表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

十三話・少年達の野望と、人魚の意味

 ある橙と白の屋根が特徴的な風呂屋“麻輪房拿マリンボウダ”の前で、二人の少年が立っていた。

「よしソロン!今日こそ、今日こそッ声をかけるぞ!」

「って言っても……早すぎじゃない?おばさんとおばあちゃんしかいないよ?」

 薄茶の髪の少年――ソロンは、隣に立っている丸刈りの少年を半眼で見た。

「甘いなァソロン。さっき雨降っただろ?丁度風呂屋の前を通って、風呂に入った美女がいるッ!かもしれない」

「……まあいいけどさ」


 この島、テキルダ島の風呂屋は四件あり、宿屋と契約を結んでいるのは三件。

麻輪房拿マリンボウダ

寧日居ネイビイ

良群リョウグン

以上が一部で有名なナンパスポットである。

名前は経営者が“わかりやすい”様、適当に付けたらしいので意味不明だ。風呂上がりなので食事に誘いやすく、気が合えば宿まで行き、そのまま“御馳走いただきます”になる事も多々ある、らしい。

 それ故に、時間帯別に男の年代が分かれるという暗黙の了解がある。最も客足の多い夕方〜日暮れにかけては、大体“怖いお兄さん”が占拠していて少年達が入れる隙がない。

 お昼過ぎの今は“中高年”の時間帯だが、まだ少し早い。果敢な少年は一縷の希望を胸に、この時間に来た訳である。

「じゃ僕帰る」

「ソロン!おまえは戦友を見捨てるのか!?」

「だって、ミナスと違って熟女趣味じゃないし」

「誰が熟女趣味だ!」

「え、じゃ老女趣味?」

 少年二人が言い争っていると、戸が開く音がし、椿の絵の暖簾が上がった。

 反射的に二人は出てきた人物を凝視する。

 おばさんでもおばあちゃんでもない。

 若い女性だ。

 手入れされた金髪は輝き、変わった髪留めで高い位置に纏め、僅かに水分を含んだ髪が一筋、項に張りついている。

 白い肌は湯上がりの為うっすら上気し、伏せた目元が影を落とし、何とも艶かしい。

 すらりとした長身に、青いこの国独特の服が似合っている。


 ソロンが呆然としていると、勇敢かつ無謀にもミナスが声をかけた。

「あ、あっ、あのッ!お姉さん、よよ宜しければボクと一緒にお、お食事でもど

うですかッ!?」

 女性はミナスをちらりと見た。黒真珠に似て不思議なツヤのある黒い瞳に、ソロンの顔が赤くなる。

「ガキはオヤツでも食って寝てろ」

 女性はあっさりと言い、二人の間を抜け緩やかな坂を歩いていった。雨を浴びた花のような香りを残して。

「……惨敗だね」

 ソロンがミナスの肩に手を置くと、振り返り唇を噛み締めた。

「惨敗じゃねぇ!オレ達の戦いはこれから始まるんだ!そうだろッ!?」

「僕も入ってる?」

「無論だ!戦友よ!」

 ミナスの言葉に疲れを覚えながら、ソロンは金髪の女性の姿を思い出した。

「……今度会ったら僕も、声かけてみようかな」

 ソロンが呟くと、ミナスは無駄に力強くばんばんと背中を叩いた。

「よし!遠慮なく当たって砕けろ!屍はオレが拾ってやる!」

「はいはい」

「ソロン、我が戦友よ。何か奢れ!」

「はいはい。それじゃ惨敗記念に、泣くほど激辛料理がいいね」

「正気か!?」

 少年二人は楽しそうに、坂をゆっくり登っていった。




「お待たせしました!」

 ルリコが“青竹亭”の二の間に戻ると、キラがびっくりしてルリコを見ていた。

「……ルリコさん、よね?」

「は?」

 ルリコは着替えた服を無造作に籠に入れた。

「なんかルリコさん、お風呂屋行く前とは別人の様に光り輝いてるから……びっくりしちゃったわ」

「ああ!広いお風呂は久しぶりなんで」

(まあ、当然だろーな)

 ルリコは内心、納得していた。

 今まで海風に晒され水洗い続きの痛みまくった金髪は、迅速かつ丁寧なトリートメントの補修効果により、元の世界での輝きを取り戻していた。肌の方も、学校で友人に貰ったピーリング剤のおかげで段違いであろう。

 風呂から上がると、番台にいたおばあさん達も皺に隠れた目を見開き『秘訣を教えろ小娘ェ!』とルリコに詰め寄っていた。

(現代科学はすげえなぁ……早く戻りてェよ)

 ルリコはお風呂セットを棚に置くと、少年のベッドに戻りキラに礼を言った。

「キラさん、ありがとう」

「いいのよ〜。お仕事だから気にしないで。あ、ハルモモサンゴの果実水はコレだから。沢山飲ませてあげてね」

 キラは微笑みながら、太い竹筒を叩いた。油紙と桃色の紐で蓋をしてある。

「お代は洗濯物と一緒で明日でいいわ。何かあったら呼んでね。あと、コレが鍵だから無くさないでね」

 ルリコはキラから緑の紐が通された金属の板を受け取った。複雑に穴が空き、何か文字が入っている。多分、部屋番号だろう。

 鍵を見ている間にキラは籠に入った洗濯物を袂から出した麻布に入れ、「じゃあね」と微笑みながら部屋を出ていった。

 荷物を置いたルリコは蓋を開けた果実水を竹のコップ流し入れてみる。ほぼ無色で無臭だ。

「味、気になるな。風呂屋で果実水買ったけど、もらお」

 ルリコは一口飲むと、首を傾げた。

「……うっっっすいスポーツドリンクみたいな、酸っぱ甘しょっぱい。熱にはいいのかも」

 毒味終了!と呟き、少年に薬を混ぜた果実水を飲ます。飲まし終えると口元を布で拭き、ぬるんだ額の布を替える。ふと窓を見ると、竹林の向こうに太陽が雲間から輝いていた。

「ん?」


 雲は散り散りになり、眩しい太陽は遠慮なく太陽光線を放っている。

「……昼、だな」

 ルリコが制服に着替え甲板にいたのが昼。

 今、も昼。

「うぇ、一日経ってたのか……」

 認識すると、猛烈な眠気と疲れがルリコを襲う。

「ね、眠みぃ!ダりぃ!あたしも寝る……」

 ルリコはふらふらしたまま内鍵をかけ、自分のベッドに倒れ気絶する様に眠りに落ちた。



「んー……」

 ルリコがベッドから起き上がると、辺りは暗くなっていた。真っ暗なまま棚まで歩き、ライターを取り出すと手探りでランプに火を付ける。ランプに紙製のシェードを被せると、部屋が一気に明るくなった。

キャビネットの上には、トレイに入った火打ち石とガラスの器に入ったお香と、小さい穴が空いたお香用の長い皿があった。

「お香に火をつけてから、ランプをつけるのか。サービスいいなぁ。結構上の宿屋なのかも」

 ルリコはライターでお香に火を付け、あと二ヶ所にあるランプに火を灯す。灯し終ると少年の様子を見た。

 相変わらず顔は赤いが、ルリコが額を触ると大分下がったようであった。

「薬が効いたかな。良かったヤブ医者じゃなくて」

 ルリコは失礼な事を言いながら、額に乗せていた布を盥に入れ水を替えに部屋を出た。



 少年が物音で目を開けると、ルリコは首の汗を拭っていた。額に置いた布も取る。

「目、覚めた?でも熱あるからまだ寝てな。あ、喉乾いた?トイレ?」

 少年は薄く開いた青緑の目で、水差しを見た。ルリコは瞬時に理解し、竹筒の果実水をコップに注ぐ。

「熱ある人はこっち。ゆっくり飲みな」

 少年はゆっくり半身を起こし、受け取った果実水を飲み始めた。飲み終えるとルリコにコップを渡し、うつろな目でルリコをじっと見る。

「?……あたしが気になんのか?熱下がったら教えるよ。色々。だから今は寝な」

 ルリコが少年をベッドに倒し、布団を整えると少年は瞼を閉じた。寝息が聞こえ始めるのを確認すると、額に布を載せる。

「これで少年は一安心、かな。しっかし、腹減ったな……何か買いに行こ。まだ営業中か?」

 ルリコは腹を軽く擦りながら財布代わりのポーチに硬貨と紙幣を入れ、鍵を持ち静かに部屋を出た。


 ロビーに着くと、イロがソロバンに似たもので熱心に計算をしていた。ルリコに気付くと、ぱっと顔を上げる。

「ルリコさん!カイリ君大丈夫?」

「大分良くなったよ。一度起きたし。そうだ、料理屋ってすぐ下だっけ?」

「うん、そーよ。“緑竹りょくたけ”って言う店。アタシの父さんと姉夫婦がやってるわ。ここなら出前もするよ」

 イロは近くの棚から一枚の紙を出した。

「今の季節はコレ。国の名物は上から七つね、選べないけど果実水一杯付くわよ。甘味もいる?」

 イロは更にもう一枚紙を出してきたが、ルリコは困っていた。

(何度見ても、読めねェ……でも奇抜な料理出てこねぇよな。名物だし。適当でいいや、そんな好き嫌いねぇし)

 ルリコは一番上の名物料理と、別紙の甘味の真ん中を差した。

「じゃコレと、コレで」

「わかった!すぐ持ってくから部屋でカイリ君見ててね」

 イロは奥に引っ込むと、ルリコも部屋に戻った。

(ちょっと夜歩きたかったけどな。ま、少年が心配だから構わねェけど)



 ルリコが頼んだ名物料理は真っ赤な激辛カレーうどんだった為、食べきるのに非常に苦労した。

 デザートは練乳のかかったフルーツゼリーで、カレーうどんで痛めた喉に優しかった。

値段は全て合わせて五百九十。

 参考までに、風呂屋で買った果実水は、コップ一杯五十。

 価値は今だに良く分からない。



 部屋から出て、イロに言われた通り部屋の前に置かれた木のワゴンに食器を置いていると、キラが歩いてきた。

「あら、ルリコさんあの辛いの食べたの!?ヒリヒリしない?」

「――なんとか」

(辛いのは嫌いじゃねェけど……辛かったぜ。と言うか地元民にも辛いのかよ……)

 ルリコは無意識に少々腫れた唇を指でさすった。

「そうそう。うちの宿、朝ごはん出してるんだけど、好き嫌いない?カイリ君一度起きたって聞いたけど、ご飯食べれそう?お粥は用意できるわ」

「あたしは好き嫌いないです。大抵のものは。カイリは……一応お粥を。治ってから嫌いなもの伝えますよ」

 内心の動揺を悟られないよう上手く誤魔化しながら微笑む。

「わかったわ。朝ごはんは棚にあった青い札をかけておけばすぐ用意するからね。おやすみなさい」

「あ、えっとキラさん。一つ聞きたいんですけど、このあたりで“人魚”って悪口なんですか?」

 ルリコの言葉にキラは少し下を向き、目だけをルリコに向けた。ランプの加減で目だけが異様に光り輝き、怖い。

「言われたの?」

「あ……、はい。二人ほどに」

「そう。言った人は絶対に、許しちゃダメよ。特に、相手が男なら――股間蹴られたって文句は言えないわ。“人魚”の意味はね、“性悪女”だから」

「性悪女……」

(よし、老い先短いヴィクトル爺はともかく、あのツリ目許さねぇ!)

「良く、分かりました。次に会ったら蹴り飛ばしておきますね」

「容赦なんてしなくていいのよ?このあたりでは女性に対する、最大級の侮辱だから」

「はい」

 ルリコとキラは凄絶に笑い合い、それぞれ静かに歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ