘れないでくださいね!」

「覚えとくよ。ソロン君」

「あのッ、ありがとうございました!」

 ソロンは何度もルリコに礼をすると、男を引き摺りつつ店内を出た。ルリコがサラダを突付いていると、隣に人が来た。

 ナンパか?と睨みながら見上げると、お盆を抱えたイラがニヤニヤ笑っていた。

「ルリコさんの年下殺しー」

 ルリコは言いがかりを付けられた。




 青竹亭に戻り、部屋の扉を叩くと目を擦ったカイリが扉を開けた。

「今起きた?目やに付いてる」

「そ、そんなことはないぞ!」

 カイリは目を隠しながら慌てて顔を洗いに行くと、ルリコは肩をゴキゴキと回してベッドに座った。

 カイリが布を持って戻ってくると、ルリコはストレッチを止めて紙袋を渡した。

「ご飯食べたか?揚げパン買ってきたけど」

 揚げパン、と言ったが具がみっしり入っているので、何に近いかと言われるとピロシキに近い。

「菓子は食べたぞ。これで良い」

 カイリは早速揚げパンに齧り付くと、濡れた布を籠に入れた。

「菓子?そんなんじゃ身長伸びねぇよ?」

 身長、を強調して言うとカイリは恨めしそうにルリコを見た。それなりに気にしているらしい。

「よーし、明日早朝から泳ぎに行くからイイもの買ってくる」

 机の上に置きっぱなしの地図をチラリと見る。ソロンの話では、船で風が良ければ二十分程で酪農を主にしている島に着くらしい。

(泳いで一時間もかからねぇだろ。人魚形態なら、直ぐに着く筈。なり方分からんけど。あのイルカどもに色々聞くしかねぇか。暇だろうし)

 勝手に決め付けて足首を回していると、もう一つの事を片付けようと、カイリに話しかけた。

「あー、後、明日夜出かけるから。多分帰りは朝」

 ルリコの言葉にカイリは目を見開いた。目を彷徨わせ唇を噛んでから、慎重に話し出す。

「……誰かと、何処かに行くのか?」

 目を細めたルリコは頬杖を付きながら、意地悪そうに口元を吊り上げた。

「子供には教えられねーなぁ」

「儂は子供ではないぞ!ルリコの方が子供ではないか!」

 顔を真っ赤にして反論するカイリを見て、ルリコは笑みを深めた。何処と無く妖艶な笑みにカイリはびくりと目を逸らす。

「面白いくらい反応すんな〜。ま、只の売買だから気にすんなよ。夜に賑わう店らしくて」

「そ、そうか……」

 カイリは顔を赤くして、空になった紙袋を丸めた。まだ顔の赤いカイリを見て、ルリコはまたニヤニヤ笑い始めた。

「エロい事想像したんだろ?」

「えろ……?」

 顔を赤くしたまま見上げてくるカイリに、ルリコは一瞬素の顔の戻ったがまたニヤニヤ笑いはじめた。

(やっぱ通じないか。話の流れで分かりそうだけど。“お子様”なんだな)

「あたしの……えー、隣の隣の隣の国あたりの神様で愛の神様だな。愛の神様エロス。大体会話で出てくる時は性愛を表すけど。性愛って、解る?」

「せっ……!」

 耳まで真っ赤にしたカイリを満足そうに見て、ルリコは頷いた。

「性愛くらいは解るみてぇだな?」

 カイリは布団を被って隙間からルリコを睨んだ。ルリコが楽しそうに「お子様」と言うと、衝立を引き隠してしまった。

(虐め過ぎたか。でも楽しいんだよな〜。癖にならねぇ様に気をつけないと)

 ルリコは少し反省しながら荷物を開け始めた。化粧道具と水着やゴーグルを確認し、タオルに包んだままの金色の真珠を見つめる。

(変装用にすんごく派手な服買うか。すぐ処分するから古着でもいいし。極妻っぽくしてぇなー。草履もあったし)

 真珠をタオルで軽く磨いていると、カイリの寝息が聞こえてきたので苦笑した。

「……ホントよく寝るよな」

 真珠をタオルに包み荷物の奥にねじ込むと、カイリのベッドに行き衝立を畳んだ。

 穏やかな寝息を立てながら、カイリは寝ていた。右足がベッドからはみ出でいる。

 右足をベッドの中に戻し、ルリコが布団を直していると、カイリが少し身じろぎした。起きた様子では無いのでカイリの方のランプを消すと、衝立を元に戻した。

(詮索する気はそんなに無ぇが、カイリも人身売買で連れて来られたクチだろ。何で海にいたかはわかんねぇが。服も栄養状態も悪くは無かった。が、枷付きだもんな。あたしに凄い懐いてるし、多分)

 ルリコは自分のベッドに座ると、髪を解いて頭を振った。金髪がさらりと広がる。

「今考えても仕方ない、か。明日考えるか」

 手早く寝巻きに着替えると、ルリコは布袋と厚めの布を持った。

「やべ、カイリに歯磨けって言うのを忘れてた。明日『甘いもの禁止!』って脅かしてやろ」

 眠っているカイリの方を見ながら、ルリコは歯を磨きに水場に向かった。



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