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十七話・適当名と少年のトラウマ

セタはルリコの手を引きながら倉庫街から横道へ逸れ、何度か突き当たりを曲がって竹のトンネルを通り、木製の階段を上がるとまた違った商店街に出た。

「うん、間違ってなかった!ここに鞄も売ってると思うよッ!」

 セタがルリコを見ると、ルリコは無表情のまま立っていた。

「……あれッ?姐御?」

 セタが目の前で手を振っても反応せず、不安になり顔を覗き込むと、力強く後頭部を捕まれ――

「っオラァァ!」

「ふべェッッッッ!!」

 ごちん、と音が響きセタとルリコの額がおもいきり衝突した。セタは額を両手で押さえその場に崩れ落ち、ルリコは額を赤くしたまま、獲物を見つけた肉食獣の様なギラついた目で風呂屋方向を見ていた。

「……帰ったら風呂屋に籠もってやる……」

 呻き声に似たルリコの低い声は、土下座をするように道に座り込んだセタは聞けなかった。

「いつまで寝てんだ?立てよセタ。早く鞄とか買っちまうからよ」

「あ、姐御……酷いよ、痛いよッ!」

 セタは涙目で、額をさすりながら立ち上がった。

「うるせェなぁ。早く行くぞ海ブタ野郎」

「う、海ブタ野郎って、オレ?」

「おめェ以外に誰がいんだよ?あたしの国ではイルカを“海豚ウミブタ”って書くんだよ」

「何ソレ!?扱いヒデェ!?」

 ルリコが文句を聞き流し、近くの露店に向かうと、セタも額を擦ったまま急いで向かった。



「どっちにすっかな〜。合わせやすいのは黒だけど……白も可愛いな」

 ルリコは靴が三足入った籠を抱え、一列に並んだサンダルを見ていた。店の前の竹製のベンチには、大きな麻布と紙製の手提げを下ろしたセタが座っている。

「ずいぶん悩むね?」

「そりゃな。オンナは皆買い物が大好きだし……いいや、両方買う」

 白と黒のサンダル両方を籠に入れると、会計に向かった。

 セタは全ての荷物を器用に抱えると、ルリコが麻の巾着を持って店から出てくる。

「待たせたな。宿に戻っぞ」

「了解ッ!」

 二人は並んで歩き、商店街を上に向かって歩く。

「そういえば、あのイルカ達は平気なのか?島の周りウロウロして」

 ルリコがセタに尋ねると、セタは麻袋を抱え直し頷いた。

「平気だよ。たまに悪ガキに松ぼっくりとか投げられる位だし、ご飯くれる人が多いねッ!東や東南の方だと、イルカ食べるから注意しなきゃならないけどさ」

(イルカ食うのか……脂身多そうだな。マンボウなら食べたことあんだよな。あんな感じ?)

 ルリコは内心ちょっと食べてみたいと思うと、セタにじろりと半眼で見られた。

「……姐御、もしかして食べたいとか思ったりした?」

「いいやぁ?」

 誤魔化したルリコは、歩く速度を早めた。



 ルリコは青竹亭の扉を開けた。続けて大荷物を抱えたセタが入ってくる。

 ロビーのテーブルを雑巾で拭いていたイロは顔を上げた。

「おかえりなさーい……あれ?」

 首を傾げるイロを気にせず、ルリコはセタを放置しテーブルに近寄る。

「鍵お願い。カイリにはご飯食べさせた?」

「鍵ね!カイリ君にはまだ。からかい過ぎて布団に包まっちゃったの」

 イロは鍵を手渡しながら、セタを見た。

「ねー、ルリコさん、あの人………」

「あ、荷物運ぶからさ、アレ部屋に入れて平気?」

 ルリコは入り口付近に立ったままのセタを指差した。

「うん。宿泊者と一緒なら問題ないわ――もしかしてぇ、ルリコさんの彼氏?」

「タダの荷物持ち。鍵どうも」

 鍵を振りながらイロの追及を逃れ、ルリコはセタと共に部屋に向かった。



 

 ノックをしても室内から返事が無かったので、ルリコは鍵を開けて室内に入った。セタも「お邪魔しまーす」と続けて中に入る。

「荷物分けるからテーブルの上に。麻袋は下で、手提げはこっちな」

 ルリコは荷物を手際良く分けながらセタに指示を出す。ふと、カイリのベッドを見ると、とてもわかりやすく布団が丸まっていた。

「姐御ッ!コレはそっちでいい?」

「ああ、もういいや。助かった」

「どういたしましてッ!」

 セタは荷物を全て下ろし、肩と首を回した。

(イルカには肩も首も無ぇ癖に)

 ルリコが心の中で突っ込むと、カイリの布団を持ち上げた。デカイ海老が見えると、海老部分を指でつつく。すると、布団からゆっくり目を腫らしたカイリが這い出してきた。

「……っ、ルリコ……?」

 カイリは目を擦ると、充血した瞳でルリコを見上げた。弱々しい動作に、ルリコはかなりの罪悪感を覚える。

(相当、イジられたんだな……変なトラウマ残さないと良いけど。あたしのせいだし)

「ただいま、カイリ」

 ルリコは手触りの良くなったカイリの髪を撫でる。柔らかい銀髪は、僅かに青みを帯びていた事に気付いた。

「……子供扱いするな。所で、横の男は何者じゃ?」

 カイリは背後のセタを見上げると、セタはルリコの隣に来てカイリの顔を覗き込む。

「へー、少年元気になったじゃん。姐御のおかげだねッ!」

 他人(しかも男同士)が話し合うには近すぎる距離に、カイリが後じさる。

セタの見た目はイルカ状態に比べ人に与える印象は、強い。長身のルリコより頭一つ分高く、上半身は裸で褐色の肌は傷だらけだ。灰色の髪に銀の瞳も、商店街では見かけなかった。

「カイリ、お礼言いな。コイツもカイリを助けてくれたんだからな」

「そ、そうなのか」

 カイリは布団の上で体制を整えると、深々とセタに礼をした。

「助けて頂いた方に何と言う失礼を……」

「いいよ〜、気にしないで!」

 セタはヘラヘラ笑いながら手を振る。カイリは、がばっと顔を上げ、真顔で言った。

「ルリコ同様、いずれ恩を返したい故に貴殿のお名前を伺いたい」

「え、えーっと……」

 セタは困った様にルリコを見る。ルリコも瞬時に察しがつき、セタに耳打ちした。

「名前言っていいのか?」

「うーん、ダメかも。何故かヒトには名前聞こえないみたいなんだよね。姐御が言ってるのも略称だし……姐御ッ、オレっぽい名前付けてくれない?」

「え」

「お願いッ!」

 カイリは耳元で内緒話をしあう二人を、怪訝そうに見ている。

(名付け親二人目かよ。あー、困る)

 ルリコはこめかみを抑えながら、隣のニコニコしているセタを見た。

(髪が灰色……日本的にしちまうか。適当に)

「カイリ、コイツは――は、ハイジロー。ハイジローだから」

 適当に作った名前を言うと、カイリが「おお」と更に食い付いてきた。

「変わった名前じゃな……して、家名は何と?」

(家名!?苗字まで言えと!?あたしには聞かなかった癖によォ!)

 ルリコは頭を抱えたくなった。

「家名ね……海野、いや、えーっと、何だっけな」

 ルリコは関連性の有るものを一気に脳裏に浮かべる。海。イルカ。面白技の数々。

「………ぅ、み、ミナトミライ。ハイジロー・ミナトミライだから」

 ルリコが適当な名前を作り終えると、カイリは顎に手を当てた。癖なのだろう。

「この辺りでは聞かんな。姓が長いので、略称はハイジ殿で宜しいか?」

(このあたしが、せっかく色々考えて男っぽい名前にしたのに、某アルプス少女の名前になんだよォ!)

「何でもイイよッ!殿は要らないのに〜」

 ルリコの葛藤を余所に、セタ――今日から人間時はハイジはヘラヘラと笑った。

 こめかみを抑えたままのルリコはある事に気付き、付け足した。

「あ、コイツも偽名だから」

「なんと!?」

 ショックを受けるカイリを余所に、セタ――今から人間時はハイジ、は立ち上がった。

「じゃ姐御、もう行くね」

「ああ、あたしも風呂屋行くから一緒に行くけど」

「いいよッ!すぐ下だしね。またね姐御ッ!」

 セタは片手を振りながら部屋を出ていった。ルリコも適当に手を振り返すと、荷物の開封に向かった。お菓子の入った紙袋をテーブルに並べると、ショックを受けて固まっているカイリに抱きつく。

「っな、何じゃルリコ!」

「正直に言いな。返事は?」

「と、とにかく分かった!分かったから、抱きつくでない!」

 イロ母子の攻撃に態勢が付いたのか、暴れるカイリをルリコは力ずくで押さえ込む。カイリの耳元に唇を近づけ、低く囁いた。

「汗臭くない?」

「は?」

「だから、あたし汗臭くない?」

「は?はぁ、いや、あの……臭くはないと思うぞ」

「正直に言わないと潰す」

 脅されたカイリは仕方なくルリコの首筋に顔を近付けたが、汗臭くはなかった。髪や肌から、淡く花や果実の香がする。

(む、むう……汗の匂いはせぬが……ルリコは何を必死になっているのだ?)

 カイリはそう思ったが、今更に自分の体に当たるルリコの感触に慌てた。

「あ、汗臭くなどない!儂が保証する!だから離れるんじゃ!」

「……わかった」

 ルリコがあっさり離れると、カイリは赤くなりながら小さく呟いた。

「いい若い娘が……無闇やたらに男に抱きつきおって」

「ふーん?カイリも、あんまり生意気なら女湯に入れっぞ。きっとおばさんお姉さん、おばあさんまで大歓迎だ」

 変な気迫を持ったルリコがじろりと睨むと、カイリは震え上がり布団の中に隠れた。残念ながら、少年の心に深いトラウマを残したようだ。

「お、女湯はイヤじゃあ!」

「遠慮するなよ。カイリも将来、スケベオヤジになったら血の涙を流して羨ましがるって」

「わ、儂は絶対にスケベオヤジになどならぬ!」

 布団の中でブルブル震えるカイリを見て、ルリコはお風呂セットを用意し始めた。

「あたしちょっと風呂行って来るからさ、腹減ったらお菓子食べてて。すぐ戻ってくるけど昼メシはその後な」

 テーブルの上に鍵を置き、キャビネットから布をバサバサと取り出していると、布団の隙間からカイリが顔を出した。

「……イロやキラは来ないか?」

「見つかんねェ様に行く。三回、続けて五回扉叩いた後に、扉の小窓開けて『海ブタ』って聞こえたら開けて。それ以外は寝たフリして開けなくていい」

「し、承知した」

 紙製の手提げから出した水色の籠バッグに布や着替えや財布、風呂屋の木板やお風呂セットを詰め込み、ルリコはカイリを振り返った。

「内鍵忘れるなよ」

「うむ」

 ルリコは部屋を出て左に出てガラスの扉を通り、トイレ方面でも水場方面でもなく、中庭に向かった。

 中庭の中央には池があり、赤い金魚が泳いでいた。池の周りには菖蒲か杜若のような紫の花が咲いている。

 それらには目もくれず中庭を突っ切り、竹林に入った。奥に進むと生け垣があり、生け垣の隙間から素早く出る。生け垣の向こうは煉瓦の壁だったので飛び乗ろうとすると、新品の籠バッグが振動した。

「ああ、携帯入れといたんだっけな。アイにカイリとイルカ野郎の写メでも送るか。ついでにトリートメントの材料も調べて貰お」

 ルリコはバッグから携帯を取出し、受信メールも見ずにメールを打つ。ややこしい内容にメールを二つに分ける事にすると、画像を添付し送信した。

 ちなみに、ルリコのメール作成速度は一般女子高生並みに早い。

「時間食っちまったな。急ぐか」

 ルリコは勢いを付け壁に飛び乗り、風呂屋に向けて走りだした。



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