お嬢様達の戯れ 3
次の日もその次の日も、ミシェルさん達とのお茶会は開催された。
代わり映えの話に、ミシェルさんの機嫌取りの会話ばかりでもううんざりする。
ここに来ているからオリバーさんとのお茶会が出来なくなってしまったから、ストレスのはけ口がなくて精神的にも参ってしまう。
そしてもうひとつ。
「ちょっと! 今日はケーキの気分じゃないのよ!」
「も、申し訳ありません」
「クッキーが食べたいの。さっさと持ってきなさいよこのグズ!」
あぁまたか。
泣きそうになりながら走って行くミアちゃんを見てため息が出る。
毎回と言っていいほど癇癪を起こすミシェルさん。大抵その矛先はミアちゃんなのだが、言い散らすことは理不尽なものばかりだ。
何度か止めようとしたけど、その度無言の威圧に発言を止められ、終わった後にメアリーとアリアに釘を刺されるというのが続いた。更にミアちゃんから何もしなくていいと言われてしまって、このことに関して私は何も出来なくなってしまったのだ。
けど、このままでいいはずないよね。
オリバーさんにミシェルさんの事を少し教えてもらったけど、彼女の使用人いじめは今に始まった事ではないらしく、伯爵家令嬢という立場のせいで誰も何も言えないらしい。
ニギル辺りが注意すればいいと思うんだけど、どうやら彼は知っていて何も言わないのだ。
権力のある立場があって、周りは逆らえなくて野放しのまま、更に保身の為に彼女を持ち上げようとご機嫌取りをするから我儘し放題、というわけだ。
本当にタチが悪い。
「ねぇリリアさん、私貴方のお部屋を見てみたいのだけど」
「へ?」
いきなり話を振られてビクリとする。
やばい、話聞いてなかった。
「ここにお住いなんでしょう? 私お城の暮らしってどのようなものなのかずっと興味があったの」
「いや、えーと」
部屋っていったら、離宮まで行かなきゃいけないわけだけど、果たして連れて行ってもいいのだろうか。
私がアルフレッド様の婚約者だってことはこの人達は知らないわけだし、レオにバレないようにと言われてるからまずいよね。
「いきなりはちょっと。明日確認しておきます」
これで明日無理だったって言えばなんとかなるはず……
「ご自分の部屋なのになぜ確認が必要なのですか?」
「そうですわ。別に構わないのでなくて?」
もなかった。
有無を言わさずメアリーとマリアが突っ込んできてしまう。
うーんどうしたものか。
「もしかして、私達を部屋に入れるのは嫌、ということなのでは……」
言い訳を考えていると、メアリーがそう睨みながらポツリと呟いた。
これはまずい、と私は慌てて首を振る。
「ほら私ここには留学で来ているでしょ? 住まわしてもらっている立場で勝手は出来ませんから」
最後に笑ってみたものの、これでなんとか……
未だ不信感が消えない二人に頬が引き攣る。
「それもそうね」
ミシェルさんがニコリと笑う。
「いきなり言ってごめんなさい。リリアさんの言う通りだわ」
ミシェルさんの言葉に、メアリーとマリアの不信感が薄くなった。
良かった。何とかなったみたい。
ミシェルさんって、話せば案外ちゃんと聞いてくれる人かもしれない。
ミアちゃんへの態度だって、ちゃんと誰かが注意すれば改めてくれるんじゃないかな。
私の話題から他へと移り話す3人を見ながら、紅茶を飲んだ。
誰だ、ミシェルさんが話せば分かる人かもなんて思ったのは。
「えぇっと、今なんと……?」
「ミシェル様とお連れ様がこちらに訪ねて来られております」
手に持っていたサンドイッチがテーブルに落ちた。
「ちなみになんの要件で?」
「リリア様のお部屋に招待されたと仰っていますが、事実ですか?」
あぁ頭が痛くなってきた。
私は頭を抱えてテーブルに肘をつく。
昨日理解したような態度をとったのはなんだったのか。
まさか直接乗り込んでくるなんて、これじゃあ立場上追い返せない。いや、それが狙いなのかな。
「ごめんなさい。招いたわけじゃないんだけど、そういう話は昨日したの。確認するからって言ったんだけど、まさか来るなんて……」
言い訳をしてみるけど、レオは完全に疑いの目を向けてきている。まぁそうなるよね。
「流石に追い返すわけにはいかないから、中庭でお茶をしてもいいかな? それだけで帰ってもらうように言うから」
私のお願いに、レオは眉をひそめつつ渋々頷いてくれた。
「分かりました、アルフレッド様には私がお伝えしておきます。どうかこれ以上問題を起こすことのないように」
「分かったわ。ありがとう」
落としたサンドイッチを急いで食べて立ち上がる。
さて、次はオリバーさんに謝りにいかないとな。
準備を整えてミシェルさん達の待つ部屋に向かう。
扉を開けようと手をかけた時、中から声が漏れてきた。
「ちょっと遅くありません?」
「ほんと、いつまで待たせるつもりなのかしら」
声はメアリーとアリアで、二人とも機嫌の悪そうだ。
待たせるもなにも、いきなり来られてすぐに対応なんて出来ないと思うんだけどな。
横暴な文句に溜息をつきつつ、扉を開けて笑みを浮かべる。
「お待たせしてごめんなさい。わざわざ来てくださるなんて驚いました」
中に入ると、座っていた三人が一斉にこちらを向く。メアリーとアリアは私を睨みつけてきた。
「随分と遅かったですね。わざわざミシェルさんがここまで来てくださったのに」
「ごめんなさい。急だったもので、用意に手間取ってしまって」
嫌味を言ってくるアリアに苦笑を向けつつ、ミシェルさんの近くへ行く。
彼女は私に向けてニッコリと笑みを浮かべた。
「こんにちはリリアさん。急にごめんなさいね」
「いえ。でもどうやってここへ?」
「貴方の侍女に案内してもらいましたの」
そういえば昼前からミアちゃんを見ていなかった。おそらくお城の方に用事で行った時、ミシェルさん達に捕まってしまったのだろう。
「えっと、申し訳ないのですが、部屋の方は案内出来なくて。やっぱり勝手は出来ないので」
「わざわざミシェルさんが来てくださったのに、それはないんじゃなくて?」
「そうよ。自分の部屋なのだから、勝手もなにもないでしょう」
あぁもう。それは昨日も説明したのに。
同じような文句に、やっぱり昨日は分かってもらえたわけじゃなかったんだと呆れる。
「その代わりに今日はここの庭でお茶をしませんか? それはオーケーが出ているから、お茶の準備は頼んでいますの」
ね、と笑みを浮かべながら首を傾げてみる。
メアリーとアリアは目を合わせ、ミシェルさんの方を伺う。
目を向けられたミシェルさんは、私をしばらくは見つめた後、ニコッと微笑んだ。
「そうね。案内して頂けるかしら」
ミシェルさんの返答にホッとしつつ、私は頷いた。
3人を庭に連れていくと、丁度オリバーさんが用意を済ませ終わったところだった。ナイスタイミングだ。
「おぉお嬢様方、用意は出来ていますよ。さぁお座り下さい」
オリバーさんはいつも通りの調子で笑みを浮かべた。
だけど、そんな彼の態度が気に入らなかったのか、ミシェルさんの眉がピクリと動く。これはまずい。
「ええっと、さぁ座りましょう! オリバーさんのお茶はとても美味しいんですよ」
強引にミシェルさんの背を押す。メアリーとアリアに睨まれたけど、ミシェルさんの気を反らせる方が優先だ。
ミシェルさんは不審げな表情を浮かべたが、何も言わずそのまま椅子に座ってくれた。他の二人もそれを見てそれぞれ席に着く。
「ではお茶の準備をしますね。今日はカモミールティーです。ミルクと蜂蜜を用意しているのでお好きな方を」
そう言いながらオリバーは嬉しそうに紅茶を注ぐ。そういえば、この前いいハーブティーをいくつか買えたって言ってたっけ。それからお茶会をすることがなかったから、やっとお披露目が出来て嬉しいんだろう。
彼は人数分用意すると、まず私へカップを渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取ろうとした瞬間。
バンッ!!
テーブルを叩く音がし、私たちはビックリして音の方に目を向ける。
「ねぇ。どういうこと?」
立ち上がりテーブルに手をつくミシェルさんは、オリバーさんを睨みつけていた。
「ど、どう致しましたか?」
「何よその分からないって顔は」
「えっと、何かお気に障ることをしてしまいましたか?」
訳が分からず困惑するオリバーに、ミシェルさんはますます苛立ちをつのらせる。
「貴方には脳みそがないの? こういう場では身分の高い者から配っていくのが常識でしょう?」
「え? いや、ですから姫さんから……」
「何言ってるのよ! 伯爵家令嬢である私からに決まっているでしょう?!」
「いやいや何を言っているんです。伯爵家と姫とじゃどちらが上かは誰でも分かるでしょう」
笑みを浮かべつつも少し苛立ちのこもった声で言ったオリバー。
確かに、地位的には他国だけど姫の私の方が上だ。だからミシェルさんの言い分は間違いない。だけど、今ミシェルさんに言い返すのはあまり宜しくない事態になってしまうかも……
「二人とも、誰が上かなんて別にいいじゃないですか。せっかくのお茶会なんだから、地位なんて忘れましょうよ、ね?」
間に入って二人を宥めようとしたが、オリバーさんは首を振る。
「いいや姫さん。あんたが良くても、こういう事はちゃんとしておいた方がいい。なぁお嬢さんよ。自分の立ち位置ぐらいわきまえないと、遅かれ早かれ自分や家に迷惑をかけることになるぞ」
私を脇に寄せてミシェルさんへ言葉を投げる。言葉を聞いたミシェルさんはカッと怒りを露わにした。
「なんですって!? 使用人の分際で私に指図など身の程をわきまえなさい!!」
あ、と思った瞬間、ミシェルさんがテーブルのカップを掴んでオリバーさんの方へ投げつけた。
淹れたての紅茶の入ったカップは、熱湯を撒き散らしながらオリバーさんへ向かう。
「危ない!!」
私は咄嗟にオリバーさんの前に割り込んで腕を前に出した。そしてぶつかる痛みと熱さが襲いかかった。
「っっ!」
「姫さん!!」
座り込んだ私にオリバーさんが駆け寄る。
腕を見てみると、真っ赤腫れ上がっていて完全に火傷になってしまっていた。
「くそっ。ミア! すぐに氷を持ってくるんだ!」
「は、はいっ」
「大丈夫か姫さん。なんで俺なんかを庇ったんだ」
腕を見ながら吐き出したオリバーさんに、私はニコッと微笑む。
「オリバーさんは怪我ない?」
「は、はい」
「じゃあ良かった」
大丈夫だと気持ちを込めてもう一度笑い、ミシェルさんの方に目を移す。
「わ、私は悪くないわよ」
顔を青ざめるミシェルさんの方にメアリーとアリアが駆け寄る。
「そうよ。貴方が割り込んで来たから悪いのよ」
「ミシェルさんは悪くないわ。全部そこの使用人とリリアさんが悪いのよ」
ミシェルさんを庇うようにしながら私達を睨みつけてくる。
「お前ら……」
三人の態度にオリバーさんが襲いかからん雰囲気で腰を上げようとした。私はそれを止めようと片腕で肩を掴む。
と、その時。
「おいどうしたんだ」
この場の者ではない声。全員がその方を見ると、アルフレッド様とレオが怪訝な表情でこちらを見ていた。
「え、アルフレッド様?!」
彼等を見た瞬間、ミシェルさんはパッと表情を変えた。さっきまで怒りは全くなくなり、頬を少し赤らめて声色もワントーン高い。
アルフレッド様はミシェルさん達を一瞥した後、私の方に目を向ける。目が合い、咄嗟に火傷が見えないように腕を隠す。
「何をしているんだ?」
「お茶会を」
「それは知っているが、そうは見えないな」
鋭い指摘にウッとなる。
この状況で円満にお茶会を、なんて信じてもらえないよね。
ミシェルさん達の方を見ると、彼女らはアルフレッド様たちにバレないよう私へ睨みを向けていた。彼女らが悪いと言うなと言っているんだろう。まぁ私としても、事実を言ってややこしい事にはしたくない。
「私が謝ってテーブルの物を落としてしまったのです。それで皆さん拾おうとして下さっていたんですよ」
立ち上がってニコリと笑う。
アルフレッド様はそんな私を凝視した。
落ちているカップが言い分の証拠になってくれるだろうけど、向けられる視線が痛くて笑顔が引き攣りそうだ。
「そうか。あまり騒ぐなよ」
アルフレッド様は溜息をつき、そう言って私達から視線を外してその場を後にした。
完全に姿が見えなくなったと同時にホッと息を吐く。
良かった、何とか誤魔化せた。
私はもう一度息を吐いて、オリバーさんへ目を向ける。
「オリバーさん、申し訳ないけどお茶を片付けて貰っていいかな」
「え、ええ」
次にミシェルさん達の方へ。彼女らは相変わらず睨みを向けたままだ。
「ごめんなさいこんな事になってしまって。申し訳ないのですが、今日はお開きにして頂いてもいいですか? この埋め合わせはまた後日必ずしますから」
メアリーとアリアは目を見合わせミシェルさんの方を見る。
「そうね。今日はおいとましましょうか」