アクマとテンシ
「例えば……テンシ。実はお前さ、本当は悪魔の心を持っているんじゃないか?」
そう言葉を紡ぐのは悪魔的考えを持つアクマである。
辺り一面が黒、その中にいて、そこにアクマだけがいる。寂しい空間でしかし、だからこそ、テンシと会話することだけは可能だ。
テンシはアクマの質問に回答する。
「そんなことは無いですよ。私の心は至ってテンシ。そこに嘘偽りも在りません」
断固として反対するかのような態度をとるテンシ。
彼女はアクマである空間を真反対にしたような色—つまりは白い空間に、天使の輪っかを頭に浮遊させていた。
テンシは天使のような容姿。
アクマは悪魔のような容姿。
それがテンシでありアクマである。
そして、テンシの空間とアクマの空間には明確な線引きがされている。
それが白の空間にいればテンシの領域で、黒の空間にいればアクマの領域だということだ。そのように、二つの思念では思っている。もっとも、本来は一つの思念しかないが…………。
アクマは「キャハハハハ」と笑いながら、言葉を続ける。
「テンシに嘘偽りがないぃー? それ、ホントかよ? この前もテストで0点を取ったとき自分を頑張ってたって褒めてたよなあ? それも嘘偽りねえってのかよ?」
「そうですよ。テンシは天使です。嘘はつきません。テストは0点を取りましたが頑張りましたもん。ただ、うっかりテストでマークミスをしただけで…………」
「結局は0点だろ? 0点なんてテストにおいては最も意味のない数字じゃねえか⁉ 違うか⁉ それを少しでも褒めようとして、それがテスト前までは頑張ってたから問題ないって……お前そういうとこあるよな。そういうポジティブに物事を捉えるとこ」
「ポジティブな考えは貴方も持つべきだと思いますよ」
「はっ! そうかよ」
鼻で笑うかのように、テンシを嘲笑する。
テンシは天使で、しかし天使ではない。アクマはそこ突こうとしているのだ。
そんなこと、テンシは知らないし、アクマも“知らない“。
そしてアクマも--悪魔ではないのだ。
「そういえばアクマ。貴方も優しいところ、意外とあるよね」
「…………天使のお前には言われたかねえよ」
…………。
閑話休題。
アクマとテンシ、この相反する存在が話せるのは、存在自体は反対という考えで問題はない。しかしながら、その二つの存在が“近く“に存在するのだ。テンシとアクマの距離は近くないかもしれないが、距離感は最も近い。そして白の空間と黒の空間で互いのテリトリーが無意識に決められている。無意識に、意識なくともきめられているのだ。
なぜなら、お互いの存在は、アクマとテンシは先ほど作られたと言ってもあながち嘘でないからだ。それ故にお互いは天使として、悪魔として、強固なものは全くと言っていいほどないのだ。
*****
後日、二つの存在は再び形成される。
曖昧なものから、明確的な何かを持って、あるものを議題として、会話される。操り人形のように、しかしぞんざいに扱うことなどできない。二つの存在は一つの存在でもあるからだ。
今日も議題として挙げられたものに、悪魔的観点でアクマが、天使的観点でテンシが話をしなくてはならない。
「さてと……、今回挙げられた議題は、天才は何故、世界から厳しい目で見られているか、……、ということのようですけど…………」
若干おどおどし、歯切れが悪い言い方をしたのはテンシだ。
「そんなの簡単だろ。だって人間はよお、お互いを利用してんだから自分より賢い人間がいるならそれを 利用するのは当たり前だろ?」
「そんなことは無いですよ! 人間はお互いが協力しているんです!」
激しく、テンシは抗議する。そこにはやはり、天使的観点の発言で、しかしながらどこか悪魔的観点から話しているようにも感じてしまう。
その悪魔的観点があるからこそ、アクマはテンシの発言に異議を唱えることができる。
「それってよお、結局のところ人は人を利用することと変わらねえんじゃないのか
? 天使の顔を被った俺と同じ悪魔さんよお!」
「だ・か・ら! 私は天使ですよ! そして人は人を利用していることも違います。人は互いに信用しあっているからこそ助け合いをするのですよ!」
そんなテンシの、天使的には最ものように思える発言でも、悪魔的な反論は無限に溢れ続ける。
「信用…………信用か…………ククッ、ククククッ! 人間ってのは本当に面白い言葉を思いつくよな⁉」
「…………どういう……ことですか…………?」
あまりのアクマの悪魔的狂いに思わずテンシは委縮する。
そして悪魔的笑みでアクマは話し始める。
「信用っていう言葉の見方を変えてしまえばよ、それは疑いをかけるのが面倒くさいから“信用”というなの時間短縮をしてるってことだろ? そうじゃなきゃあり得ねえんだよ。人間が
人間を信用する、こんな言葉本来はあり得ねえと、無いとは思わねえのか? 昨日の聖人が今日は罪人かもしれねえだろ? どんなに信用という言葉があったとしてもそれは飽くまでカタチだけを模った嘘で塗りたくられた言葉だ。果たしてそこに本当の信用ってのがあるのか? ねえだろ!? そうだろ!? 答えてみろよテンシ野郎が!!」
黒の空間で異様な語りが大声で木霊する。白の空間にいて、しかしながらその黒の空間から聞こえてしまうアクマの悪魔的言葉は果たしてテンシを堕落させることはできるのかという、そんな問いかけがあるとするのであれば、
「私は…………信用という言葉が嘘だと思うことはありません」
「あっ? 俺の話を聞いてたか? 耳をかっぽじって俺という存在をしっかりと認識して、俺の反論を耳 にして、その反応か? クソ天使のテンシ野郎が!」
「はい、貴方の言葉は聴いていましたよ。私は仮にも天使なのですから。悪魔だろうとアクマだろうと、すべての存在に耳を傾けようといつでも努力していますよ」
「……………………喰えねえ奴だな。それでだ…………、お前としてはどう考えてんだ? 信用という言葉をよお!?」
「どう考えている…………ですか? どう考えているもなにもそのままの意味ですよ。信用は、相手を信じることです。人は相手を頼れるからこそ、協力できるからこそ、大人数で乗り切れないことも互いを信じて、信用して、艱難辛苦を乗り切れていることができているじゃないですか。一人ではできないことが他人を信じて複数人で、大人数で協力して、目的を達成できている。だから信用という言葉はしっかりとあると思いますよ」
テンシは天使的発言を言い切った。
その天使の内容を聞き、アクマは息を吐く。そして、
「………………最初辺りの発言だけならぶっ殺そうと考えていたが、…………なるほど、いくらか腑に落ちないが、まあ言われればそうかもしれないな…………。話を戻そう。議題は、何故天才は世界から厳しい目で見られているかってことだったよな?」
本来の議題はそれだ。その解を見つけ出さない限りテンシとアクマは話さなくてはならない。
「ええ。早く議論しないと私たちは消えて、無かったことにされるかもしれないよ」
アクマとテンシの議論はせかされる。それは何故、どういう意味かと言えば、それはテンシ、そしてアクマなどはまだ考えたことがない。否、考えることができない構造にされているかもしれない。だから、それが発覚することは難しい。自身が自身でないこととか、自身が自身かもしれないこと、それが確認できない。
アクマは口を開き、
「早くしよう。それまでに議論が潰れたら元も子もない。クソテンシ、何かいい案はあるか?」
「クソ、なんていう言葉は使わないでよ…………。それはそうとして、私の意見としては……世間から期待の目を向けられている…………ということで、厳しい目が向けていられるのではないかと思いますよ……」
「それについては大方賛成…………だぁが、一つ気にすることがある」
「それは…………?」
「簡単だ。なんで世界は天才を厳しい目で見るってのはよお……逆に、だ。凡人未満のクソ野郎どもがいるってことだろ? 天才を生まなくてもよお、凡人未満のヤツが凡人になれば天才に厳しい目を向けられることはないんじゃねえのかあ?」
アクマの意見は一理以上あるかどうかで言えば当然あり、しかし無自覚のように悪態を吐くその考えは、人として見るならばいかがなものかと疑問を呈してしまうものだ。
それに対してテンシは「違いますよ!」といつもより大きな声でアクマの考えをぶった切り、
「人は平等です。凡人未満とか、人をクソだとか言ってはいけません。人は全員が良い人で、みんながみんな主人公なのですよ」
「出たよ……、テンシの天使癖がよお。飽き飽きすんだよ。もう少し現実見ようぜ? な? 凡人未満の人間もそこら中ごろごろいるとは思わねえかあ? そうだろ⁉ みんながみんな主人公なわけあるかよテンシさんよお!?」
「生まれた人は……、……いいえ、生まれた生物全員は全員が主人公になれるのですよ。ただ、自分の役割から考えてみれば主人公からわき役に見えるかもしれない。それでもその人自身は自分が主人公ですよ」
テンシのまるで異常なまでのそのお人好しの発言はアクマにとってみれば耳が劈くほど痛く、気持ち悪く、うざく、異様で、吐き気を催して、--ついには吐く。
あまりに対極過ぎて、そんな異常な存在と話してしまったから、吐く。
対してテンシもアクマとは対極の位置にあるのに吐くことはない。どこか心の中では吐き気の感覚を覚え、警鐘を鳴らしながら吐瀉物が口腔に迫っているのかもしれないが、すべてを受け入れようとする姿勢から吐かないようになっている。そしてもしも、アクマの目の前で吐いてしまえば悪態を突かれ、罵倒され、アクマが優しくなることがないことが解かっているので絶対に吐かない。
どんなに吐き気があったとしてもアクマのために悪魔に魂を売ったか疑うほどの異常性を発揮しているのをテンシは全く知らず、無意識に吐き気も何もかもを、善を全うするために無意識で我慢している。
アクマは吐瀉物をすべて吐き出す。悪魔の体に吐瀉物が形成されるはずもないのに。悪魔だから、何も食べずにいられるはずなのに、例え何かを食べる悪魔がいても吐瀉物を吐くはずのない悪魔的なアクマは吐瀉物をすべて暗闇の中で吐き終えて、息を荒くしながら、
「ああ、気持ち悪いよテンシ。うざいほどきもいほど滑稽なんかでなく、恐怖だ。あまりにもお前が異常に見えて仕方がない」
「そうですか? でも議論はまだ終わっていませんよ? 早く再開しましょう? 答えを求められているんだから」
二つの存在は狂っている。
しかしいくらか時間が経過してしまえば、二つの存在は一つの存在になる。
その一つの存在、それこそが人間なのだから。
人間が、頭の中で天使と悪魔を展開して、一人で議論する。そのはずなのに、アクマとテンシは形成されられる。なぜか?
人は考えがいくつにも分かれているからだ。そして可能性として高いものが二つの意見に分かれる可能性。エゴとイドの激突。悪魔的考えと天使的考え。人間はそれを無意識に行っている。そして、もしも議論中に、テンシ、もしくはアクマに自身達の存在が人間の考えからと発覚すればテンシかアクマに魂を乗っ取られる。
だから、
「----」
人間がいつも一番にその存在を発覚させなければならない。
そうでなければ悪魔に魂を売るか、人を平等に扱うことや助けしか行わない天使に、人間という悪魔と天使--互いの性質を持った人間の存在が削ぎ落され、則られてしまうのだから。




