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一話・人情が身に沁みるお年頃

瞼の裏が、黒から赤く染まる。

 感覚が冷たい海水から布の様な感覚に変わっているのに気付き、ルリは勢い良く跳ね起きた。水死が回避できた事に一度嘆息する。

 木の床に着地したルリが見たのは、銅色に近い髪と緑の目を見開いた恰幅の良いおばさん。

 一瞬で外国の方と理解したルリは、正座をし、額を床に付けた。

 構え……ジャパニーズ土下座スタイル。

「アイキャンネバーサンクユーイナフフォー、セイビングミーフロムドラウニング。マイネームイズルリ、フカミ」

 日本人らしい棒読みの英語で土下座を続けたまま、更に“ところで、ここはどこですか?”と続けようとしたが、おばさんは困った様な顔をして部屋を出ていってしまった。

 ルリは「発音間違った?まさかスペイン語か?いやイタリア語?やっぱりフランス語!?」と酷く混乱していたが、行動には出さず、体が軋むのを感じながらベッドに座った。

 今さらだが服を確認すると、おばさんが着替えさせたのか生成りの七分丈ブラウスに厚手の黒いワンピース。サイドテーブルから水差しを取り、木のコップに注ぐと一気に飲み干し、呟く。

「あー、……水がうめぇ……」

 横の丸窓を見ると、波の飛沫が光輝いていた。



「副船長!」

 黒い髪の副船長――ブラックバーンは第一航海士と航路の相談中だったが、入って来た銅色髪の恰幅の良い女性に目を向けた。

「ベレニケ…では目覚めたか?」

「はい、でも………」

 ベレニケと言われた恰幅の良い女性は気まずそうに押し黙った。

「聞いた事の無い言葉を…使っていました」

「そうか」

 ブラックバーンは左手を顎に当てた。

「やはり、“人魚の海域”に浮かんでただけあって魔物なのでは?」

 茶色のつり目の航海士がブラックバーンに尋ねた。ベレニケは両手を握りしめ、航海士に怒鳴る。

「イオシフ!あの娘は違う!疑うのも程々にしなさい!」

 航海士――イオシフはびくりと体を竦めた。ベレニケはふん、と鼻を鳴らした後、目を伏せて話し出す。

「着替えさせた時、あの子の体に幾つもの殴られた様な跡がありました……どこかの船で虐待を受け、海に逃げ出した……もしくは故意に落とされたのか」

 ベレニケは唇を噛み、続ける。

「服も下着も縫製がしっかりしたものですし、この周辺で見たことの無い形状です。貴重なラピスの耳飾りもしていました……見たことのない腕輪も。もしかすると……どこかの王女さま、貴族さまかも知れません」

 三人は押し黙った後、ブラックバーンが立ち上がった。

「私が話してみよう。北か西大陸の言葉ならば一応理解は出来る。娘は落ちついているか?」

 ベレニケは首を横に振った。

「いきなり跳ね起きて床に座り、頭を下げていました……恐らく命乞いかと思われます」

 ブラックバーンはため息を付き、ベレニケに言った。

「食事を用意してやれば落ちつくかもしれん。ベレニケ、頼む」

「わかりました」

 ベレニケは素早く出ていく。ブラックバーンも部屋を出ようとしたが、顔だけをイオシフに向けた。

「イオ、次の港に寄ろう。何か情報があるかもしれないからな」

「……わかりました」

 イオシフが頷くのを確認した後、ブラックバーンはルリがいる船室に向かった。



「う、五ヶ所目……」

 ルリはやることが無いので、ベッドの上に座り枝毛を探していた。最初は体育座りだったが、パンツ丸見せになっている事に気付きペタン座りに変更した。しかも下着も替えられていて、赤のカボチャパンツだった。還暦様仕様かよ!?と文句が言いたかったが我慢する。濡れた下着、あるいはノーパンよりはマシだ。ノーブラは妥協している。

「腹減ったし…」

 皮鞄の中にソイジョイとカロリーメイトがあったのを思い出したが、見慣れた皮鞄は近くに無い。回収してくれたかも分からない。助けて貰った上「メシくれよォ!」とは流石に言いづらく、ルリは船室で誰かが来るのを空腹のまま待っていた。

(おばさんですら、ごっついナイフ持ってたしな……)

 直には確認していないが、先程のおばさんが刃物を持っているとヤンキー直感が警告していた。

(定期的に揺れるから船の中、だよな。迂濶に歩いて『無礼者!切り捨て御免!』だったらイヤだし。履き物ないし)

 皮鞄の中に入っていた折り畳み式の警棒が無いのを心細く思いながら、ルリは枝毛を探し続けた。すると足音が近づいて来たので、素早くベッドの上に正座をし直した。

 足音はルリのいる部屋で止まり、ドアがゆっくりと開いてゆく。

 入って来たのは黒い髪をした長身の若い男。切れ長の目が印象的だ。おばさんとは違い、所々に装飾が入った高そうな服を来ている。アジア系を彷彿とさせる漆黒の髪に、ルリは一瞬安心したが男の目は水色だったのでガッカリしてしまった。しかし、見た目、地位が上の方には感謝を述べねばいかん、とルリは頭を下げた。

「アイハブユーヘルプミー、アンドサンクユー。アイアムアジャパニーズ。バイザウェイ、ウェアアムアイ?」

 ルリは一気に言い切ってから(場所まで尋ねるのはちょっと図々しいか?)と思い、土下座からちらりと相手を見た。黒い髪の男は難しい顔をしてルリを見ている。

(ヤッベ!通じてないくさい!何言う!?ボンジュール?グーデンターク?チャオ?えー、それから…テレマッカシー?)

 ルリは栄養不足を訴える脳をフル回転し、何を喋るか必死で考えていた所、低い声が聞こえた。

「……済まないが、此方の言葉は通じるか?」

流暢な日本語に聞こえた男の声に、ルリは顔を跳ね上げた。

「日本語?」

 聞こえない様に小さく呟くと、ルリは深呼吸をしてからはっきりと言った。

「通じます。理解できます。アイキャンアンダースタッド」

 ルリの言葉に黒い髪の男は驚いたが、更に近づいて話しだした。

「群島共通語は、一応使えるようだね。私はこの商船の副船長をしているブラックバーン、アタミ・ブラックバーンだ。君は、名前言える?覚えてる?」

 ルリは愕然としていた。

 アタミ。

(熱海なのかァーーー!!)

「……君、大丈夫?休む?」

 心配そうに訪ねて来たアタミに、意識が戻ってきたルリは勢い良く横に首を振った。

「いいえ、平気です。あ、わたしは―――」

 ルリは気付いた。異世界トリップなりタイムトリップなりしたとしても、自分の情報は隠した方が良いのではないか、と。おばさんも熱海――いやアタミ青年も漂流してた異国の娘を助けた、位にしか思っていない。調子乗って『ワタシ異世界から来ちゃいましたッ!』とか言って珍獣扱いされ、見せ物にされたら嫌すぎる。

 ルリは一瞬で考えをまとめ、偽名を名乗る事にした。

「わたしはルリコ・ディープシーです。助けて頂き、感謝の言葉が言い尽くせません」

 深々とお辞儀をすると、アタミは笑みを浮かべた。

「いや、気にしないで良いよ。敬語は要らない。私も地位は高くないから……ルリコさんで良いよね?」


「“さん”は要りません。ルリコで結構です。敬語が要らないと言われても、わたしは助けて頂いた方々に敬意を抱かないほど恩知らずではありません」

 ルリ――今からルリコはアタミを見ながらはっきりと丁寧に言った。自分を含め、周辺のヤンキーは何故か人情に脆い。以前、集団で映画鑑賞中、

『姫ねえさまが死んじゃった……!』

 と音声が聞こえると皆ボロボロ泣いている輩である。

 ルリコが余計な事を思い出していると、ドタドタと何人もの足音が聞こえて来た。

「副船長、開けて下さい」

 アタミはドアの近くに行き開けると、バンダナを頭に巻いた女の子と、先程も見た恰幅の良いおばさんが鍋や籠を持って入ってきた。ベッドの近くのテーブルに二人がかりて食事の用意をしてゆく。コンソメに似た香りに腹が鳴りそうになったが、ルリコは根性で止めた。役に立つ特技だ。

「ルリコ、紹介するよ」

 アタミが二人の方を左手を向け、おばさんの方を指す。

「さっきも見たと思うけど、此方がベレニケ」

 続けて、バンダナの女の子を左手を向ける。

「隣がベレニケの娘のエウラ。多分歳が同じ位だから気軽に話し掛けて」

 ベレニケ親子が食事の準備を終えたので、じっと此方を見ていた。ルリコは二人に向き直り、深々と頭を下げた。

「先程は失礼致しました。この度は助けて頂き、感謝しております。わたしはルリコ・ディープシーです」

 ルリコの言葉にベレニケは目を見開いた。

「あんた、言葉が話せたのかい?」

 ルリコは頭を上げ、苦笑した。

「驚かせてしまった様ですね。この言葉は使えますし、理解できます。読み書きは自信がありませんが」

 言葉が話せ理解できるのに、読み書きが出来ないと正直に言い、ベレニケの反応を見る。嘘をつくときは真実も混ぜると上手くいく、と教えられた。ベレニケはベッドに歩み寄り、ルリコの手を握った。

「こっちこそ、びっくりしてゴメンよ……。今まで辛かったろう。痛かっただろうね……。この船なら誰も殴ったりしないから、安心おし」

 ベレニケの言葉にルリコは何度か目を瞬いた。

「何があったかは聞かないけど、若い娘を何度も殴るなんてロクでもない奴らだね!次に大きな港行ったらアタシが海上警備団に文句行って来てやるから!」

 ルリコは目が潤んでくるのを止める事ができなかった。その様子を見て、バンダナを頭に巻いた少女――エウラもルリコの肩を掴んだ。

「全部忘れちゃいなよ!落ち着くまでウチに来れば良いし!大歓迎!」

二人に見つめられ、遂にルリコの左目から涙が流れ落ちた。

 (言えねぇ…こんな良い人達に

『この怪我は集団の喧嘩でしました!でも鉄パイプで応戦して三人は病人送りにしちゃったよテヘッ☆ムカついたから、つい半殺しにしちゃったんだ』

 とか、言えない……!あたしもロクでもない一員だし……!!)

 ルリコが歯を食い縛り、引きつった口元を右手で抑えていると、三人はいい感じに勘違いしてくれたらしい。

「……お腹すいただろ、ゆっくり食べな」

 ベレニケが木の器にスープを盛り、ルリコに渡した。ルリコは促されるままに木のスプーンでスープを口に運ぶ。広がる味はやはり、コンソメに似ていた。

「おいしい、です…」

 一言呟くと、ルリコは罪悪感から再び涙を流した。

 ――嘘と成り行きで創った身の上に、親身になられるのが、辛い。たまらず瞳を閉じると、目元付近に気配を感じ、後じさり瞼を上げた。

 アタミの手がハンカチらしい布を掴み、ルリコの顔があった付近にあった。苦しい様な、悲しい様な表情をしていた。涙を拭おうとした、とルリコは理解すると、後ろめたい涙だから止めてくれ、と心の中で思った。

「……私達が居ては落ち着けないだろう。後でエウラを寄越すから食べたら休んでくれ、ルリコ」

 アタミはそう言い、部屋を出ていった。アタミが閉めたドアを見、エウラは何故かニヤニヤしていたが、ベレニケは強ばった顔をしていた。

「さ、エウラ。アタシたちも行くよ。ルリコちゃんも疲れるだろ」

 ベレニケは笑顔をつくり、鍋を持った。

「そうだね。じゃルリコ、アタイので悪いけど着替えも置いとくから使ってね!それじゃ!」

 エウラも食器が入っていた籠を持ち、ドアを開ける。ベレニケが出ていった後にルリコに手を振り、静かにドアを閉めた。

 ルリコは一人になった部屋で器を抱えたまま、ぼんやりとしていた。テーブルには、木の皿に茹で卵と、ベーコンの様な干し肉、焼いた小魚が置いてあった。隣の籠にはキツネ色の小さなパンが二つ入っている。

(異世界に来て、初めて出会った人達がこんなに優しいなんて……嘘をつかなくても良かったかもな)

 ルリコは一度ため息を付き、スープを啜った。少し冷えたスープは先程よりしょっぱく感じた。


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