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十九話・仕事が決まりそうです

「今日も快晴、いい朝だ……」

 ルリコは起き抜けに一杯水を飲み、電源つけっぱなしの携帯を見た。

 表示は、五月十八日の午後七時五十七分。

 一日が三時間ほどしか経っていない。

「うわー、早く老けそー。早く手段、見っけなきゃな」

 携帯の電源を切り、寝癖の付いた髪を手早く纏めると、風呂の用意を始めた。



 ルリコは風呂後、久しぶりの筋トレを小声で始める。腹筋、背筋、腕立て伏せを終え、水を飲もうとするとカイリの方から声が聞こえた。

「……クロリー、儂の……せいで……」

 寝言か、とルリコが不思議に思っていると、カイリはうっすらと目を開けた。

「おはよー」

「……おはよう、ルリコ」

 目を擦っているカイリに顔洗い様の布を渡しながら、ルリコは尋ねた。

「何か寝言言ってたけど、変な夢でも見た?」

「…………寝言、か?」

 朝から強張った表情のカイリに、何か勘付いたルリコは誤魔化すことにした。

「ああ、『菓子でお腹一杯じゃ』とか」

「そ、そうなのか……なら良い」

 どことなくショックを受けたカイリを、ルリコは目を細めて見つめる。

「ルリコこそ早いな」

「ああ、癖でね。早朝の鍛錬してた」

「鍛錬?」

「そう。筋肉をつけるためのな」

 言い切ったルリコに、カイリは首を傾げた。右側にある寝癖が可愛らしい。

「そこまでする必要あるのか?」

「大アリ。美容の為!腹が出ない為と乳を垂らさない為ッ!この腹を見よ!うっすら割れてるだろ!」

(美容っていう訳じゃねぇけどな!)

 寝巻きにしている金魚柄作務衣の腹部分をめくると、カイリが目を見開く。

「……!ルリコ、その跡……!」

「あ、まだ治ってなかったんだっけ。大した事ねぇんだよ、こんなモン」

 未だ消えない脇腹の打撲傷を忌々しげに見ると、ルリコは舌打ちした。

「とにかく起きたなら朝ご飯だな。洗濯物のついでに言って来るわ。顔洗っときな」

「う、うむ……」

 元気よく出て行くルリコを見ながら、カイリは気まずそうに目を伏せていた。



「カイリさ、もう平気?」

 ルリコがゆで卵の殻を剥きながら言う。

「平気じゃぞ。咳もくしゃみも鼻水も出ぬ」

「でも治りたてがぶり返しやすいか……。よし、午前中のみ出かけっぞ。カイリの服買わなきゃ」

 カイリは、背中にヨダレを垂らしたパンダの刺繍の服を、普通に着ていた。海老柄も気にしなかったようだ。あまり服には頓着しないらしい。

「儂は別に要らんぞ」

「いや、気にしろ。女物しかねぇんだぞ?流石に女物はイヤだろ」

「…………イヤじゃ」

 カイリは、野菜の炒め煮を箸で突き刺した。

 ルリコは『刺し箸!』と注意せず、にこやかに微笑む。

「だろー?じゃ買い物な。昼食べたらまた文字教えてくれ。昼寝しても良いけど」

「子供扱いするな!昼寝などせぬわ!」

 両手で茶碗を抱え怒鳴るカイリを見ながら、ルリコはヌルく微笑み、サラダを咀嚼した。

(分かり安っ。からかうの面白いな〜)

 先程から笑みを張り付かせたままのルリコを睨みながら、カイリは小蟹のスープを啜った。



 朝食を終え、二人は出かける準備をして部屋を出た。

 カイリは背にヨダレの垂らしたパンダの刺繍が入った竹柄の作務衣と、黒いベルトに通したダイヤ柄の小さい斜めがけバッグに、白木に白い革のサンダル。

 ルリコは左耳に金髪を一筋垂らし、右側で銀の簪を使い纏めていた。服は上が白、下に行くにつれて紫に染まった二部式浴衣を着ている。銀に輝く糸が編みこまれた薄い帯に、青いビーズが付いたサンダルを履いている。手には白いミニボストン。

「服装くらい揃えたいよな。いや微妙か」

「どうしたルリコ?」

 見上げるカイリに、妹――アイと同じ位の身長に思わず銀髪を撫でまくった。

「な、なんじゃ?」

「いんや何でもない」

 ルリコは鍵を確認すると、連れ立ってロビーに向かった。



「あらお出かけ?」

 ロビー前のテーブルには、イロが宿帳を確認しながら何か書き物をしていた。

「うん、カイリの服を見に行こうと思って」

 背後に目を向けると、カイリは必死に身を縮めてルリコの背後に隠れている。

「凄い怯えてるんだけど」

「あはは……ちょっと母さん姉さんと遊び過ぎちゃって」

(これでチョットかよ……)

 ルリコは少し寒気を覚えながら、イロに鍵を預けた。

「お昼過ぎには帰ってくるから」

「はーい、カイリ君、また一緒にお風呂入ろうね〜」

 背後を向くと、青い顔でカイリが首を横に振っている。少々可哀想に思ったルリコは、絶対イロ母子にカイリを預けないように決めた。

「ヤだってさ。じゃカイリ行くよ」

「残念〜じゃいってらっしゃい」

 ルリコが歩き出すと、カイリも前面に回り、早足で宿を出た。



「怯えすぎ」

「わ、わかっておるのだが、どうも……」

 カイリは未だ顔色悪く、裾を握り締めながら歩いている。その様子に苦笑し、ルリコは髪を撫でた。

「……あまり撫でるな」

「悪い悪りィ。妹と身長が同じ位だからさ」

 ルリコが手を退け、視線を前方の海に移す。

「今は、妹いないからな……」

 カイリは遠い目をしたルリコに気まずくなり、ルリコの裾を掴んだ。

「…………済まぬ。悪いことを聞いた」

「ん?気にすんな。悪いと思うならもっと撫でさせろ」

「し、承知した」

 先程よりも強く撫で回しても、カイリはされるがままだった。ルリコはカイリの“優しさ”に少々イラッとし、耳朶をつねった。

「ひょわ!」

「カイリ甘すぎ。それじゃ本当に痛い目見んぞ」

 カイリは顔を赤くしながら、ルリコから離れ睨んだ。睨んでも、もともと少女めいた顔つきをしているので全く怖くない。

 強面の集うヤンキーに見慣れたルリコにとって、尻尾を振ったポメラニアンにキャンキャン吠えられる様なものだ。

「メンチのキり方からなってねぇ……暇な時、みっちり仕込むか」

「し、しっ、し仕込む?」

「ダイジョウブ。ゼンゼンイタクナイヨー」

「なんだその胡散臭い言い方は!」

「お姉さまに口答えしない」

 学習もせず噛み付いてくるカイリを適当にいなしながら、昨日見た服と装飾品の商店街に着いた。ルリコはカイリに教えてもらったトリートメント成分一覧を書いた紙を、バッグから取り出した。

「先に用事済ましに行くぞ。突き当たりの店だから。あ、動物好き?」

「突き当りの店か……何故動物なんじゃ?」

「それは、お・た・の・し・み」

 二人は言い合いながら薔薇の門をくぐる。ルリコは赤い扉を開く前に「前行け」とカイリを押しやった。

 前を歩かされたカイリは不思議がりながらも赤い扉を開け、赤い薄布を除け――

「ぬおわーー!」

 ルリコはニヤニヤ笑いながら、固まっているカイリを横へ退けた。前に寝そべっている黒豹(仮)は、一度「なー」と鳴きルリコを見ると、足音も立てず奥へ進んでいった。

「謀りおったな…」

「カイリは猫が怖いんだ〜」

「アレが猫の訳あるか!」と小声で文句を言うカイリをからかい、更に奥へと進むと、昨日とは少し装飾の違う赤いベールの女性が出迎えた。

「ようこそ“紅真珠”へ」

 昨日よりも若干気だるげな決まり文句を聞くと、ルリコは握っている紙を渡した。

「コレ、昨日言っていた髪の手入れに使っているものです。種類によって分けときました」

 赤いベールの女性は紙をちらりと見ると、目を細め首をかしげた。

「随分、珍しい物を使っているのね?」

「そ、そうですか?」

「そうよ。とっても……面白そうだわ」

 ルリコがどう誤魔化すか悩んでいると、ベールの女性は口元を吊り上げた。綺麗だが、何故かゾワゾワと落ち着かない笑みにルリコは鳥肌がたった。端っこで寝そべっている黒豹を凝視していたカイリも、びくりと肩を竦ませる。

「ふふ、これから忙しくなりそう……」

 ベールの女性は紙を丁寧に折りたたむと、ちらりとルリコを見た。ルリコも何故かびくびくしてしまう。

「な、何か……?」

「貴方にお礼、しなきゃね」

 足元に寄って来た黒豹を避けながら、ベールの女性は後ろの棚から白い小瓶を二つ取った。なにやら小さく赤い紙が貼ってある。

「これが、最新作の髪の手入れ剤よ。そこの子の分も含めて、あげるわ」

 ベールの女性は小瓶を小さな紙の手提げに入れ、ルリコに手渡した。

「あ、ありがとう」

「いいのよ。コレが上手くいったら、また別のお礼をするわ。また来てね」

 ルリコが書いた紙を振り、ベールの女性は

一層妖しく微笑んだ。

「わ、わかりました……また来ます」

「待ってるわ」

 ルリコは黒豹に視線を向けたままのカイリを引き摺り、迅速に店を出た。



「驚いたわ……目を逸らしたら食われると思うたぞ」

 若干顔色の悪いカイリは、未だ赤い扉の方を注視している。ルリコは昨日購入したハンカチで額の汗を拭いながら言った。

「大丈夫じゃん?大人しいって言ってたし、一応」

「大人しい……のか?」

「触りたかった?」

 ルリコの問いに、カイリはぶんぶん首を横に振った。

「まあいいや。よし、隣行くぞ」

「ま、まま、また……いるのか?」

「いや、隣はネズミ?」

「なにゆえ疑問形なのじゃ!」

 騒ぎ始めたカイリの腕をやや強引に引き摺り、ルリコはオレンジ色の扉を開ける。

 オレンジ色の、よくみると白と斑のモルモットが六匹、わっと散った。

「……」

 無言のカイリを引き摺ったまま、ルリコがオレンジ色の薄布をくぐると「いらっしゃいませー」と、昨日と全く同じ調子の営業ボイスが聞こえてきた。

「“橙珊瑚”へようこそー!本日は何をお仕立てしましょうか?」

「昨日頼んだものを取りに来たのですが。控えはこれで」

 ルリコがバックから出したオレンジの紙を、同じような橙色のアオザイを着た女性に手渡した。

「はい、ディープシー様。少々お待ちくださいー」

 橙アオザイの女性は足元にある“八”というボタンを踏むと、上から紙袋が落ちてきた。

紙袋を無事に受け止めると、カイリが「おお!」

と感嘆の声を上げる。

「男性用の下着七枚と、特注の女性用下着七枚で宜しかったでしょうか?」

「はい」

 ルリコが財布を出そうとすると、橙アオザイの女性が止めた。

「あのですねー、ここからお客様にご相談がありまして」

 橙アオザイの女性は引き出しから紙袋を出し、中身机にを広げた。

 広げられたのは、三枚の紐パン。

「お客様の説明通り、わたくしも見本品を作り昨日“勝負”を仕掛けてみたのですがー、効果は絶大でした。通気性も良かったですよ。それに、あれ程“勝負に燃えた”のは新婚以来です……」

 そこで、橙アオザイの女性はぽっと頬を染め、染まった頬に手を触れた。

(惚気ノロケかよ……帰っていいかな)

 ルリコが呆れていると、橙アオザイの女性は咳払いを一回して、再び話し出す。

「それでですねー、お客様の下着の図案を買い取らせて頂きたいと思いまして。此方の店は近くの商店街に“萌黄月モエギヅキ”という、衣料品店も系列店として経営しております。そちら、で同形式の下着の販売を予定しております」

(もう決定事項なのか……)

 カイリは紐パンが何か分からない様で、机の上の下着を見て首を傾げている。ルリコが「あたしが履いてる下着」とこっそり言うと、耳まで赤くして目を逸らした。

「いいですよ」

「感謝いたしますー」

 橙アオザイの女性は深々と礼をした後、瞬時にルリコに向き直る。

「お客様は観光でこの島にいらっしゃったのですか?」

「まあ、はい」

「長期滞在する予定でしたら、当店で下着や服の図案を手がけてみませんか?勿論、参考品は差し上げますし、お給料も支払いいたしますー」

 ルリコは目を瞬いた。橙アオザイの女性は更に続ける。

「このあたりでは全く見ない斬新な図案でしたので、きっとお客様は様々な引き出し――着想をお持ちと考えまして」

(これは……下着デザイナーとして働かないか?と誘われてんのか。いいのか?女子高生がエロ下着をデザインして)

 ルリコは考えたが、なかなか魅力的な申し出だった。

 イオシフからせしめた金も多少使い込み、未だ元の世界に帰る手段は、ない。帰る手段を見つけるのはカイリを島に送り届けてからだと思っているし、収入があるのは助かる。

 カイリがチラチラとルリコを見ているのに気付き、一度目を閉じ、ん〜、と考える仕草をした。

「少し考えさせてください。結論が出たらまた来ます」

「わかりましたー」

 橙アオザイの女性は、素早く引き出しを開けた。

「では、図案の手付金として此方をどうぞ」

 ルリコの前に出されたのは赤色の花の印刷がある紙幣二枚。

 縦棒四本に横棒一本、二重丸は二つ。

 五万円紙幣二枚で、十万円。

「え、えーと、こんなに良いんですか?」

「お気になさらずー。商品が大々的に売れれば、もっと儲かりますから。こういうのは早い者勝ちなのでー」

(さすが……商人の国。こうやって釣る訳か……姉妹揃って、恐ろしい)

 ルリコは無言で紙幣を受けとった。

「あの、注文したものの代金は」

「女性用は見本品になりますので無料で結構です。ちなみに男性用のものは恐れ入りますが、手付金から差し引かせて頂きましたー」

「……わかりました」

 ルリコが紙袋を持つと、トドメとばかりに「返事をお待ちしておりますー」

と背後から声がかかった。

 カイリを連れ立って、ルリコは無言でオレンジの薄布をくぐる。すると、入り口付近に屯っていたモルモットが八匹、ぶわっと散った。

「何匹おるのかの……」

「わかんね」

 カイリの疑問を聞き流し、疲れた二人は店を出た。



今回は此処までです。来週はパソコン部屋の工事があるので更新が遅れるかもしれません。

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