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3・夢見る少女じゃいられる訳がない

 身体が固く緊張して、嫌な汗がぶわっと首筋から流れて、なのに血の気が引いて行って寒気に似た震えが起こった。

 幽閉や奴隷なんて単語は、私が生きて来た17年の間、全く無関係できた。TVの向こうだって、歴史番組じゃない限りは滅多に耳にしない。私たちの世界じゃ、きっと人権問題になって大騒ぎだろう。

 でも、ここは異世界。私が生まれ育った世界じゃない。


 かえ…。


「帰り…帰りたいよぉ…あ…ああ…わああぁぁっ!。おかーさーんっ…」


 口に出したら、もう止まらなかった。涙も声も思考も。帰りたい。帰って、お母さんの作ったご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドにダイブしたい!

 私は年甲斐もなく小さな子供みたいに大声を上げて、わーわーと大泣きした。途中から、そっと側に回って来たルルシェさんが頭を抱いてくれ、あやすみたいに背中を軽く叩いていた。


 ここへ着いてから、ずっと我慢していた。帰れないと始めの頃に聞いたから、誰にもできないことでルルシェさんを困らせたらいけないと、帰れない寂しさや悲しさを心の奥底へ仕舞いこんでいた。それが今、恐怖って言うきっかけで噴き出して来た。


「ごめんね。怖いことを話してしまって。ハルたちには、全く関係ない世界のことなのにねぇ…。」

「た…助けられません…かぁ?あ、あの子…まだよく、理解できて、ないんだと思うんです。物語の…中に入って、夢をみてるよ…ような気持ちでいるんだと…」


 しゃくり上げながらもどうにか私の願いを伝えてみると、ルルシェさんは膝を折って目線を合わせてくれた。真剣な顔に、少しだけ困惑が混じっている。


「でも、それでも嫌だって拒否されたら?」

「そんなの何回も…何回だって説得し、しますぅ。だってぇ幽閉されたり、ど、奴隷な…ああわーん」

「はいはい、泣かない泣かない。魔女のルルシェさんが、頑張って協力しましょう。その代り」


 ルルシェさんはぐしゃぐしゃの私の顔を自分の袖で拭うと、睨むように見つめて来た。


「は…い?」

「アタシの言うことをちゃんと聞いて、途中で迷ったり惑わされたりしないこと!いい?」

「はい!め、命令厳守します!お願いします!」

 

 何度も頷き、何度も頭を下げまくった。

 その日は、そのまま食事を取って眠った。大泣きしたせいか、ほんと子供みたいにストンと眠ってしまった。

 ただ―――――真夜中に、ルルシェさんが出かけて行った気配は感じたけど、どうしても目覚めることはできなかった。


          *******



「ハル!起きて!すぐに出かけるわよ!」


 朝食のイイ匂いと共に、ルルシェさんの大音声が響いた。私はガバッと反射的に身を起こし、眠気の覚めきっていない頭で、のろのろと思考を開始した。


「お出、かけ?」

「ええ、早く起きて朝食を!」


 やっと回転スピードを上げた頭を振って、慌てて顔を洗い、着替えをして食卓につく。コロコロの野菜がたくさん入ったスープに薄いパンとたっぷりの森苺のジャム。それを片っ端から口に詰め込み、最後にお茶で流し込む。


「…そこまで急がなくてもいいのに…うふふ。さあ、王都まで行くわよ」

「は、はい!」


 陽はすでに登って、お出かけ日和の晴天だった。

 王都まで、の言葉に、作戦開始なんだと腹を括る。試合直前の高揚感に似た興奮と緊張。ちょっと張りつめた表情をしてたからだろう、ルルシェさんにバシーンと背中に気合を入れられた。

 また翼竜さんの送迎かな?と思っていたら、都会へ向かうから目立つ翼竜は駄目だと教えられ、ジャグと呼ばれるロバの様な鹿の様な生き物2頭に引かせた荷馬車で少し先の町まで出た。そこで昼食を取り(初めての異世界外食だ!でも微妙だった…)、そこから王都まで乗り合い馬車を乗り継いで向かった。


 私の旅に対する感覚が、あっちの世界の乗り物や、こっちでは翼竜さんの速度が基本となってしまっているせいか、4日もかけての移動は不安と苦痛に悩まされた。

 不安は、こんなに時間を取られるなら、病に苦しんでる人たちを助けてからでいいんじゃないのか?とか。苦痛は、初めての乗合馬車の乗り心地の悪さだ。お尻が痛い!

 そんな私に、ルルシェさんはにっこりと微笑んで、「余計なことは考えない」と念を押し、お尻には「こっそり【回復】をかけなさい」と教えてくれた。


 さて、初めての王都ですが、すっごいです。

 どこを歩いても人人人です。そんなお登さんな私をルルシェさんは引っ張って、とても高級な宿へと入った。なんと、一部屋にメイドさんがついてるんだよ!メイドさん!あの某街の似非メイドじゃなく、マジモノのメイド!


「さあ、ここからが勝負よ!ハル!黙って従いなさい!抵抗したら縛り上げるわよ?」

「へ?」


 ルルシェさんの宣言を合図に、いきなり3人のメイドさんに拉致され、旅衣装を引っぺがされ、浴室に引き込まれたと思ったら、あっちこっちを有無も言わさず磨き上げられた。私の悲鳴なんて軽く無視され、洗い始めの半泣きの抵抗なんて3人の手際の良さで抑え込まれた。部屋へ戻った時には、もう魂がどこかへ旅立ってた。


 そして、実は地獄はここからだった。

 放心している間に、またもやメイドさんたちに寄って集られてドレスを着せられ、4頭立ての立派な馬車に乗せられてお城方向へと向かった。ぼんやりお城を眺めていたら、少し外れた森の中へと馬車は入って行った。

 で、正気に戻った時には、見も知らない豪邸の一室に私は立たされ、宿どころじゃない人数のメイドさんたちに囲まれていた。

 

「な、なななな、なんですかぁ!?これ!?」

「え?知らないの?ドレスよ?ドレス」

「知ってますよぅ!それくらい!聞いてるのは、これは誰が着るのかって」

「ハルに決まってるでしょう!!はい!命令には従う!余計なことは考えない!」


 宿から着て来たドレスは、ふくらみもなくキラキラしい飾りのない地味な物だったのに、今目の前に吊るされているドレスは、目を覆いたくなるような眩しさだった。

 それも例の偽聖女が着ていたみたいな腰から下がぶわっと膨らんだドレスじゃなく、ウェディングドレスで見る様なS字スタイル?って言うのか、前から見るとマーメイドラインで後ろは裾がながーく伸びているシンプルなデザイン。なのに、布は見る角度で輝きが変わって、一面に刺繍と小さな宝石が散りばめられて光を放っている。なんと言っても、長い裾がーーーーっ!!


「こんなドレス…私には似合わないんじゃ…」


 ドレスの胸元と自分の胸元を見比べ、情けない主張をしてみた。


「大丈夫よ。コルセットできゅっと絞って、ががっと集めて盛るから」

「え?ええ?うぎゃーーーーーっ!!」

「おだまり!頑張るって言ったのはハルでしょう?これくらい我慢しなさい!王城へ入るだめなんだから」


 うううっ。く、苦しい…息がぁ。肋骨がぁぁ。

 苦しんでいる間、私の周りをとっても真剣な顔のメイドさんたちがくるくる回って飾り立てて行く。目が「吟味してます」って感じだ。でも、このショートヘアでは…と、残念な姿が映る鏡を見ていたら、ロングの黒髪ウィッグをずぼっと被せられた。そこからお化粧が開始。動くな目を閉じろ口を開くなの命令が、次々に襲い掛かって来た。


「いい?これからの予定を話すわよ。まず、ハルは侯爵家の人が保護した異世界人。記憶喪失で保護され、やっと記憶が戻ったら実は聖女様だった。慌てて侯爵様と一緒に城へ来たと。聖女を呼び出し、彼女が来たらハルと彼女だけ入るように【神域結界】を張って、そこで説得しなさい。【神域結界】は聖女固有のスキルだし、聖女の証明になるし悪意や我欲のある者は弾き飛ばすから安心よ」

「侯爵様って…」

「アタシ」

「はぁ!?」

「わたくし、女侯爵ことルルシェ=エニアス=アーレンヴェルド侯爵よ」

「!!」

「さあ、今度はアタシが着替えに行って来るわ。では、後程」


 私は呆気にとられたまま、ルルシェさんを見送った。



         *******


 私は今現在、豪奢な馬車に揺られて侯爵家からお城へ向かってます。

 ええ、あの森の先にあった壮美な邸宅は侯爵家の別邸で、森も含めた一帯が侯爵様の土地なんだとか。どうりで森の入口に立派な門があったんで、変だなとは思ってたんだよ。

 そして、なんとルルシェさんは、女侯爵様だった。その侯爵様がなんで魔女で、国境近くの森の番人なんてやってるのかと訊いたら、一族の長女は大昔から魔女に生まれるんだそうで、ルルシェさんは長女で魔女なために代々護って来た森の番人になったと言う。で、侯爵家は長男の弟が継ぐはずだったのに、先代侯爵が亡くなる前に弟夫婦が子供を残して事故死しちゃったんだ。


「残された甥っ子はまだ12才。家を継ぐには後3年は待たないとだから、わたくしが女侯爵として中継ぎをしておりますのよ?お分かり?」

「は、はいっ。で、でもお屋敷におられないのは…?」

「番人は、魔女である限り辞められないのよ。だから、名前だけね。他の親族に中継ぎさせて、万が一碌でもない事を考えられては迷惑ですし、ただの爵位預かり役よ。重要な仕事は、優秀な側近にまかせてありますから」

「ほ~う」


 だからかぁ。まるでキャリアウーマンみたいな女性なのは。魔女ってもっと浮世離れしてて、世俗なんて無関心なんだと思っていたから、ルルシェさんが魔女だって知った時、なーんか想像してた魔女と違って見えたんだよねぇ。

 でも、こうして侯爵様な貴婦人姿のルルシェさんは、とっても美しい。もう、お姉さま!お慕いしております~って縋りつきたいほどの凛々しさだ。

 それに引きかえ私は…例の裾の長いドレスに頭から半透明布で出来たロングベールをかぶり、その上から真っ白なフード付きローブを着ている。

 痛いは苦しいは暑いはの三拍子で、すでにぐったり。その風情が、長い黒髪とあいまって儚げな聖女っぽくてイイ!とお墨付きを貰いました。


 さて、打ち合わせも役作りも準備が整った頃(私は覚悟を決めた頃だな)、馬車はお城へと到着し、ルルシェさんの後ろをしずしずとくっついて入って行った。

 迎えに出て来た城側の関係者は厳しい顔をした壮年のオッサンばかりで、あからさまに私を疑っている表情でじろじろ遠慮なしに見て来た。そんな中、ルルシェさんの指導の賜物であるウォーキングをこなし、長い裾と長いベールを引いて謁見の間へと入った。


 すでに謁見の間はたくさんの貴族や役人たちが勢揃いしていて、中へ通された途端に、刺さるんじゃないかと思うほどの視線が飛んで来た。それを無視!視線は真っすぐに王様に固定し、ルルシェさんを真似て臣下の礼をとった。


「アーレンヴェルド侯爵並びに聖女と称する者、頭を上げよ」


 うわー「称する者」だって、と慄きながらも顔に出さないように気を付けつつ身体を起こした。


「アーレンヴェルド侯爵、今この城に滞在しておる聖女が偽物であると、そちは申しておることになるのだが…理解しておるのか?」

「はい、陛下。わたくしもこちらの方を助けた時にはまさかと思っておりました。発見当時は記憶も混乱されており、話しを聞くとどうも異世界からいらしたご様子。ですので、身元確認のために【鑑定】させて頂き、それで聖女と。ですので大至急ご報告いたしました次第でございます」

「【鑑定】か…そちにだけしか分からん証明では、なんの意味もないぞ?」

「はい。それは理解しております。ですので、この方には王都へお連れする前にいくつかの災いの地を浄化して頂きました。私の目の前で女神様の浄化を見せて頂き、確信をもってお連れしたした次第でございます」


 天井の高い大広間に、ルルシェさんの声が朗々と響いた。胡乱な目付きで私と彼女を見ていた王様と家臣の皆さんは、段々とその自信ありありな口上に険しさが解けて行った。

 だけど、王様の目は鋭いままだ。


「それでは、ここでその聖女の力を見せてみよ。聖女の術は、聖女以外魔女はおろか誰にも使えないもの。よいな!」

「賜りました」


 ルルシェさんは、王様に向けていた視線を私に向けると、真剣な顔で告げた。


「ハル様、【浄化】をこの広間一杯に」

「はい」


 私はそのまま一歩前へ出た。視界の隅で、近衛騎士が身構えたのが見えたが、それも無視。

 両腕を掲げ、この部屋の隅々まで綺麗に、悪いモノは消滅!とイメージをしながら詠唱を始めた。


「全てを清浄に!女神の加護を!神の愛を!【聖典浄化】」


 ふわーっと爽やかな風の流れが感じられ、誰からともなく「おおーっ」と感嘆の声が上がった。

 成功したことにホッとして、微笑みながら腕を下ろして王様を見上げた。

 と、その時だった。


「そいつは偽物!私が本物の聖女よ!騙されないで!!」


 複数の靴音と共に現れた団体さんの中から、王様の前で出すとは思えない金切り声が飛んで来た。



脱字を訂正しました。12/15

台詞、表現を修正しました 12/29

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