異国の姫の新たな生活 4
紅茶のいい香りで目が覚める。
「おはようございます」
起き上がると、ポットを持ったミアちゃんが丁度部屋に入ってくるところだった。
「おはよう、ミアちゃん」
「朝食の時間ですのでご支度を」
仕事の態度を崩さないミアちゃんに、リリアは心の中で悲しく思いつつ、ベットをからおり服を脱ごうと手を後ろにやる。
「リリア様!」
声に手を止め振り返る。仕事用の顔だったミアちゃんが、それを崩してムスリと口を尖らせていた。
「あ! ごめんそうだった」
手を下ろしてミアちゃんの元へ行く。そんな私を見て、彼女はコクリと微笑んだ。その表情は自然とした柔らかいものだった。
「さぁ着替えましょう。本日はこちらでよろしいですか?」
ミアちゃんの選んだドレスは、シンプルな動きやすそうな服だった。
これなら気負いせずに着れる。コクリと頷くと、ミアちゃんはテキパキと手を動かしあっという間に着替えを終わらせてしまった。私が一人でしたらこうも早くは着替えられないな。
ミアちゃんの動きに関心していると、ミアちゃんは私を座らせて、紅茶を入れてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
ミアちゃんは私に紅茶を渡して、櫛で髪を梳かし始めた。
紅茶を一口飲んでみると、甘い花の香りが鼻を抜ける。
「美味しい」
まるで夢のようだ。朝こんな穏やかな気持ちになったのはいつぶりかな。
心地よい紅茶の香りと髪を撫でる感覚にしばし酔いしれた。
部屋に入ると、昨日と同じように朝食が用意されていた。しかし、今日は1人分だけしか並べられていない。
アルフレッド様はいないのか。いや、もしかして昨日の騒ぎのせいで私の顔を見たくないからとかじゃ。
やらかしてしまったのではと不安に苛まれながら席に着く。
今日のメニューはスクランブルエッグに食パンとコーンスープだ。美味しくて不安そっちのけで直ぐに全て平らげてしまった。
フォークを置いて一息つくと、隣から食器へ手が伸びてきた。
「あ、ジーン君おはよう」
「おはようございます、リリア様」
ジーンは少し怯えた表情で頭を下げた。そそくさと食器を集め、1歩下がる。
「デザートをお持ちしても?」
デザートという言葉に一気にテンションが上がる。
「是非!」
返事を聞いて、ジーンはカートに食器を乗せてスコーンと紅茶を前に置いてくれた。
「どうぞ」
「いただきます」
添えられたイチゴジャムを塗って一口。
「んんー美味しい。ねぇこれって誰が」
横を向くとジーンは既に居なくなっていた。ミアちゃんも私が席についたら直ぐに出ていったので、広い部屋に私だけが残されている。
避けられてる、のかな。
仕事以外では関わりももってくれない侍女に、怯えた目をする給仕。そして自分を見ていない婚約者。ここには味方はいないのだ。
「まぁ、悲しんだって今更よね」
ポツリと呟き、1人紅茶をすすった。
ベットに突っ伏していると、コンコンと扉の叩く音がした。
誰だろう、起き上がって扉を開けると。
「こんにちはリリア様」
「こんにちは。えっと、オリバーさん?」
オリバーさんはニカッと笑う。
「今お暇ですか?」
「ええ。何も無いけど」
「ならば、少しお茶でもしませんか? 良い紅茶があるんですよ」
オリバーさんの誘いに目を瞬く。
「え、私と、ですか?」
「勿論。お嫌でしたら構わないのですが」
「いいえ! 嫌だなんてそんな……」
必死に首を振った。嫌なんてとんでもない。飛び上がるほど嬉しい。
「嬉しいです」
笑みを浮かべると、オリバーさんも笑って頷いた。
オリバーさんに連れられ中庭に行くと、既にお茶をする用意は出来ていた。
「さぁどうぞお座り下さい」
椅子を引いて私を座らせ、カップに紅茶を注ぐ。
「さぁどうぞ」
「ありがとう」
一口飲んで笑みがこぼれる。
「美味しいです」
オリバーさんが満足げに微笑む。
「そりゃあ良かった」
「あの。もしかして朝ミアちゃんが持ってきてくれた紅茶もオリバーさんが?」
「あぁ。茶葉を集めるのが趣味でな。飲んでもらえる人が増えて嬉しいよ」
オリバーさんは得意げに胸を張り、今まで集めてきた珍しい茶葉について語り出す。
ガタイのいい彼からは連想しずらい趣味だけど、まるで少年のようにキラキラとした目で話す様子から、本当に好きなのだと感じ取れる。
オリバーさんはひとしきり語り終えると、ハッと我に返った。
「おっとすみません。長々と面白くもない話をしてしまって」
「いいえ、とても面白かったですよ」
オリバーさんは恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く。そして何か小さく呟いた後、真剣な目を私に向けた。
「リリア様。私は噂は嫌いです」
「は、はぁ」
「噂なんてデタラメなことばかりで、基本悪口ばかりだ」
いきなり変わった話題に戸惑いつつもオリバーさんを見つめる。
「俺は自分の見たものだけを信じる」
「はい……」
「だから姫さん、今からは素の姫さんで話してくれ。なんの偽りもない、な」
オリバーさん、私が演技してるって気づいてる。驚きた、たった数回しか話していないのに。
ふぅと息を吐く。バレているならもう偽っても滑稽なだけだ。
「じゃあお言葉に甘えて。本当はお淑やかに喋るのって苦手なの、私」
ヘラっと笑うと、オリバーさんは面食らったようにポカンとした顔をした。
「姫としてここに来てるからちゃんと姫らしくしなきゃって頑張ってたんだけど、やっぱり駄目ね。畏まったりって性にあわないわ」
もう少しバレないと思ってたのになぁ。
そんな私を見てオリバーさんはハハハと声を上げて笑い、「噂なんてやっぱり信じられないな」と小さく呟いた。
「姫さんあんまり隠せてなかったぞ? 俺と話す時にはもう戻ってたしな」
「あ、そういえば。私ったら全然駄目だったのね」
クスクス笑いが込み上げる。
オリバーさんは大きく息を吐き、ニヤリと笑う。
「俺も畏まって喋るのは苦手だよ」
「それは気づいてたわ。たまに口調が戻ってたのよ」
「ありゃ、そうだったか。やっぱり慣れないことはするもんじゃないな」
2人で目を合わせて笑い合う。
「あらためて、これからも宜しくな姫さん」
「こちらこそ」
「何か困ったことがあったらなんでも言ってくれ。アルフレッド様の事でも、使用人のことでも」
最後の言葉に、朝食の時に感じた悲しさを思い出す。言葉が喉元まで出かかったけど、飲み込んだ。
「大丈夫。何もないわ」
そう笑ったリリアにオリバーは眉を顰める。
「いや、そんなことは……」
「リリア様、こちらにいらしたんですね」
何かを言おうとしたオリバーさんの声にミアちゃんの声が被さなった。
「お探し致しました」
「あ、ごめんね何も言わずに」
「いえ」
ミアちゃんは表情を崩さず首を振る。
「よぉミアちゃん。お前もいっぱい飲んでくかい?」
「ごめんなさい、今は。リリア様、今夜リリア様を歓迎して夜会を開くと知らせがありました」
「おいおい随分急だな」
「大臣様が今朝提案されたそうで。一部の方をお招きする小さなものらしいのですが」
それにしたって普通じゃない。
ただの気まぐれなのか、何かあるのか。嫌な予感しかしないけど、断る力なんて私にはない。
「分かったわ。もう準備し始めた方がいいよね」
「はい。私はレオ様に報告をしてきますので、リリア様は部屋でお待ちください」
そう言って駆けていったミアちゃんを目で見送り、オリバーさんに向き直る。
「ということなので、途中で申し訳ないんですけど」
「いいや仕方ないさ。また誘うから付き合ってくれや」
「はい勿論!」
残った紅茶を飲み干す。
「そうだ姫さん」
オリバーさんの真剣な声に私は立ち止まって振り返る。彼は声と同じように真剣な表情で私を見ていた。
「誰になんと言われようと姫さんはそのままでいいんだ。姫さんと直に関われば、姫さんがどんな人なのか必ず分かるから」
オリバーさんの言葉に目が丸くなる。
彼が何に対して言っているのかは何となく分かる。そして私のことを本気で心配しているということも。
「ありがとう」