華麗なる日常の始まり? その2
「ハァッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
照り返す太陽。躍動する筋肉。飛び散る汗。
これがただのランニングであるなら、誰にはばかる
事もなく体力の続く限り走るといい。
だが、事態は性急かつ迅速に対応しなければならない
事案へと発展している。
大笑いをかましながら、中世の異世界を疾走する
ビキニパンツど変態なマッチョ大男を止めなければ、
この世もこの物語も完結してしまう。
「ま ぁ て え ゴ ル あ ぁ あ あ あ ぁ あ !!!」
降り出す右手、踏みしめる左足と共に、怒りと焦り
と鼻水が入り混じった顔を通りすがりの皆様に
こんにちはしながら、羞恥心という言葉を完全に
忘れ走り抜く。
徐々に距離を詰めていくが、いかんせんまだ距離が
空いている。不自然に背中にくっついていく色々な
品物を見てふと思った。
スプーンに靴下、角材に指輪、銀食器に女性用下着、
異世界転生の書。まとまりがない上、そんなものが
そう簡単に背中にくっつくはずはない。しかも
背中にくっつくのは決まって重すぎない物。
恐らくだが、ヤツの撒き散らす汗が磁気を帯びる状態
となり、本体の元へ運ぶ仕組みだろう。
スキルを利用していることは濃厚。
それなら簡単だ。異世界転生の書を行使出来る距離
まで近づき、やつのスキルを無効化する。私的に利用
することは厳禁だが、この際仕方ない。
「!!っつ・・・。なんだ、これ。」
目の前に霞がかかる。無茶をしすぎたせいか、目の前が
ぼやけて見えてきた。
くそ、もう少しで追いつくのに、ここで終わりなのか。
ふざけるな!ここで諦めたら全てが終わりだ!!!
力が抜けていく両足を奮い立たせ、前へ進む。
異世界転生の書を悪用された者の末路は知っている!
向こう一万年動物性プランクトンに転生が確定し、
水流に逆らう事もできず、ただただ遊泳魚にその体を
貪られる運命だ!
「燃えろ俺の魂!!弾けろ筋繊維!!俺にはまだ!!
読み返したいラノベがあるんだよおおおおお!!!」
勝った!眼前に異世界転生の書を目視した。霞んでいく
意識と戦いながら、こう叫ぶ。
「開け転生の書よ!我が呼びかけに応え、
ここに力を示」
ガアァアアァアン!!
衝撃。
何が起こった。
目の前には煉瓦造の壁に僕の鼻血が付着している。
どういうことだ。
今の今まで暴れマッチョを追っていたはずだ。
その背中に手が届きそうだったのに。
目の前に壁・・・?
朦朧とする意識の中、大の字で道に倒れこむ。
心配して声をかけてくる周りの人達。ダメだ、もう
意識が混濁してゆく。
薄れゆく意識の中、猫耳幼女がちら、と見えた。
「・・・ん、・・・・・さん!?」
聞き覚えのある声が呼んでいる気がする。
だけどもう・・・それに応えられる体力がない。
吹き出す鼻血と共に、意識も流れ出していった。
しばらくしてーーー。
昼夜問わず暗い、スラム街の一角スモークサーモン通りに、艶かしい光を放ちながら、ぜい、ぜいと声を荒げる
暴れマッチョが現れた。
「あらやだ暴れマッチョよ。相っ変わらずキモいわあ。」
通りすがりの老女は、地面に投げつける勢いで唾を吐き、
いそいそと家へ戻っていく。
「ハアッハァッハァッハァッハァッハッハッハッハァッ」
ん?わたしはここでなーーにをしているのだい?
先日は激しい筋トレを行なったため休息をとり、
今日は超回復の日と決めているのに。
「ッハッ!!筋肉がッ!休むことをッ!!
求めていないとッ!そういう事かッ!!」
ありとあらゆる筋肉ポーズを繰り出しながら独り言を
呟く。
「・・・おじさん凄いムチムチ。・・・ムキムキ?」
「ん?そーーーーうだろう感動するだろう幼女よっ!
筋肉は一日一夕にしてならず!!筋肉は!!!!!!
明日と努力を裏切らないのだッ!!!!!」
「努力なんてしないしいらない。ルルロが欲しいのは
ひとつだけ。たったひとつだけなのよ」
「なあぁあーに!そんなに恥ずかしがる事はないッ!
一度筋肉がついたならばッ筋肉が全てを語りかけて
くるのだからなッ!!!」
2m程はあるその体躯を、熊のように威圧するポーズを
とりながらにじり、にじりと近寄っていく。
幼女と呼ばれた少女は右手を前に突き出すと、その手の
周りが霞むように煙が現出する。
途端に暴れマッチョは糸の切れた操り人形のように、
通路の真ん中に突っ伏してしまった。
「ルルロが欲しいのはひとつだけ。」
暴れマッチョの背中からぬらぬら光る異世界転生の書を
引き剥がす幼女。パラパラと書をめくってゆく。
可愛らしい猫耳をピクピクさせながら、一枚のページに
目を向けた。
「たった一人の笑顔なのよ」