お嬢様達の戯れ 2
薔薇の園は中庭の端に位置し、円状に薔薇が植えられており、中央にはガゼボがありテーブルとイスが置かれ少女が二人楽しげに話をしていた。
「皆さんお待たせ」
ミシェルさんが声をかけるとみんな一斉に彼女に目を向ける。
「まぁミシェルさん遅かったわね」
「貴方が来るまでお茶を我慢していたのよ。さぁ座って」
2人は立ち上がって椅子を引く。そんな彼女らの行動にミシェルさんは満足気な表情を浮かべていた。
「ごめんなさいね。お客様をお連れしていたのよ」
「「お客様?」」
二人はようやく私の存在に気づき目を向ける。
「リリアさんよ。ほら噂の」
噂の、と何かを含んだような言い方をしたミシェルに、二人は「あぁ」と呟く。そして私を観察するように見てから小声で何か話した後、ニッコリと笑う。
「まぁまさかお会いできるなんて思っていませんでしたわ」
「お会いできて光栄です」
そう言いながら握手をしてきた二人に、されるがままになりながらミシェルさんの方を見る。
「メアリーとマリアです。私達3人でお茶会をしていますの」
「色々お話を聞きたいわ。さぁお座りになって」
メアリーに引っ張られて椅子に座る。
「初めましょうか」
パンとミシェルさんが手を叩くと、ミアちゃんがお茶の準備を始めた。
並べられるお菓子は豪華で食べるのが勿体ないものばかりだ。
「今日は料理長に頼んで作っていただいたの」
「料理長自ら? 流石ミシェルさんね」
自慢げに言うミシェルさんにメアリーとアリアは褒め言葉を口々に言う。
「以前持ってきてくださった異国のお菓子もものすごく美味しかったわよね」
「そうそう。顔もお広いし、とても羨ましいわ」
「そんなことないわよ。父の仕事に着いていたら自然と知り合っただけですわ」
「そんなことありませんわよ」
「ミシェルさんの人望の賜物ですわ」
何となくこの3人の関係が見えてきた。ミシェルさんがリーダーで、他2人はお付のような感じなのだろう。
「どうぞリリア様」
「ありがとう」
カップを渡され受け取る。
ミルクティーが入っていて、いい香りが漂ってくる。一口飲むとミルクの甘みと紅茶の香りが口一杯に広がった。
うん。文句なしに美味しい。
「ちょっと何よこれ!!」
二口めと思っていたら、いきなりミシェルさんが声を上げたので手が止まる。
彼女を見ると真っ赤な顔をしてミアちゃんを睨みつけていた。
「これダージリンじゃない! ミルクティにはアッサムだと言ってるでしょう?!」
「も、申し訳ありません。気づかなくて……」
「気づかない? 匂いを嗅げば直ぐに分かることでしょう?! 本当に貴方は愚図ね! 突っ立ってないでさっさと入れなおしてきなさい!」
「申し訳ありません。いれなおして参ります」
ミアちゃんは頭を深く下げ、走って行ってしまった。
微妙な空気が流れる。が、直ぐにメアリーとアリアがパチパチと手を叩き始めた。
「流石ミシェルさんです。香りだけで品種が分かってしまうなんて」
「私全然気づきませんでしたわ」
ミシェルさんは不満げだった顔を緩め、得意げに髪を書き上げた。
「ふふ。うちでは毎日違う種類の紅茶を飲んでいますの。そうしていれば自然と身につくものですわ」
身につくのか? 流石に一口も飲まずに香りだけで品種なんて分かるのかな。
いや、それよりもだ。
「あ、あの……」
声をかけると3人一斉にこちらを向く。
「あぁごめんなさいね。見苦しいところを見せてしまって」
「い、いえ。それより……」
こだわりがあるとはいえ、さっきのミアちゃんへの態度は酷すぎる。そう言おうとしたけど、三人から発せられたの無言の威圧に言葉が引っ込んでしまった。
「そういえば」
沈黙を破るようにミシェルさんが声を上げる。
「リリアさんってジルベルト国のご出身なのよね」
「え、えぇ」
「どのような国ですの? 名前だけは聞いたことはあったのですが、詳しくは知らないのよ」
ジルベルト、か。
一瞬嫌な思い出しそうになったけど、振り払ってニコリと笑みをつくる。
「ここのように栄えているわけではありませんが、自然豊かな良い国ですよ」
ジルベルトは領土の殆どが山に囲まれていて、都市と呼べるの王都くらい。他は小さな街いくつかあるけれど、基本的に遊牧民なので一定の場所に住むということをしないのだ。
ざっくりではあるけど、うちの国を紹介するには最適な説明だったのだが、ミシェルさん的にはお気に召さなかったようで少し不満げな表情を浮かべた。
「ジルベルト独特のファッションなどはないのですか? 流行りとか」
「ええっと、私はそういうのには縁がなくて…… あ、でも染め物とかはとても良い物があるんですよ!」
「へぇ、そうなんですか。あ、そういえばアリアは今季のミーリエのドレスはもう見たかしら」
「え、ええ勿論!」
ミシェルさんは完全に私の話に興味を失って、アリアとメアリーとオシャレの話をし始めてしまった。
私は話すのを諦めて紅茶をすする。
この場で私って場違いじゃないかな。
なんでミシェルさんは私を呼んだんだろう。
ミアちゃんが戻ってきて紅茶を配る最中もその後も三人は喋り続け、廊下の方がざわつきだしてやっと会話が途切れた。
「あら、もう時間ね。今日は解散しましょうか」
そう言って立ち上がったミシェルさんは、あれだけ文句を言っていたのに紅茶を一口も飲まずだった。
「そうですね。また次回を楽しみにしています」
「ではまた」
二人も立ち上がってそれぞれ戻っていったので、私も戻ろうと残りを全部飲み干した。
「リリアさん。また明日この時間に」
「え、いや」
断ろうとしたけど、ミシェルさんは話を全く聞かずに去っていってしまった。
数時間接しただけでも分かる。ミシェルさんは相当な我儘な人だ。しかも、周りがチヤホヤしているからタチが悪い。出来れば関わりたくはないんだけど。
「伯爵家だから邪険にしたら駄目よね」
あくまでも今の私はこの国ではお客様。私の好き嫌いで人付き合いを選んではいけない。
まぁ黙っていれば害はなさそうだから、大人しくしていよう。
「リリア様、私は後片付けを致しますのでお先にお戻り下さい」
「うん分かった」
ミアちゃんの言葉に頷きお城の方へ向かう。
城内に入ると、廊下にアリアとメアリーが立っていた。
「リリア様、少しお話があるのですが宜しくて?」
「えぇ。何んでしょうか」
二人はお互い見つめあった後、私を壁に追い込んで囲んできた。
これは完全に不良に絡まれている気分だ。
「リリア様一つ貴方のために忠告致しますわ。ミシェルさんに対する態度をもう少し改める出来だと思いますの」
「ミシェルさんがシイル伯爵家のご令嬢であることは勿論ご存知でしょう?」
「ええ」
「ミシェルさんのご機嫌を損ねたらどうなるかなど、言わなくても分かりますわよね」
「ご立場を危うくしたくないのなら、今後お気をつけ下さい」
アリアとメアリーは言うだけ言って、ふんっと踵を返して去っていった。
残された私は少しその場で放心した後、ふぅと息を吐く。
「面倒なことに巻き込まれちゃったな」