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転生士・山田の華麗なる日常  作者: ホルス
一章
2/5

華麗なる日常の始まり? その1



「やってきたぞっ!!!!いーせーかーいーーー!!」


この時点で僕のテンションはマックスだった。


あの鬱屈とした真っ暗な部屋を出て、

目の前に広がるは雲ひとつない晴天。切り出した石で

組み上げられた、街を守る巨大な石壁。眼下には無数の

民家や商店。そして行き交う、活気ある人たち。


ある者は剣を携え、またある者は土の上に魔法陣を

描く。


ひゅうっ、と風が吹いたかと思うと、僕の脇を

白い鳥が何羽か飛び去っていく。


転生門から降り立った場所は、教会の鐘を鳴らす為に

作られた場所。見晴らしも良く、この街を一望できる

ベストポイントだ。


転生士になってから、一体どのくらいの年月が経ち、

何人の転生者を送り出したのか、もう思い出せない。


その間一度も転生士の間を出ず、職務に当たった。

だけど転生士としての生に不満はない。

それが仕事なのだから。誇りもある。


だがこの風景を見てしまったら、全てがどうでも

よくなってしまうに有り余る光景だ。オタクである

僕でなくてもわかる、この、中世を起点に作られた

剣と魔法の世界!


僕は転生者ではないが、この世界には胸を打つものが

ある。ううむ、たまらん。


「ぶえーーーっくしょいっ!」


途端に鼻水が吹き出る。高所は見晴らしはいいが、

風も強い。


「まずいまずい、旅行じゃないんだった。ここには

・・・仕事しに来たんだった」


鼻をかみ、音が出るほど、顔を叩いて気を取り戻す。

深呼吸をすると、自身のローブの胸に大事にしまって

ある一冊の分厚い本を取り出した。


「異世界転生の書・・・よし」


懐に再び戻すと、階段を伝って下に降りていく。

下り階段の切れ間から、神仏に向けて祈りを捧げる

人たちが見える。


礼拝の時間のようだ。邪魔にならないようすぐに

立ち去ろう。


大きく開かれた正面扉から出ると、沢山の人が居る

往来に出た。ワクワクする心を止められない!


「うおおおおおっ異世界!!」


「歩く人たちはシャツにズボン、裏路地では学ラン

ヤンキーにカツアゲされる商人!極め付けは、

半裸で踊るエルフにオタ芸披露する人々!!!」


・・・・・・・


オイイイイイィイイィイイイ!!!!!

完全にぶち壊しだよ!この世界に降り立って数分も

しないうちに世界観ぶっ壊れてるよ!


どうやらこの大きな道路を渡る人の大多数が、

異世界予定者。事前に伝えられていた数百人という

人数は、全てここに集まっているかのようだ。


完全に萎えた僕は、受け取った書簡を腰についている

バッグから取り出し、開こうとした。

転生者に恩恵を授ける会場の場所が書かれているからだ。


「まあぁあてこの食い逃げぇぇあぁあ!!!」


「ハッハッハッハッハッハッハッハ!!」


砂煙と同時にこちらに向かってくる二つの人影。

キラリと光る汗をまとい、日本人のような顔立ちに

角刈りが眩しいナイスガイ。と、それを追う店主と

思しき人物。


「マッチョだぁ!暴れマッチョが出たぞおおぉお!!」


よく見ると、マッチョはビキニパンツのみしか

履いていない。彼を見た一部の女性からは、黄色い

歓声と好奇の目が向けられる。


マッチョは並み居る人々を押しのけ、真っ直ぐこちら

に向かってくる。恩恵を受けていないもやしボーイズは

次々に吹き飛ばされていく。


「キャッ!!」


押し寄せる人の波に押し出されたその女性は、

激しい勢いで僕にぶつかった。

持っていた書簡と一緒に、胸元から異世界転生の書が

こぼれ落ちる。


「うわっ!?」


ドスン、と鈍い音がして、その場に二人で倒れこむ。


目の前がチカチカする。黄色い歓声とともに、

遠ざかっていくマッチョと店主の声。


「いてててて・・・」


金色の長い髪が、白い外套のフードの隙間から溢れ、

倒れている僕の顔にかかる。

むくりと起き上がる女性は、まるでベッドに押し倒した

ようなこの状況に気づくのに数秒かかった。


「ひゃっ!すすすすいません!」


弾かれる様に立ち上がり、その女性は、おずおずと

手を差し伸べてくれた。


「よっと・・・。ててて。ありがとう」


立ち上がると同時に、さっきまでは気にもしなかった

のに、その女性の外見に気を取られた。白い外套の

外側からでもわかるほど華奢、フードの奥の目鼻立ち

の整った顔。月並みだが、美人という言葉がよく

当てはまる。年齢は・・・僕と同い年くらい?


ローブに付いた埃を払い、白い外套の女性に質問を

投げかけた。


「それにしても、さっきのはなんだったんだ?」


「さ、さっきのはこの街テンペルムで有名な、盗賊

暴れマッチョさんみたいです。食い逃げから銀行強盗

まで、い、色んな悪事を働く事で有名みたいです。」


「あんな派手な見た目で盗賊か・・・。この異世界

どうなってんだ。出張に来て、いきなりこんな目に

会うなんて・・・」


「出張・・・?も、もしかして転生士様ですか?」


「ああ、僕は転生士・山田ロイド。この異世界転生の

書を使って恩恵を・・・」



ない。



ないないないないない。


いくら懐をまさぐろうと、僕の乳首しか見当たらない。

途端に青ざめ、身体中をくまなく探すも見つからず、

あたりを見回すが見つからない。


「も、もしかして、あれでは・・・?」


白い外套の女性が指す先には暴れマッチョの姿が。

その背中には沢山の物が張り付き、固定されている

ようだ。その中に、見覚えのあるカバーの本がある。



あれ異世界転生の書じゃね?



・・・・・・・・・・・


脇目も振らず、打ち出された銃弾の様に、一直線に

走る、走る、走る。


「ろ、ロイド様!お、お待ちをー!」


白い外套の女性がなんか言った気がするが、もはや

耳に入らない。


突っ立ってるオタクを吹き飛ばし、黄色い声を上げる

女性をタックルで押しのけ走る。

途中吹っ飛ばした中に店主っぽいのもいた気が

しないでもない。


他者により悪用された場合、異世界転生の書は

究極の兵器となり得る。神を殺し、星を作り上げ、

歴史を塗りつぶす。世界の破滅だ。水爆なんて

かわいいもんよ。


出張初日18分後。


早くもこの異世界は、終焉を迎えようとしていた。


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