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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

上立つ者の責務 

掲載日:2019/10/19

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 やあ、こんにちは。今日は絶好の旅行日和ですね。

 ここ、なかなかよい眺めでしょう? 私も三月みつきに一度は訪れまして、目の保養をさせてもらっているわけです。歴史に詳しい人であるなら、一望できる景色の中にいくつもの元国境くにざかいや古戦場の跡を確認できるとか。あなたはどれほどご存知ですか? 


 ――ほほう、ここは初めてでしたか。取材のためのご旅行、と。


 私も昔から同じような目的で、各地を巡ったことがありますよ。その土地にまつわる不思議な話を求め、今でも「そら」で語れるものがいくつか。

 ふむ、ご興味がおありですか? それではここから東方に望む、とある地域のお話をいたしましょうか。


 むかしむかし。その地域ではよそで見られるように、自然への敬意を絶やさない生活を送っていたようです。しかし、その心構えはいささか独自性をはらんでいました。

 たいていの場所では、私たち人間より自然にあるものを高きにおいています。水、穀物などの恵みから、川の氾濫や土砂崩れといった災害まで。いずれも人間業でゼロから生み出すことができないもの。それらを育み、巻き起こす自然こそ、自分たちとは次元の違うものだから、敬わねばならないと。

 一方のかの地域では逆。田畑を初めとして、自然に手を加えたことで、本来の命以上に育つことがかなった動植物がいる。そのまま捨て置かれたならば絶えていたかもしれない命に、盛り立てる場を新しく用意した。その自然からの「礼」として私たちは食にありつけ、命をつないでいる。貢がれている存在として、自分たち人間は自然に対し、報いなくてはいけない……といった感じですね。

 ノブレス・オブリージュに少し通ずるところがあるかもしれませんが、傲慢にも思える考え方です。しかし実際、その上位者としての振る舞いを怠り、自然が牙を剥いたと考えられることがあったのです。


 ある子供の一団が川釣りに興じていた時のこと。この地域では、家で出される食事以外で腹を満たそうと思ったら、自分たちで用意するのが常識でした。

 村から少し歩いたところにある渓流が、子供たちのよく利用する釣り場。彼ら全員、釣り方や調理の仕方は心得ていますが、釣りを行う前にすることがあります。

 めいめいが酒を持ち、自分たちが釣ると定めた場所へ向かうと、そこから川の水の中へ流す。親たちによると、これは自然に対する「前もったお礼」なのだとか。

 これから魚を釣らせてもらうから、その場所を使わせてもらうことの礼……といえば聞こえはいいでしょう。しかしこの地域では「こういう施しができる『お大尽』が参ったのだから、文句を言うなよな」というニュアンスの方が強かったようですね。


 しかしその日、男の子のひとりがうっかりお酒を持ってくることを忘れてしまいました。

 いえ、厳密には服のたもとに入れていたのですが、ここまで来るのに全員で競争しましたからね。どこかでころりと、酒の入った瓶が転がり落ちてしまったのでしょう。

 さて、現地に着いてからそのことに気づいた男の子ですが、みんなの前でおおっぴらにいうわけにもいきません。すでに皆は用意した酒を、とくとくと川へ流しています。さも当然と言わんばかりに、手慣れた動きです。

 このままでは、酒を持ってこなかったことが皆にバレてしまう。そこに自尊心が湧いてしまった彼は、とっさに「今日はいつもと違う場所で釣りする」と、皆の背中に向かって告げ、釣り道具を抱えて川の上流を目指していきます。

 誰にも見られない場所へ移動する。そうして釣りを初めてしまえば、酒がなくてもあったことと区別がつかなくなる。だって誰も確認できていないのだから。

 子供の浅知恵で、そのようなことを考えたのでしょうね。確かに実際の社会でその手はある程度有効です。人同士の争いや謀略は、露見しなければないものと同じ。正邪を度外視すれば、悪くない考えだったでしょう。

 ただ相手こそが悪かった。耳目という点においては人にはるかに勝る、自然に対して行うなど。

 

 その日の彼は、釣りに釣れました。これまでも何度かこの川で釣りをしたことはありましたが、成果が段違いです。

 釣り初めは酒の一件にびくついていた彼でしたが、5匹目を釣り上げる時にはもう、心地よさのとりこになっていました。竿を入れる、しばし待つ、食らいつく。この三拍子の回転が止まらないのですから。

 やればやっただけ、きちんと成果が出る。何かと比べっこをする子供の世界において、このことを嫌に思う者が、どれほど世界におりましょうか。その子は「びく」いっぱいに川魚を入れて、皆の下へと戻っていきました。

 他の子たちもそれなりに釣っていましたが、彼に及ぶほどの数は獲れていませんでした。自分で釣った分は自分で片付ける決まりになっていたので、できる限りその場で食べてしまうのが理想でしたが、お腹いっぱいになっても彼の魚はまだまだ残っています。やむなく家へ持って帰り、晩御飯にも彼が釣った魚が並ぶことになりました。


 ところが、父も母も焼いた魚をひとくちかじったところでその身を吐き出すと、息子に詰め寄ります。「お前、この魚をいったいどうした?」と。この時、彼自身はすでに焼いた魚を2匹たいらげ、3匹目にかかろうとしてところ。食する限りでは、今まで食べてきた塩焼きと大差ない味わいでした。

 しかし両親が口にしたものは、苦みと臭みにあふれて、とても食べられるものじゃなかったそうなのです。目をぱちくりさせている彼の前で、近所の人たちを呼びに行く両親。集まってくれた人たちに、自分たちの焼いた魚の味見をしてもらいます。

 結果、全会一致で両親と同じ意見となりました。つまり、彼の獲ってきたこの魚は、とても食べられたものではないと。

 全員が自分をたばかっているのでは……と考えるには、彼はまだ幼過ぎました。両親を含めた周りの者たちの圧力に、とうとう昼間の川釣りで、自分が酒を川に流していないことを白状してしまいます。

 

 それに前後して、新しく彼らの家に入ってきた者がいました。かの川の方角から、かすかに水がここまで流れてきて、道ができているというのです。見ると、指二本分ほどの細い幅でありますが、音を立てて村の入り口の堀に注がれていく、流水の姿がありました。

 それを確認したかの一家は父親が太い縄とさらしを持つと、息子をせっついて川へと向かいます。川へ近づけば近づくほど水かさは増していき、下生えたちがその中へ隠れ、絡みつく泥水が足を引っ張ってきました。


「――お前が川に前もった礼をせんおかげで、川が不安に思っとる。我らの普段の行いが良くなかったのかと、多めに魚を差し出した。いわばこちらの『ご機嫌伺い』だ。それに対し、速やかに返礼すれば、こうはならなかったろう。

 だが知らなかったとはいえ、お前はそれを無下にした。取るだけ取って、そのまま立ち去る。それが賊や圧政を敷くものと何が違う? 下にいる者への情けを失えば、上にいる者であろうと、たちまちその立場を追われよう。ゆめゆめ忘れぬことだ」


 川近くまでたどり着いた時、すでにそこから河原というものは消え去り、川そのものは濁流に姿を変えていました。大人の父親でさえ腰まで漬かる水かさ、子供の彼は顔を出しているのがやっとだったとか。

 父親は息子に服を脱ぐよう指示し、その身体を持って来た縄で縛ると、もう一方を手近な太い木に結び付けて握ります。


「お前はそのまま、元々の川があったであろう場所へ歩いて行け。足がつかなくなったら泳いででも向かえ。遅れた分も含めて、お前の器のでかさを知らしめなくては、この先生きていけんからな。

 生半可なことでは助けんぞ。お前がしたことの重さ、しっかりと沁みるまではな」


 その子はもう泣きそうでした。しかし、これ以上臆せば容赦なく父親の鉄拳が降ってくるでしょう。彼はかつて見えていた川の中央へ、流れに逆らいながらようやく歩いていきます。


 父親の言う通り、泳ぐ羽目になりながら先へ先へ進んでいた彼ですが、すぐに父親の言葉を思い知ります。

 水に沈めた身体のところどころで、何者かに歯を立てられているのです。肉がごりごりと音を立てるのが聞こえました。

 彼らは一ヶ所にいつまでもとどまりません。数拍ほどの間隔を置いて、腕といわず腹といわず、彼の身へ食らいついてきました。濁った水ということもあり、何が襲ってきているのか見えません。手で払ったり、守ろうとしたりしても、今度はその手の部分が犠牲になるという有様。防ぎようがありません。

 何度も苦痛の叫び声をあげましたが、遠くに見える父親は宣言した通り、命綱を握りながらも、こちらをじっと見るばかり。そうやって身体をひねって見やる間にも、新しい痛みがそこかしこで生まれます。

 意識を手放すことさえ許さぬ攻勢に、ぐずぐずと泣き出す彼。しかし、最初は容赦なくぶつかってきていた川の流れが、じょじょに弱まっていく感覚をかろうじて感じていたそうです。

 

 すでに夜も更けた頃、彼の身体が浸された川は、元の幅と水かさを取り戻していました。完全に頭を出し直した川原では、丈のある草は軒並み横倒し。先ほどまでの水の手が、幻ではなかったことを示しています。

 全身が痛く、気だるさにまみれて動くことさえ億劫です。父親の命綱へ引きずられ、ようやく陸へ上がった時、彼は自分の身体中に、骨がのぞくほどの傷が浮かんでいるのを見て取りました。

 その傷からはみじんも出血していません。それこそ血と身を取り除いた、魚の骨であるかのようです。息子の手当をしながら、父親は語ります。


「上に立つ者が施しをしなかったツケだ。我々は奴らという下がいるからこそ、この立場にいられることを忘れてはならぬ」


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― 新着の感想 ―
[一言] これ、すっごく面白かったです!!! 単純に力の大小で上下関係が決まるとは限らないでしょうし……でもその場合、やはり上に立つ者としての態度を示す必要がありますね。ちょっとくらいいいかとつい怠っ…
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