お嬢様達の戯れ 1
「それでは私はこれで。ゆっくりとお休みください」
出ていくミアちゃんを見送り、戸が閉まる音を聞いてからベットに突っ伏す。
「はぁ、疲れた」
目を閉じて先程まで自分がいた煌びやかで冷ややかな空間を思い出す。
その後の夜会は拷問だった。
ニギルは私を監視するかのようにくっついていたし、話しかけてくる人はみんなニギルの様子を伺いながら好意的な態度で接してきた。そのくせ私達から離れると、集まってヒソヒソと遠目で嫌な視線を向けてきた。
そんな態度にもムカついたけど、話す人みんなニギルがいかに立派な人物かを語り、小声でアルフレッド様への悪口を言ってきて、失礼がないようにニコニコしてはいたものの、延々と聞かされる同じような話にうんざりした。
だけどおかげで国内でのアルフレッド様の評判は把握が出来た。
アルフレッド様は2年前に王位継承者である兄王子のウィリアム様を貶めようと策略し、賛同者の裏切りによって計画は失敗に終わった。
賛同者達は罰を受け国から追放され、アルフレッド様は王子であることとウィリアム様の口添えにより、王位継承権の剥奪のみで事は終わった。
そして彼は「反逆の王子」と呼ばれるようになった、と。
「ウィリアム様は文句のつけようもない方です。国を想い、自分を貶めようとした者さえ許す広いお心をお持ちなのです。きっとそんな兄に嫉妬したのでしょう」
そして決まってみんなそう言って、アルフレッド様を睨んでいた。
ゴロンと寝返りをうって、私は最初にアルフレッド様に言われた言葉を思い出す。
アルフレッド様は私を王位に就くための駒と言っていたけど、それってまだ諦めてないってことよね。
噂を全て信じるなら、彼は兄が王位継承者であることに納得がいかず、自分の為に国を乱そうとしている反逆者だ。
「けどそんな感じじゃないのよね、あの人」
あの日アルフレッド様は無慈悲な言葉を投げつけた後、「憐れだ」と私に言った。その時を思い返してみると、彼の表情は蔑みではなく、何かと葛藤しているかの様な表情だった気がする。
自身の欲のために他人を駒としようとしている人が、そんな顔をするかな……?
「リリア様」
翌日の朝ご飯の後、部屋に戻ろうとしていたらレオが声をかけてきた。
「あ、レオおはよう」
「おはようございます」
完璧なお辞儀をするレオに、私も思わず頭を下げる。
「どうしたんですか?」
「シイル伯爵家のミシェル嬢がお目通りをと」
「え……」
声を出したのは私ではなくミアちゃんだった。彼女はビクリと身体を震わせ、顔からは血の気が引いている。
「どうしたのミアちゃん?」
肩を叩くとミアちゃんはまた身体を震わせた後、我に返った様に頭を数回振った。
「い、いえ何もありません」
そう言いつつも顔を強ばらせたままのミアちゃん。どう見ても大丈夫そうじゃない。
「ミシェル様は城の方でお待ちです。ミア応接間へ案内しろ」
「は、はい」
レオはミアちゃんの動揺なんてお構いなしに淡々と指示を出した。
そして頷くミアちゃんから私へ目を向ける。
「ミシェル様はリリア様がアルフレッド様の婚約者である事を知りません。発言には十分お気をつけを」
余計なことは言うな、と言うことだろう。
私はコクリと頷いて、ミアちゃんと共に城の方へ向かった。
応接間へ行くと、扉の前に男が立っていた。屈強でガタイのいい男は、居るだけで威圧感を放っている。
彼は私達が来たことに気づくと、私を見て眉を顰め睨みつけた。そして小さく「あれが」と呟く。
「こ、こんにちは」
二人に声をかけるが、彼らは返事をする気はなくただ無言の嫌悪を放ち続ける。
感じ悪い。ムッと眉間に皺がよる。
男は私には何も言わず、ミアちゃんの方に目を向けた。
「随分遅かったな。ミシェル様は待ちくたびれているぞ」
「申し訳ありません。なにぶん急でしたので」
「急だ? ミシェル様を待たせていいと思っているのか」
「お言葉ですが、リリア様は他国とはいえ王族です。ミシェル様よりも位の高いお方で」
「はっ! 何が王族だ。ただの欲深い雌猫だろう」
雌猫って、私のこと言ってるの?!
まさかの単語に、驚いて口があんぐりと開く。
歓迎されていないことは分かっているけど、こんなハッキリと貶すような言葉を向けられるなんて。流石にこれにはカチンとくる。
ミアちゃんも眉を顰めた。
「なんてことを言うのですか?! リリアン様は王家の方なのですよ!」
「この女を王家の者だと認めている奴など一人もいないだろう」
「認めるも何も事実なのですよ!」
男とミアちゃんの口論がヒートアップしていく。
私としては男にイラつくけど、ここで騒ぎを続けるのは流石にまずい。だけど、とめどなく言い合う二人の間に入るタイミングが掴めない。
その時、バンっと扉が開いた。
「ちょっとまだ来ないの? いつまで私を待たせるのよ!」
声を荒らげながら出てきた少女に全員の目が集まる。
少女は男、ミアちゃんと視線を送り、私に目を向けた。
「あら、貴方が噂の……」
ニヤリと笑った彼女の表情に、ゾッと背筋が凍る。
上から下まで見てきた視線はまるで品定めをするかのようだった。
全て見終えたあと彼女は視線を顔に戻しニコリと笑った。
「お目にかかれて光栄ですわ。私シイル伯爵家令嬢ミシェル・シイルと申します。突然の訪問をお許し下さいませ」
ミシェルさんがドレスの裾をつまんで頭を下げる。
「リリアです。わざわざ来てくださって」
「まぁとても素敵なドレスね。これ最新のデザインでしょう?」
ミシェルさんは私が言い終わらないうちに言葉を被せ、グッと近づきドレスを見つめて目を輝かせる。
「えっと」
「やっぱり素敵よねこのデザイン。私もお父様にお願いして買って頂こうかしら」
「あの」
「このレースが素晴らしいのよ。少ししか使われていないのが勿体無いわ。ね、そう思うわよね」
「は、はぁ」
話し続けるミシェルさんに私は困惑してしまう。
「ええっと、私になんのご用でしょうか」
何とか話のスキをついて言うと、ミシェルさんは「あぁ」と思い出したように手を叩いた。
「私ったら肝心な事を忘れてしまっていましたわ」
ようやく離れたミシェルさんに私はホッと胸を撫で下ろす。
「これから議員の娘達でお茶会をするので、リリアさんもご一緒にと」
「お茶会、ですか」
「えぇ。議会が終わるのを待つ間よく薔薇の園で行っていますの」
「薔薇の園?」
「中庭の薔薇園ですわ。行ったことはなくて?」
「えぇ……」
城の方には殆ど来たことがないから、庭に何があるかんて知らない。
頷いた私に、ミシェルさんは微かに頬を上げた。
「では是非来てくださいな。とても美しい場所ですからリリアさんもきっと気に入りますわ」
そう言ってミシェルさんは私の手を掴んで歩き始めた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください。確認をとってからじゃないと」
「あらそれもそうですわね」
ピタリと止まり、ミシェルさんは男に目を向ける。
「大臣様にリリア様とご一緒すると伝えてきなさい」
「はっ」
顎でクイッと命令したミシェルさんに男は頭を下げて部屋を出ていった。
「さぁこれで問題ないですわ」
ニコリと笑ったミシェルさんに、私は少し恐怖を覚えた。
一体今からどんなところへ連れていかれるんだろう。