2・犯人は、お前だ!!
まずは、一番初めに発生が観測された地点へ行ってみた。
え?どうやってって?もちろん魔女様がいらっしゃいますから、空を飛んでですよ?ホウキ?いえいえ、それはあっちのお伽噺で、こっちでは、ルルシェさんのお知り合いの翼竜さんにお願いしました。
翼竜さんの背中に二人で乗せてもらい、練習がてら結界を張って強風と寒さ対策バッチリ!一つ山を越え、大渓谷をすり抜け、そして前方に見えて来た標高の高い山。
霊峰と呼ばれる山なのに、災いに冒されてる。確かにどす黒い霧が頂から中腹まですっぽりと覆い、その余波みたいに黒い靄がだらだらと麓へ流れているのが見えた。
「わーーーーっ!キモッ!」
「キモ?」
「ああ、気持ち悪いを縮めて、キモ!」
「あはは!キモ!キモ!!」
美女がそんな言葉を連呼しちゃ、いけません!特に男性の前では厳禁ですよ!
「さて、どうしよう…」
「山の上空から、一気に【浄化】をかけてみれば?ハルなら簡単にできるでしょう?」
ええ?そんな簡単でいいのかな?
「まっ、試しにやってみましょうかね!では、翼竜さん、現場上空へよろしく!」
万が一のことを考えて、翼竜さんんも含めて結界を張り直した。その間にポイントへ達するが、空中浮揚は苦手とかで最小の円を描いての飛行をしてもらった。
「では、春香行きます!!」
頭の中でイメージする。悪いモノを消し、綺麗に掃除をして清めて、最後に自然の回復を。両手を広げて掲げ、自然と喉を上がって来た詠唱を紡いだ。
「全てを清浄に!女神の加護を!神の愛を!【聖典浄化】」
ぶわーっと綺麗なオーガンジーを広げたみたいな感じで、魔力がキラキラ光りながら広がって行く。それがすっぽりと山を包み、あっと言う間に真っ黒な霧や靄が消滅していった。
「わお!凄い凄い!災いが消えたどころか、何もかもが生き生きしちゃってるよ」
うん。眼下を見下ろしてみたら、浄化した所だけ凄く自然の力が増し増しになってる。私たちは手に手を取って成功を喜んだ。
順調な出だしに気を良くして、毎日朝から災いの発生地へと飛び回った。
そんなある日、『聖女様ご一行』に出会ってしまった。
上空を飛んでるのに?と思うでしょうが、実は黒い靄の混じり込んだ川の水を知らずに使った人々の中に、薬師や治療士には治療不可能な病を発症した人が多く出て来たと聞いたのだ。
そのため、黒い霧を始末した後に、近隣の村や町を見て回っていたんだけど…。そんな時の邂逅だった。
私は、自分が聖女だってことを隠して黒霧浄化している。翼竜の背中からの浄化だから、簡単に人目にはつかないけれど、市井に降りたらそういう訳にいかない。だから、ルルシェさんに頼んで【偽装】って言う変装魔法をかけてもらって姿を変えている。そして、治療の時は旅の治療師と薬師だって名乗って、こっそり治癒魔法をかけて回っていた。
だから、聖女一行と出会った時、相手は私をただの旅人としか認識しなかった。
(ぎゃーーーーっ!!)
内心で叫んだ。もう少しで喉から声が漏れそうだったのを、必死に手で押さえて堪えた。
「ハル、どうしたのっ!?」
私の尋常じゃない様子に、ルルシェさんが慌てて声を潜めて問いかけて来た。
「あれ!あの聖女!私の知ってる人!!」
掠れ声で訴えると、ルルシェさんはじろっと視線だけを向けて、集う人達の間で笑顔を振りまいている女の子を観察した。
とっても場違いな豪奢なドレスに宝石一杯のアクセサリー。山間の村なのにピカピカ金細工付いたの高いヒールの靴。その手にはふっさり羽毛の扇子を持ってにっこにこだ。そして、その周りを護衛よろしく囲っているのは、これまた式典用の制服と礼服じゃないのか!?って言いたくなるようなキラキラしい装いの男性陣。
「なーにしに来たんだが…」
ルルシェさんの眼差しが、段々と冷たく険悪になって行く。美人の怒り顔は、凄みが増してマジで怖い。
「とりあえず帰りましょう。話は家でゆっくりね」
ルルシェさんの言葉を合図に、私たちはそそくさとその村を離れ、隠れいていた翼竜さんに乗ってさっさと帰宅した。
甘い薬草茶で一息ついて、ほっとしたら心が落ち着いた。
「で?聖女が知り合いだって?」
「はい。同じ学校の隣りのクラス―――あ、隣りの部屋で学んでいる人です」
「友達なの?」
「いいえ。お互いに顔を知ってるって程度かな?」
「それで、召喚された時ハルは学校の建物の中にいた、と…」
ルルシェさんに初めて会った日、召喚陣に引っ張られた直後に後ろから何かが激突してきたこと以外に詳細を尋ねられ、学校に行ってたことや人気のない場所にいたことなど、その時のことを前後含めて話してあった。
「そうなると、彼女がハルの邪魔をしたヤツだわね」
「ええええ!?なんでそうなるんですか!?」
「そうとしか考えられないでしょう?ハルが聖女として呼ばれたのに、彼女が聖女になってる現状から考えたら、もう答えはそれしかないじゃない!」
「そーなのかなぁ…う~ん」
私は簡単に納得できなかった。だって、異世界に召喚されるってことは、もう家族とも友達とも会えないんだよ?日本とは全く別な常識や価値観、そこに魔法なんて訳の分からない力まである世界。そして、魔物や謎の災害で簡単に人の命が消えてしまう危険が身近な世界。
そんな世界に、わざわざ自分から来たがるなんて信じられなかった。
「でも、現にいたじゃない?ハルをぶっ飛ばして、自分から飛び込んで来たんでしょう?」
「あ、もしかしたら、私を助けるためにとか…」
「そんな性格してたらね、自分が聖女なんて嘘付いてまで、厄災に苦しんでる人を見すごしたりしてないわよ。あそこで彼女、何か聖女らしいことしてた?まだ病人がいたはずよ?」
確かにそうだ…。あの黒霧を浄化して回っていた間、あの聖女一行は災いの地のどこにも現れなかった。途中までは、お互い反対方向から回ってるのかな?と軽く考えていたけど、気づいたら私が全ての場所を浄化し終えていた。
さっきだって、村の中央で人だかりを作っていただけで、護衛に囲まれてあそこから動こうともしなかった。あの人だかりの中には、病気の子供を抱いて聖女に治して欲しいと願っていたお母さんもいたのに、全く目に入っていなかった。
「何がしたいんだろう。あの子…」
「今は、男どもに囲まれてちやほやされるのが楽しいんでしょ?でも、召喚陣に飛び込む時に、それを知ってる訳はないのよねぇ…」
何とも謎な子だ。
私だって、ルルシェさんに『聖女だ』って教えてもらうまで、なんのためにこんな世界へ連れて来られたのか知らなかった。それこそ、足元が光った時なんて召喚術だってことすら知らなかった。私をど突いてまでそんなモノに自ら飛び込んで来るなんて、無謀と言うか、命知らずというか。
「ねぇ、ハルの世界にこの世界の情報が持ち込まれてるってことは…ないわよね?」
「え?それはないでしょう?だって、召喚された聖女は帰れないんでしょう?なら―――――あ」
今、頭の中を、なんだか不穏な記憶がよぎった。
なんだったかなー?なんとかって本…。う~~んう~~ん。
私は、あまり読書をしない。小学生の頃から運動クラブ一筋で、本を読む時間があるなら練習してるか寝てるかだった。ただ、中学で仲良くなった友人の一人が驚くほどの読書家で、私といない時間はいつも読書をしていた。そんな彼女が最近読んでいたのが、なんとかってアニメの原作本で。
「ラノベ…そうだ!ラノベだ!!流行ってるって言ってたわ、そー言えば!」
「なになに??ラノベ?」
「んとね、若い人達が読む本で、主人公の活躍がとっても面白い物語?」
「それは、童話かしら…?」
「そこまで幼い人たち相手の物語じゃなく…う~ん…説明しにくいなぁ」
そもそも読書をしない私に、詳しい説明を求められても無理だよぅ!テーブルにおいた腕に顔を埋めて悩む私を見たルルシェさんは、すまなそうに「ごめん」と言って開放してくれた。
そうそう、問題はそこじゃないんだよ!
「で、私くらいの年代の間で流行っている物語の種類の中に、こっちの世界みたいな設定を使ったお話がいっぱいあるんだそうです。えーと、色々な条件で異世界へ――――」
それから私は、友人が話してくれたラノベの世界を、身振り手振りを駆使して話して聞かせた。
男の子が主人公だと勇者だったり最強魔法使いだったりして、女の子を仲間にしたり助けたりして強くなって行く話し。、女の子が主人公だと聖女だったり神の子だったりして、素敵な王子様や高位貴族の子息の騎士に囲まれて、惚れたり惚れられたリ…。
「どこかで見たようなお話ねぇ?」
「うん。だから思い出したんですよ」
どんとルルシェさんは椅子の背もたれに背中を押し付け、いつもの腕組みポーズを決めると呆れたように苦笑した。
「しっかし凄いわねぇ。ハルの世界って。こことは別の異世界から帰還した誰かが、そんな物語を作ったのかもしれないわねぇ」
「絶対にない!とは断言できないですけど、宗教の経典や神話の世界で魔法とか神の力とかって書かれてますから、想像力豊かな人が多い世界ではありますね」
「なるほどね。なら、あの聖女は、そういった物語が書かれているラノベ?って物を愛読している子なのかもしれないわ。だからハルの足元に召喚陣が展開したのを見て、飛び込んで来たんでしょうね」
コワイ。それはコワイ。
人が想像した物語を鵜呑みにして、そんな得体の知れないモノに躊躇なく飛び込めるって、勇気じゃなく無謀だよ。
彼女は、その召喚陣の向こうが、自分の妄想とは全く違った正反対の世界だと、ちらっとも考えなかったのかな?
「同じ世界から来た私だけど、理解できませんよ…想像してた世界と違ったら、もう戻れないってのに」
「想像してた世界と、実際は違うじゃない?すでに…」
ルルシェさんが、私の愚痴にニヤリと悪い顔で笑った。
「え?」
「だって、そうでしょう?現実は、ハルが聖女であの子はただの『異界転移者』よ?」
「なんで知って――――あ、さっき会った時に?」
「当然でしょう?アタシから見たら、謎の聖女様よ?ちゃんと【鑑定】したわ」
その結果が『異界転移者』なのか。
「お城で誰も【鑑定】しなかったんですかね?」
「お城でやるのは、魔水晶を使った魔力判定だけよ。【鑑定】持ちなんて、今じゃ城遣えの中にはいないんじゃないかしら?」
「え?いないんですか!?王様なら、すっごい強い魔法使いとかを雇っていそうなのにぃ」
私の見解が面白かったのか、あまりの単純さにか、ルルシェさんは大笑いし始めた。
「ええ、ええ!いるわよ!強い攻撃魔法をバンバン使う魔術師たちがね。だから、【鑑定】なんて商人が持つようなスキルを馬鹿にして無視してるの。それにね、王族が【鑑定】持ちを側に置かないの。だって、いつ自分の内情が知られるか分からずに気持ちが落ち着かないじゃない?」
うわーっ!そうだよね!いつも側に心を読む力を持った人がいるって考えると、安心して付き合えないよね。
「だから、魔力の強さを確認できる魔水晶を重要視する訳。そ・れ・に、見目麗しかったりすれば問題なしよ」
「あはは…は…は、私じゃどう見ても聖女には見えませんね!つか、女の子にすらみてもらえないかもー」
「あらあらうふふ~そこまで落ち込むことはないわよ。聖女は聖女。なんの力もない異界転移者に、この先どうするつもりなのか訊いてみたいわ」
そこが一番の疑問だよね?聖女の力を持っていないのに、それが関係者にバレたらどうするつもりなんだろう?
「あのールルシェさん。もし彼女が王様たちに聖女じゃないってばれたら、彼女はどうなるんですか?」
「そうねぇ…」
腕組みを解かずに目を閉じ、少しだけ長く考え込んだ。
「まず、世界中の王侯貴族を含めた人々を騙したってことで、有罪は確定ね。そこから、その罪がどう扱われるか。一生幽閉か、隷属の術をかけられて奴隷か…」
その答えを聞いて、さぁーと血の気が引いた。
幽閉?
奴隷?