異国の姫の新たな生活 3
ミアちゃんに連れられて部屋に入ると、何故か大勢の人が待っていた。
「え、なにこれ」
扉を開けたまま固まった私を、ミアちゃんが中へ押し込む。
「これからドレスの採寸を致します」
「ドレス?! なんでそんなこと」
驚いて声を上げると、ミアちゃんは眉を潜める。
「ルギウスに留まられるにあたって、こちらの服も着て頂かないとなりませんので」
ズバッと言われ、うっとなる。
確かに、今の格好じゃあルギウス国のような大きな国の表舞台に立つには相応しくないし、こっちはこっちの風習があったりする。
「わ、分かったわ」
大人しく従うことにし、服を脱ごうと後に手をやった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「え?」
ミアちゃんが血相を変えて止めにくる。私は何事かと目を丸くする。
「どうしたの?」
「どうしたの、ではありません! 何故ご自分で脱ごうとなさっているんですか?!」
「え、だって脱ぐんじゃないの?」
「いや、そうですが……」
なぜ焦っているのか分からない。だけど、周りも唖然としているのを見るに、自分が何かをしでかしていることは分かる。でも、一体なにを……
脳内で自分の行動を思い返し、あっとなる。
「そっか、ミアちゃんがいるってことは、自分で服を脱ぎ着しないってことなんだ」
今まで侍女なんていた事なかったため、自分で脱ぎ着するのが当たり前であったが、姉姫が侍女に服を着せてもらっていたのを思い出した。
侍女がいるということは、そういう事なのだ。
「ごめんなさい。私今まで侍女なんていた事なかったからつい」
ヘラっと笑うと、ミアちゃんは口を開けたまま目を丸くした。
「侍女がいたことない姫様なんてありえるの……?」
ボソリとそう言った後、ハッとしブンブンと首を振る。
「い、いえ、失礼致しました。服の脱ぎ着は私がしますので、リリア様はそのままで」
「あ、はい」
服を脱ぎいよいよ採寸が始まる。
下着を他人に見られるのは初めてで、ものすごく恥ずかしい。しかも、採寸も初めてなので、それも相まって体がカチコチだった。
「はい、終わりです」
「お、終わったぁ」
終了の合図に、大きく息を吐いて体の力を抜く。ものすごく疲れた。
「リリア様、着替えますので」
「あ、あぁ。よろしくお願いします」
ミアちゃんは奥に置いてあった箱からドレスを取り出す。
淡いピンクで、細かい装飾が施されたそれを見てギョッとした。
「ちょっ、待って待って! それ着るの?!」
「そうですよ」
「無理無理無理! そんな贅沢なもの着れないよ」
こういうドレスに憧れが無いわけではないが、自分で着るとなると別だ。
絶対に似合わない。それに、あまりに綺麗すぎて動いて破ってしまわないかと心配で身動きが取れなくなってしまう。
「も、もう少し動きやすいのないかな?」
手を合わせて頼むと、ミアちゃんは不審げな顔をしつつ、箱から別のものを取り出した。
「これはどうですか?」
広げて見せてくれたそれは、豪華な装飾はないものの、品のある空色のドレスだった。恐れ多いのは変わらないものの、さっきのよりはましだ。
私が頷いたのを確認して、ミアちゃんが服を着せてくれる。
鏡に映る自分は、やっぱり服に負けて着せられた感じだ。けれど着心地は最高で、軽くて動きやすい。
「うん、ありがとう」
笑みを向けると、ミアちゃんは頭を少し下げる。
「では部屋に戻りましょう。昼食をお待ちします」
昼食、という言葉に今朝の食事のことを思い出した。
「ねぇ、私も取りに行くのについていってもいい?」
「え?」
私の言葉にミアちゃんは目を丸くした。
「構いませんが……」
「ありがとう」
何故かミアちゃんが戸惑っている感じだったけど、どうしてなんだろうか。
厨房に入ると、調理服の男と今朝の給仕くんが料理を作っていた。
「オリバー様」
ミアちゃんが声をかけると、男が振り向く。
「やぁミアじゃないか。どうしたんだこんな所で。お前城勤めだったはずじゃ」
オリバーと呼ばれた男は話しながらミアちゃんから私へ視線を向ける。
「おや、その方は」
「リリア様、こちらは料理長のオリバー様です」
オリバーさんはニカッと歯を見せ笑う。
「あんたがリリア様か。今朝はありがとな。嬉しかったよ」
「い、いえ。本当に美味しかったので」
「ここの厨房を任されてるオリバーだ。んで、こっちは弟子のジーン」
紹介されたジーンはペコリと頭を下げた。
「あれ、でもジーンは給仕では」
「兼務しているんです」
「離宮は人手不足でね。俺も馬の世話もやってんだ」
「へぇ」
確かにこの屋敷には殆ど人がいない。王子が住んでいるにも関わらずだ。
「で、姫様はなんのご用で?」
「用というわけじゃなくて。ミアちゃんについてきただけなの。ご飯を作って頂いた方にお会いしたくて」
微笑んで言うと、オリバーさんとジーンは顔を見合わせた。
「いや、それは勿体ないほど光栄なことだが」
戸惑うオリバーさんに首を傾げる。
ただどんな人が作ったのかを見たかっただけなのだが、どうしてこんなに驚かれているのか。とくに変わったことではないと思うだけど。
「えっと、お昼を取りに来られたのですよね。用意してありますのでどうぞ」
ジーンは置いてあったサンドイッチをミアちゃんに渡し、直ぐにオリバーさんの隣へ戻る。
気まずい空気が流れる。
私はニコリと2人に微笑んだ。
「ありがとう。部屋へ帰って頂くわ」
私の言葉に、ジーンがホッとしたように小さく息を吐いた。
部屋へ戻って目を疑った。
いつの間にか運び込まれた大量のドレスと箱。
「あの、これは」
「リリア様のお召し物です。既製品のみですが、運び込ませていただきました」
「既製品って……」
積まれた箱のひとつを開けてみると、煌びやかな装飾品が入っていて、そっと蓋閉じた。
ちょっと待って。これは一体なんなの? 朝から侍女や採寸、大量の服と装飾品。夢でも見ているのだろうか。
頬を抓ってみたが痛い。
「これは誰の仕業なの? 何かの嫌がらせ?」
戸惑う私の反応に、ミアちゃんは怪訝な表情を浮かべた。本来姫ならばこれくらいは当たり前であり、喜ぶものではないのだろか。
「今日の全てはアルフレッド様の命令です。純粋にリリア様への贈り物なのでは?」
贈り物、ではないだろう。何故なら昨晩本人に「お前は駒だ」と言い放たれたのだ。そんな者へ贈り物などするだろうか。
「アルフレッド様に会いしたいわ。ここにいるの?」
「ええ。本日は執務室に居られるはずです」
「案内して、今すぐに」
執務室の戸を叩くと、レオが顔を出した。
「どうされましたか?」
「アルフレッド様は居られる?」
「はい。ですが仕事中ですので後ほどに」
「すぐに終わるわ」
レオを押し退け部屋に突入する。
机に向かっていたアルフレッドは顔を上げ、私を見た。
「なんだいきなり」
「なんだではありません」
机に近づき、アルフレッド様を睨みつける。
「あのドレスと装飾品の山はなんなんですか?!」
「そのままだ。お前は姫だろ。相応の格好をしてもらわないと困るからな」
「困るって……」
「お前の価値はジルベルトの姫であることだ。意味はわかるな?」
冷たい視線に口篭る。
アルフレッドは私を『ジルベルトの姫』という駒として見ているのだ。だから、姫として相応の格好をしろ、ということだろう。彼は私自身へとは考えていなかったのだ。
「わか、りました」
私は1歩下がり腰を折る。
「アルフレッド様のご慈悲、ありがたく頂戴いたします」
強ばる頬を無理やり笑みにし、リリアは顔を上げた。
「お忙しい中申し訳ありませんでした」
言い終わったと同時にアルフレッド様から背を向け、足早に部屋を後にする。
扉の傍で控えていたミアちゃんが驚いて慌てて後を追ってきたけど、気を配るほどの余裕は私にはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
開け放たれたドアを見つめる。
驚いた。さっき目の前にいた彼女が、今朝酷い格好をしていた同一人物なのが信じられない。
美しいと有名なエレナ姫の妹だ、素材はいいはずで現に今朝も格好こそあれだったが、彼女の持つ美しさは垣間見えていた。
だとしてもあそこまで変わるか?
栗色の髪が纏められたことで露になった白い肌は、そこまで華美ではない空色のドレスをとても美しいものにしていた。
そして相応しい格好をしたことにより表へ出た彼女の美貌。
姉のエレナは何度か見たことがあるが、彼女よりも綺麗なのではと思ってしまった。
「くそっ、調子が狂う」
多少は変わるとは思っていたが、予想以上だった。
「アルフレッド様」
髪を掻きむしるとレオが心配げに見つめる。彼を見て、乱れた心が落ち着きを取り戻す。
「大丈夫だ、心配ない」
ふぅと息を吐き、放置していた書類を手に取る。
落ち着け。別にあいつがどう変わろうと関係ない。駒として使えるならなんだっていいんだ。あれはただの捨て駒なんだ。
そう頭の中で繰り返し、雑念を消し去った。