十五話・……いつもはいてるわけじゃない
ルリコが洗濯物を抱え部屋に入ると、哀れな生け贄――カイリは素直にベッドで寝ていた。薬も無くなっていたので飲んだらしい。
「……可哀相に」
ルリコはうっすら笑いながら呟くと、籠の中身を起き、紙袋の中身を出した。
「おっ、ピンクとか黄色とか入ってねぇ。青系が多いし。やっぱやるな……」
一番上にあった紺地に白と銀の刺繍が入った丈の長い服を手に取った。同色のズボンもある。
「……アオザイ、に似てるな。チャイナボタンはない。あ、帯たくさんあるけど、コレにつけんのか?着こなし方が分からねぇ!何故聞かないあたし!」
ぶつぶつ言いながらも手早く着替え、鏡を見ながら髪も結び直した。
「カイリの服は……なんか面白いな。海老柄の服なんて見たことねぇし。刺繍のパンダはヨダレ垂らしてるし。売ってる店が是非知りてぇな。他の服に興味がある」
ルリコは、背中にデカイ海老が描かれた服と、笹模様にヨダレを垂らしたパンダの刺繍の服に迷ったが、仮快気祝いという事で海老柄の服にした。着させる事に決めた海老柄の服をベッドの端に起き、他の服は棚に置く。ルリコ分の服も元通り紙袋に戻し、白いミニボストンに荷物をつめ直していると気付いた。
「カイリの下着も買ってやらないと……ハーフパンツみたいの履いてたけど、絶対この国はふんどしだよなぁ。探せばあっかな?」
早朝風呂屋に向かう途中、何故かふんどし一丁のおじさんの集団がいた。
ルリコは「変態か!?」とつい叫びそうになったが、どうやら普通の事らしい。おばさ
んやお姉さん達は普通に挨拶していたので、ルリコも見習い挨拶した。
必死で平静を保ちながら。
「祭り以外でふんどし一丁で自由に歩けるなんて……、なんて自由な世界だ……ますます帰りてぇよ」
ルリコは望郷の気持ちを募らせながら、携帯の電源を入れた。起動画面の後に時間に注目すると、五月十八日の午後五時前。感覚では、まだ午前九時前と思っている。
「この問題もあったんだっけな……一日携帯付けとけば時間のズレがわかっかな。持ってこ」
ルリコはミニボストンを持ち、寝ているカイリに近づいた。完璧に寝ているのを確認すると、携帯のカメラを構える。
カシャッ
「悪いな」
撮った画像を保存すると、鍵と空になった果実水の容器を抱えて部屋を出た。
ロビーに行くと、昨日のそばかすの青年がおじさんに洗濯物を渡していた。ルリコが順番を待っていると、気配が無かった背後から肩を捕まれた。
「のわ!」
驚いたルリコが振り向くと、キラとイロが笑顔で立っていた。背中に嫌な汗をかきながら、ルリコは口を開く。
「えっと……」
「ルリコさん出かけるのよね?」
キラが微笑みながら言う。
「は、はい」
「カイリ君着替えさせても良いのね?」
イロが嬉しそうに言う。
「えっと、そうですね」
ルリコがそう言うと、母子は同時に口の端を吊り上げた。
(これは、早まったかも――カイリには、甘いものお土産にしてあげよう)
ルリコが哀れな生け贄に軽く同情すると、イロが前掛けから地図を取り出した。
「コレが簡単な地図。服屋とか装飾品が売ってる通りしかないだけど」
イロから地図を受け取ったルリコは困った。
(ったって読めねぇよ!まー、誰かに聞くしかねぇか)
「化粧品売ってる所は?後、仕立て屋ってある?」
ルリコの問い掛けに、キラは地図を覗き込んだ。
「そうねー、レイストローム姉妹の店が良いわよ。この通り行って突き当たりで右。今なら門に赤い薔薇が咲いてるからすぐ分かるわ〜」
キラから教わった店の場所を覚えていると、ルリコは気配を感じさせないイロに鍵を奪われた。
「じゃ行ってらっしゃい。カイリ君は任せて。宿帳には書いとくから大丈夫よー」
「爪先までぴっかぴかに磨くからね!」
(風呂にまで入れる気かよ!?)
ルリコは疑問を持ったが、何も言えず、二人に見送られ青竹亭を後にした。
坂を下り、教えて貰った通りに向かう。
道はなだらかな下り坂になっていて、隣の島が良く見える。今は満潮なのか、隣の島に続く砂浜は見えなかった。
「下り坂にしてるのって津波対策か?竹のトンネルみたいの幾つかあるしな」
涼しげに日光を遮る竹のトンネルを通りながら、商店街に入った。
ルリコの感覚的にはまだ九時半前だが、商店街はかなり賑わっていた。リアカーを引いた商人がいたり、ツアーなのか旗を持った青年の後ろを中高年の集団が続いている。
「賑わってるな〜」
呼び込みを器用に避けながら突き当たりに向かった。突き当たりの薔薇が絡まったの門を抜けると、二つ入り口がある。蔦に覆われた白い建物に右に赤い扉、左にオレンジの扉。どちらの店にも用事があるので、ルリコは何も考えず赤い扉に入った。
赤い薄布をくぐり抜けると、入ってすぐに黒い固まりがを確認すると、いきなり金色の目が二つ見えた。
「わー!?」
黒い塊はくるるーと小さく鳴きながら奥へ引っ込んだ。ルリコは黒い生き物を警戒しながらじりじりと奥へと進む。
「警戒しなくても平気よ。この子大人しいから」
店の奥にいたのは赤いベールをかぶった妖艶な女性だった。長い黒髪は毛先のみカールし、光の当たる部分は金色に見える。足元には、どうみても二メートルは超える黒豹が寝そべっている。機嫌が悪いのか尻尾をパタパタ振っていた。
(大人しくても、飼い……豹?は首輪くらい付けてくれよ)
切実にルリコは思った。
「ようこそ“紅真珠”へ。今日は何をお探し?」
「えーと、体を洗う石鹸と、髪用のト……手入れ油が欲しいのですが。椿油とか」
黒豹にビビッたルリコが言うと、赤いベールの女性は近づきルリコの髪を触った。ほんのりと薔薇の香がする。
「……何を使っているのかしら。髪の調子が随分良いわね。是非とも、教えて欲しいわ」
ルリコは赤いベールの女性の迫力にたじろいだ。
(い、言えねぇ……トリートメントの材料なんか覚えて無ぇよ……)
「あ、あたしも詳しくは分からないので、今度にでも調べときます」
迫力に気圧され、ルリコは敬語で話ながら頷いた。
「――お願いね。石鹸は右の棚よ。特別に個別注文も出来るけど、三週間程かかるわ」
ルリコは女性の言葉に頷きながら棚を見た。様々な色の石鹸が並んでいる。ひとつはそのままで、後は文字の書かれた紙に入っている。
(石鹸のオーダーメイドか……三週間は三十日。すぐ帰れるわけないしアイへのお土産にするかな。後でメール送っとくか)
三つ程石鹸を選び終えると、赤いベールの女性は黄緑がかった液体の入った瓶を抱えていた。
「分量は、小さい瓶で良いかしら?香りはつける?」
「はい。香りはなくてよいです」
「わかったわ」
赤いベールの女性は複雑な切り込みの入った瓶に油をそそいでゆく。赤い紙で蓋をし、椿の花が描かれた布袋に入れた。紙で包まれた石鹸も、紐を通した赤い紙バックに入れてゆく。
「あなた、薔薇は好き?」
ルリコは財布を出そうとすると、赤いベールの女性に話し掛けられた。
(妹は好きだけどな……あたしも嫌いじゃねぇが)
「はい」
「そう。おまけとして薔薇の化粧水も入れておくわ」
赤いベールの女性は棚から薄赤い液体が入ったガラス瓶を紙バッグに入れた。
「あ、ありがとう」
「使ってるもの、教えてくれるんでしょう?」
「……はい」
ルリコは女性の要望に屈し、トリートメントの成分を調べる事に決めた。
「赤い扉が化粧品店だったから……オレンジの方が仕立て屋か。猛獣とかいないといいけど」
ルリコは赤い扉を出ると、オレンジの扉を開けた。薄いオレンジの布を潜ると、オレンジ色の、恐らくモルモット四匹が奥へと逃げた。
(まあ……黒豹よりは心臓に良いな)
「いらっしゃいませー!」
奥へと進むと、オレンジ――橙色のアオザイを着た女性が微笑んでいた。先程の女性と良く似ているが、部分的に金色に見える黒髪は肩迄だった。
何より妖艶さと胸が無い。
部屋の両脇に細い棚があり、全ての棚に様々な布がきっちり納まっていた。ちなみに前後面は無数の引き出しである。女性の前にあるテーブルの両脇には、戦士の墓場の様に定規と鋏が何本も刺さっていた。
「“橙珊瑚”へようこそー!本日は何をお仕立てましょうか?」
橙色のアオザイの女性は某女性芸人を思わせる高い声で、ルリコに営業スマイルを向ける。
「男の子用の、半ズボンに似た下着を作って欲しいのですが」
「はーい、北大陸方面の下着ですねー?このあたりじゃちょーっと暑いのでぇ、丈ちょっぴり短くしちゃいますね」
橙アオザイの女性は横長の引き出しから紙を取出し、何か書き始めた。
「色や柄の指定はありますかー?材質の指定も承りますー」
「えーと、指定は特にないです。肌触りと通気性の良いものであれば。綿辺りの」
「はいー、何枚位お作り致しますかー?」
「七枚で」
「畏まりましたー」
恐ろしい程の早さで文字を書くと、机にあった橙色の板に画ビョウで紙を刺した。
(イロ達もそうだけど、この島の商売してる女の人って、やけに素早いよな……)
「以上で宜しいでしょうかー?」
ルリコが女性達の素早さに感心していると、橙アオザイの女性が営業スマイルを向けていた。
「あ、あと、もう一つ。女性用の下着ですが」
ルリコは風呂屋で気付いた。
この島の女性は、ふんどしを履くと。
未だに風呂屋で若い女性に会わないので分からないが、上はサラシかそのまま、下はふんどしかカボパン、たまにモモヒキが多い。
ルリコはカボパンはともかく、女子高校生として、ふんどしとモモヒキは是非とも遠慮したかった。
「この辺りでは、胸に下着はつけないんですか?」
「そうですねー、北大陸、もしくは南では綿製の胸当てを付けたりいたしますがー、群島連合では暑いので、気になる時に軽くサラシを巻く位ですねー」
(……ブラは諦めよう)
ルリコはため息を吐くと、ミニボストンを漁った。
「そうですか。実はコレと同じものを作って貰いたいのですが」
ルリコはボストンの中でジップロックを開け、目的のモノを取り出した。
取り出したのは、白いレースの紐パンツ。
「……この形状は、見たことないですねー」
橙アオザイの女性は、紐パンを手に取り、しげしげと見回した。ルリコですら、いくら綺麗に洗濯したと言っても自分の下着を見回されるのは気まずい。
「通気性は良いと思いますがー、面積が少ない上両端を紐で蝶結びとは少々、着用に不安が残りませんかー?」
(冷静に言われると……なんかハズいな……)
「それで、いや、それがイイんです。勝負下着ですから」
「勝負、ですかー?」
橙アオザイの女性は、二、三回瞬きしてルリコを見た。ルリコも多少、勇気の要る言葉なので一度目を伏せ、深呼吸してから言いだす。
「女性が男性と、負けられない勝負を仕掛ける時に付ける下着です」
「……あー、なるほど、よーくわかりました」
橙アオザイの女性は素早く棚から紙を取り出すと、先程を超える勢いで文字を書き始めた。今度は図入りで様々な矢印が描いてある。
「材質と色合いはどのようなものに致しますかー?」
「そうですね……まあお任せします。肌触りと通気性重視で。大体男は白い下着が好きですから、白も一枚お願いします」
「はーい、レースの方は使用致しますかー?輸入物になりますので、若干お値段の方上がってしまいますがー」
「必ず使わなくてもイイです。中心に何か、蝶結びの紐か何かで、前面だと分かるものがあれば」
「承りましたー。枚数の方は何枚程お作りしますかー?」
「七枚で。色やレース、紐の色や太さに変化を付けて下さい」
「畏まりましたー」
橙アオザイの女性は猛然と紙に文字を書いてゆく。
(意外と下着について語るのも悪い気分じゃねぇな………むしろ楽しいな。また新しい将来が開けるかも)
ルリコが進路の事に思いを馳せていると、橙アオザイの女性が書き終えた紙をじっと見た。
「お客様がご注文されましたモノでしたら、複雑ではないので明日昼にはご用意できますー」
「朝でも?」
「はーいご用意しておきます、料金も来店時にお願い致しますー。つきましては、お客様のお名前を頂戴しても宜しいでしょうかー?」
「えー、“ディープシー”で」
「はーい、ディープシー様で。此方が控えになりますので、来店時に必ずお持ち下さいませー」
橙アオザイの女性は橙色の紙に何行かを書くと紐パンと共にルリコに手渡した。
ルリコは瞬時にミニボストンの奥に下着をしまう。
「わかりました。お願いします」
「では、またのご来店をお待ちしておりまーす」
営業スマイルと高い声を聞きながら、ルリコは店を出た。
今の形になったのは割と最近ですよね。
持ってた理由については後々。