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十八話・妹を誰か止めてくださいと祈った

扉を三回、続けて五回ノックした後に、ルリコは金属板の下の窓を開け『海ブタァ!』と叫ぶと扉が開いた。紙袋を抱え白い布を被ったカイリが、キョロキョロ用心深く通路を見回す。

 ルリコはカイリの脇を通り抜け、洗濯物を籠へ入れ、テーブルへメニューと籠バッグを置いた。

「ルリコ、そういえば何故“海ブタ”なんじゃ?」

「“女湯”の方が良い?」

「……まあ、何でも良いが。合言葉くらい」

 カイリは戸を閉めて忘れずに内鍵をし、紙袋に手を突っ込みながら呻く。

「さ、コレがカイリの分。服は明後日あたりに買いに行くぞ」

 テーブルを片付けがてら、カイリの方にある棚へ紙袋や麻袋を置いてゆく。

「こ、こんなにか……?わ」

「『悪い』とかは言うなよ?あたしの好意だ。男なら女の好意は素直に受け取っとけ」

(“好意”を“行為”と勘違いすると別問題になっけどな。カイリにはまだ早いけど)

 カイリ分の荷物を片付けると、今度はルリコ分の荷物を片付け始めた。カイリがお菓子を齧りながら甘味メニューを見ている。ルリコはある事が気になり、紙袋を抱えながらカイリに聞いた。

「カイリ、下着ナニ履いてる?」

 カイリはお菓子が気管にでも詰まったのか、咽ながら水を一気に飲み干した。

「い、いきなり何を聞くんじゃ!」

「半ズボンみたいの履いてたけどさ、ここじゃあふんどし主流みたいで。皆ふんどし。で、カイリもふんどしか?」

「言えるか!」

「じゃ脱がす」

 お菓子を咀嚼しながらカイリはルリコを睨んだが、観念したようだ。顔を赤くして壁を向き、小さくつぶやく。

「………………ふんどしじゃ」

「そう。ふんどし好き?」

「……す、好きなわけあるか!尻がほどんと出ておるし落ち着かん!」

 八つ当たりなのか、空になった紙袋を荒々しく丸め、静かにゴミ箱に入れた。

「好きじゃねぇなら丁度いい。仕立て屋に頼んできたから、明日にはふんどし脱出できっぞ。喜びな」

「それは、助かったぞルリコ!」

 カイリはルリコに向き直りに礼を言うが、からかわれた事に気付き、また怒り出した。

「何故儂に言わせるんじゃ!」

「ふんどしの着用感を聞こうと思って。あたしの下着もどんなのか、言ってあげようか?」

 ルリコは流し目を作り口元を吊り上げると、カイリは枕をぼすぼす叩き始めた。

「い、いッ、要らんわ!全く、若い娘なんじゃから皆もっと慎みを持たぬか!」

(皆か……やっぱし色々されたんだな……)

 哀れなカイリを見ながら、ルリコはテーブルに座りメニューを眺めた。

「カイリ何にする?ご飯もの食べれる?」

「ルリコは字が読めぬのではないか?」

「そうだけど、適当に頼むのも面白いかと思ってな。好き嫌いないし」

 抱えていた枕を投げ、カイリはベッドから降りルリコの持つメニューを覗き込むと、一番上の文を指差す。

「この文字は麺類を意味する。斜め線の後ろの文字が“辛い”じゃ。二つ以上で“激辛”となるので注意せよ。この料理には三つあるから、相当辛いな」

「え!昨日食べちったよ!」

「……苦手でなければ構わぬが」

 ルリコは、カイリが辛いものが嫌いだと直感した。

「それじゃ魚の揚げ物ってどれよ?」

「三番目じゃ。先頭の文字が“魚”、線で繋がっている文が“白身”。種類は書いておらぬな。点で区切ってある文字が“揚げる”となる。斜め線のすぐ後ろの文字が“甘い”次が“酸っぱい”じゃ。

 最後の斜め線の後ろが、大方の味付けとなっておる」

「書かなくてもよくねぇ?」

「分かりやすいじゃろ。まあ群島文字は難解で、旅人は難儀するらしいがの」



 昼食を無事終え、カイリに栄養剤を飲ますと眠ってしまった。ルリコは眠っている隙に紙袋からメモ帳を出した。

「ホントに今更だけど、ルーズリーフにすれば良かったよ」

 文句を言いながらペンケースを出し、先程覚えた文字を思い出しながら書き綴る。

 次にお風呂セットからトリートメントを取り出し、こちらに在りそうな材料を書き出してゆく。

「あ、アイからメール来てるかも」

 バッグから携帯を取り出して見ると、メールが五件来ていた。妹がその内二件。着信も何件かあるが、出ないほうがいいだろう。

 一応カイリに背を向けメールを確認すると、予想どおり、最初のアイのメールはかなり興奮した内容だった。



『お姉からのメール、アンノウン ノーウェアってなってたからびっくりした!内容からお姉だと分かったけどね。

 学校は多分だいじょぶ。警察行って、両親と大声で泣きまくって捜索届出してきたよ!ちょっと罪悪感残るけどね。でも税金払ってるから役にたって貰わないと!

 栄蔵さんが凄い落ち込んでたよ。帰ったら慰めてやってね。マイさん、エリナさん、ユウさんも家に来てくれたよ。ユウさんなんか目真っ赤で泣き出しちゃって、結構可愛いからわたしゾクソクしちゃった。康志郎に飽きた訳じゃないけど、女の子もイイなって。

 あ、話それちゃってゴメン!

 お姉が拾った少年と部下の人ってイイ!!異世界っぽい!!次は美女と美少女と美中年とか欲しいな!獣耳のヒトとかいたらソレも欲しい!

 また脱線しちゃってゴメンお姉。石鹸は葡萄と牛乳がいいな!葡萄カルピス美味しかったから。トリートメントは次のメールにするね。ネットで調べるからもうちょっと待ってて!』



 ルリコはアイのメールを閉じ、深々とため息をついた後両手を前で組み、祈った。

「どうか、どうかユウが、妹の毒牙にかかりませんように……」

 ユウ――ヤンキー仲間の無事を異世界から暫し祈ると、アイの次のメールを確認する。椿油、真珠エキス、小麦タンパクなど、かなりの数の文字がみっしり書いてあった。

「よく五分でコレだけ調べられるよな……。別に製品名とかも入れねぇでいいのに」

 アイの能力に感心しながら、ルリコはこの世界にありそうな材料をつらつらと書き出していった。



「もうそろそろ日暮れか」

 水牛の鞄に貰った服を詰めていたルリコは、軽く伸びをすると火打石を手に取った。立てたお香に向かい、何度か打ち付けるが、火はつかない。

「ふ、不便すぎんだけど!」

 十回を超えた所でやっと火がつき、肩を回していると、カイリがもぞもそと動き出した。

「起きたー?」

 ルリコが手近なランプに火を点しながら言うと、カイリは布団から顔を出した。まるでカタツムリならぬ布団つむりだ。

「むう、寝てしまったか……」

「病み上がりだからイイんだよ。寝ないと大きくなれねぇぞ。あ、髪、寝癖付いてる」

 先程買った燕の螺鈿細工の櫛を取り出し、ルリコはカイリの髪を梳く。ルリコに髪を梳かれながら、カイリは気になったことを聞いた。

「随分、看病といい手馴れておるの?」

「ん?ああ、二つ下の妹がいてな。両親共に働いてたし色々世話は慣れてんだよ。従兄弟もほとんど、年下ばっかりだったかんな。よし直った」

 髪を梳き終えると、ルリコはカイリの手に櫛を握らせた。

「男だって身だしなみ位整えねぇとモテねぇぞ。櫛くれぇ持っとけ」

「うむ……」

 見事な螺鈿細工の櫛を見ながら、カイリは呟いた。

「儂はルリコに、何もしてやれん……」

「気にすんなって言ったろ?そんなに気にするなら文字を教えろ。さあ早く」

「……わかった」

 櫛をベッドに置き、カイリはメモ帳やペンとインクを広げたルリコの元ヘ向かった。



「何故教える文字がこんなに偏っておる?」

「明日必要になるから。その次が一般常識系でヨロシク。さー次は“リンゴ酢”だ、どう書く?」

「む、まず“リンゴ”の文字の後ろに線を引き“発酵”の文字を書く。次に“酸”じゃ」

「“リンゴ”部分を“果実”に置き換えると“果実酢”?」

「そうじゃ」

「あー、単語覚えなきゃな。後で単語帳作るか。じゃ次は“王乳ローヤルゼリー”」

「聞いたことがないぞ?」

「そこからか。めんどいから後にする。次は……コレはありそう。“羊毛の根元の油分を集め精製した物”。読み方は“ラノリン”で」

「長いぞ!」

「頑張れ。美味しい甘味が待ってる」

 ルリコはカイリを適当に励ましながら、カイリに文字を書かせ続けた。勿論、自分のメモ帳に教えてもらった文字を反復書き取りしながら。



「なあカイリ。なんでさ、文字の途中に○や□や△が出て来るワケ?」

「知らぬ。儂も知りたい。○は疑問形の時、●は疑問系の応答時に先頭に付ける。塗りつぶしと白く抜かれた文字では、反対の意味となっておる。四角は疑問系の未来を指す時。三角は同様に過去の時となる。因みに×もあるぞ。禁止の文の先頭に付けるのじゃ」

「うわー、いらねっての……」

 ルリコも、異世界で難解と言われる文字を前に、単語帳用とメモ帳を切りながら、頭を抱えそうになっていた。



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