1・ぶっ飛ばされた先には美人魔女
今回は中編です。
三ないし四話くらいになると思いますが、楽しんでお読みいただけたら嬉しいです。
あうっ!、何かが背後から激突してきた。
痛みよりも、落下しかけた瞬間に、その軌道から弾き飛ばされたことの方が怖かった。真っ暗闇を横っ飛びに、私の身体はすっ飛んでいて、その恐怖と今更な背中の激痛に気を失った。
*******
私の名は、須谷 春香。受験間近の高三女子。
…170近い身長にベリーショートですが!女子です!ええ、分かってますよ?三年後期は部活も引退して、ジャージ姿で校内をうろつくなんてありえない!ってんでしょ?それも、目と鼻の先に大学受験が迫ってるのにね?
でもね、小学生の頃からずーっと身体を動かしてきたからさ、机にしがみついー―――え?今、そんなことは聞いていない?どこから来たって?
「あ、家から来た…え?国ですか?日本ですが?」
「二ホン?どこよ、それ?」
ただいま目の前には、とってもシンプルな黒いロングドレスに、黒髪黒目の代表人種と言われる日本人の私より、もっと真っ黒な髪を三つ編みして膝の辺りまで垂らしたすっごい美人のお姉さんが、滅茶苦茶不審げな赤い瞳の目で、私を見下ろして言った。
「どこって…てか、ここはどこですかぁ!?」
そして私は今、やっと気づいた。
私が座り込んでいる場所が、たくさんの大きな木々が生い茂る森に囲まれた、なんだか童話の中に出て来る様な一軒の簡素な木の家の前だってことに。そして、奇妙な模様の描かれた円の中央に、自分が座りこんでる現状に。
「ここは、国の最北にある『声なきモノの森』よ。そして、アタシは魔女のルルシェ。この森の番人」
「国の最北…声なき…森…魔女!?あの、私はいきなり足元に出て来た光の環の中に吸い込まれて…」
「ああ、それは召喚術だわ。でもーアタシが使ったヤツじゃないな。光は赤だった?」
「いいえ、金色の、目に眩しいくらいの」
私が正直に答えた途端、ルルシェさんは呆然としながら後退った。
「あんた、それって―――――あ、あんた!聖女じゃないの!!なんだって、こんなところ、いや、アタシの召喚陣に現れてんのよぉ!!!」
静かな森に、ルルシェさんの絶叫が響き渡った。森の奥から、いっせいに鳥たちが飛び立って行くのを、私は遠い目をして見送った。
もうそれからの彼女の混乱ぶりは尋常じゃなかった。ぶつぶつ呟きながら私の周りをぐるぐる回り、止まったかなと思ったら私をじっと凝視し(後で訊いたら、【鑑定】ってスキルで何度も身元確認していたんだって)、また肩を落として大きな溜息を付いて、またもやぐるぐる~。バターになっちゃうよ?
「あのールルシェさん」
「ハル…カさ、召喚の輪に落ちる時、なんかおかしなことが無かった?」
「ハルでいいですよ。う~ん、おかしな…?」
それよりも背中側の腰が痛かった。部活で鍛えてたけど、最近は少し運動不足だった上に、座りっぱなしで腰のぐあいが…。
「あ!そう言えば、落ちるー!って時に、いきなり後ろからドガーンって感じで、何か大きな物がぶつかって来たんですよ。で、真っすぐ下へ落ちかたけてたのに、それの衝撃で斜め下にぶっ飛ばされてー」
痛む腰を擦りながら、あの不可解な瞬間を思い出した。え?今の状況も不可解なんじゃって?まぁ、そうだけど、疑問は一つづつ解決して行かないと、最後に取っ散らかって大変なことになるからね。
「それだっ!なに?なにがぶつかって来た?」
「えー?分かりませんよぅ。うしろからだったし、私は私で足元が光るは地面が抜けるはでパニック中ですよ?」
「パニって?…まぁ、いいや。とりあえず要因は分かったわ。さて、今度はハルに説明ねぇ」
一人でさっさと納得したルルシェさんは、腰に手をあてて私を見た。そして片手を差し出すと、掴まれとばかりに催促してきた。その手を握って立ち上がり、彼女に導かれるままお宅にお邪魔した。
魔女のルルシェさんの話しは大変に興味深かったが、私を絶望のどん底に突き落としてくれた。
私はこの異世界の、ルルシェさんが住む森のある大国エスティート王国の王城に、聖女として召喚されるはずだった。だが、召喚陣が起動したとたんに何者かに邪魔されて、同じ頃に従魔召喚をしていたルルシェさんの召喚術に引っ張り込まれてしまった訳だ。
「ごめんなさい…なんかお邪魔して」
「何言ってんのよ。ハルが悪い訳じゃないでしょう?聖女召喚は、勝手に異世界から女の子を攫って来るんだし、ここへは邪魔したヤツのせいできちゃったんだから」
まぁ落ち着けと、出してくれた木の実入りのクッキーと香草茶が美味しい。小腹も空いてたし、暖かいお茶が血の気が下がった体を暖めてくれた。魔女ってもっと怖い人だと思っていたけど、全然違って近所の世話好きお姉さんみたいで好感を持った。なんせ、とっても美人で眼福って言うの?目に嬉しい。
「はぁ、でもその従魔だっけ?必要なんですよね?」
「うん。まぁね…こんな所で一人暮らしでしょ?なんだか寂しくなってさ、ちょっと手伝いしてくれる魔物でも呼ぼうかなーって」
照れ隠しか、笑いながら目元を染めて視線を逸らすルルシェさんが可愛い。
「よし!では、私がその従魔の代わりになりましょう!せっかくここへ呼ばれたんだし、私じゃ一人で行動できないし!――――あ、私、何にも知らないんだった…」
可愛いくて美人のお姉さんにほだされて、バカな私は腕を振り上げ立候補した。
でもさ、よく考えてみたらさ、今の私って役立つ従魔じゃなく、良く喋るけど無知な無駄飯ぐらいにしかならないんだよねぇ。手伝いができるったって、ここは異世界だ。電化製品もなければ、食材だって別物だろう。なにか手伝う前に、私の方が色々教えてもらわなければならなくて、彼女の手を煩わすだけじゃないか。
考えが頭を一巡したところで、あ~と気の抜けた声を出しながらテーブルに突っ伏した。
「いいのよ、ハル。とりあえず、お城からお迎えが来るまでここにいたらいいわ。その間にこの世界の常識や、国のことを教えてあげる。お返しにお喋り相手になってくれりゃ嬉しいし」
「ありがとー!ルルシェさん、大好き―!!」
涙目で顔だけ上げて感謝を告げた。
*******
この世界は、創造神と女神の下で人々は暮らしている。大陸が3つあり、そこに国家が大小たくさんあって、王様も皇帝もたくさんいる。
昔は戦争があちこちで勃発し、何年も何百年もたえずどこかが戦場だった。だから、国も大きくなったり分裂したり、また占領したり消えたりと大波乱な歴史が続いていた。
ある時、何度も戦場になった地に数えきれないほどのアンデッドが現れて、村や町へ雪崩のように襲い掛かって来た。そして、襲われた人々がまたアンデッドになって――――と感染病のように死者の地が広がって行った。
これには各国の首脳陣は慌てた。戦争なんてしている場合じゃない。このままでは人類が滅びてしまう!と、同盟を結んで協力し合ってアンデッド対策を取った。でも、人の力じゃ太刀打ちできなかった。
数もそうだが、殺された者が仲間になって襲って来る悲しみと恐怖。そして死肉が原因で蔓延する病。
万策尽きたとどこの国も諦めかけた時、エスティート国王の前に女神様が降臨されて、聖女を召喚するための魔法陣を授けた。
国王はすぐに魔術師と聖職者を集めて、召喚の儀を行った。そして、美しい異世界の少女が現れた。
彼女はすぐに各国から選りすぐりの腕前を持つ王子や騎士たちを集めさせ、先頭に立ってアンデッドの群れへと向かった。
黒々とした死者の群れに怯むことなく決然と立ち、その透き通った声で詠唱し、天の光を放ってアンデッドを殲滅した。そして、その場から順に国々を巡って病を治し、人々の心を癒して回った。
役目を終えた聖女は、旅の途中で恋仲となった相手へ嫁いでいって幸せに暮らしました。
「あのー…聖女は、帰れないんですか?」
「そうらしいわねぇ。今までの聖女様は全員、色々な国の王族の下へ嫁いで行ったわよ。ここ何代かの聖女巡行なんて、もう嫁取り合戦みたいだったって話しよ」
「なんじゃ、そりゃ」
本当になんじゃそりゃ!?だよ。
聖女が召喚されるってことは、この世界のどこかで聖女にしか解決できない災いが起こってるってことだよね?なのに、嫁とり合戦って…。いいのか異世界!いいのか女神様。
私はおおいに憤慨しながら、大きな豆を鞘から取り出していた。…大きい。一粒が私の親指くらいある。それが3つくらい入ってる鞘を想像してみて?なんかバナナくらいありそうだよ。
「で、今回はどんな災いが起こってるんですか?」
「ああ、なんかねー、あちこちの山の頂上に黒い霧がかかってて、それが腐った雨を降らすもんだから、川が汚染されて大変なんだって」
私が取り出した豆を、ルルシェさんが切れ目を入れて鍋の中へ放り投げて行く。ゆで上がった豆は、少し冷まして潰されてマッシュポテトみたいになる。そこにお肉や野菜をみじんにした物を入れ、パンみたいな物の生地に詰めて、暖炉の鉄板の上で焼く。お焼き?みたいな料理。
「わあ、酷い!早くその霧を退治しないとだっ!」
「だよねー。でも、その退治できる人が、現在アタシの前にいるのよねー?」
「ねー!なにやってんでしょうかねー?王様たち」
私がルルシェさんの召喚陣に落ちて来てから、すでに十日以上が過ぎている。でも、王都からの迎えは全くない。
こっちからお城へ行こうかと言う案も出したけど、召喚を邪魔した奴の正体が分からない状況では無謀だってルルシェさんに止められ、とりあえず王城の様子確認をしてから考えることになった。
その確認方法は―――。
「あ、戻って来た」
ルルシェさんはナイフを置くと、窓から外へと腕を伸ばした。そこに白いカラスみたいな鳥が留った。
その鳥を自分の顔の前に寄せると、じっと鳥を見ている。ああ、念話って魔法で話してるんだなって、教えてもらったから分かる。
「ハル、お城にはもう聖女様がいるみたいよ?十日前にお披露目も終わってるって」
「へ?じゃ、私はいなかったことにされたのかな?で、新たに召喚した?」
「そうじゃないみたい。ハルがここへ来た時、その子もお城に召喚されたって」
「じゃ、私は間違って?」
「う~ん…それは違うな。だってハルを鑑定すると、ちゃんと聖女って出るのよ?身体能力も魔力量も絶大だしさー」
鳥を外へ放つと、ルルシェさんは難しい顔で腕組みをした。カッコいい!仕事のできるキャリアウーマンみたいに見える!ブランドスーツを着せて、オシャレ眼鏡をかけさせたいっ!
「聖女はね、呼ばれた時にはすでに神聖魔法が行使できて、すぐにでも討伐巡行に出るのよ。じゃないと被害拡大するからね」
「はい…」
「でも、今代の聖女はいまだにお城にいる。召喚されてお披露目もして、そこから十日も経ってるのにだ」
「ああ、そうですねぇ」
私が浮かない顔で頷くと、ルルシェさんがすっと顔を近づけて来た。
「ねぇ、ハル聖女様。黒い霧の浄化に行きませんこと?」
「はぁ?なんで私が…」
「だって、ハルだって聖女でしょう?それとも…お城から王様や王子様に、お迎えに来て欲しい?今なら、他国から選りすぐりの美男子王族が終結してると思うわ」
選りすぐりのイケメン集合?――――うわっ!やだ!
私は脳内で、「聖女様!聖女様!」と連呼しながら自分の周りに集まるイケメン軍団を想像してみた。一気に鳥肌が立って身震いした。ぶつぶつ一杯の腕を擦りながら、悲鳴をあげた。
「止めて下さいよー!ひーーーっ!キモチワルイ!」
「えー!?ハルは男嫌いなの?」
「違います!私苦手なんですよ。自信満々のイケメンとか、セレブなイケメンとかは!私にそんな人たちが似合うと思いますか!?王族になんか、嫁にいけません!!」
「イケメン?セレブ??」
「ああ、イケメンって美男とか男前とかの、顔がいい男ってやつで、セレブって有名人とか名士?かな?」
「へー?異世界の言葉かぁイケメン…イケメン…うふふ」
ニヤニヤと笑いながら私を揶揄っていたルルシェさんが、異世界の知識を仕入れた途端にそっちに意識が行った。さすがは魔女だ。異世界知識に異常なほど関心を示す。今もニヤニヤうふふと含み笑いしながら、魔法の本に書きつけている。
さて、私の方はと言うと、嫁取り合戦やイケメンはどうでもいいから横に投げておいて。ルルシェさんは冗談半分で言ったんだろうけど、私は後の半分を実行しようかと思っている。
だって、ここへ呼ばれたのは聖女だからでしょう?お城に召喚された聖女が動かないなら、後は私がやるしかないじゃん?今現在、世界規模で災いが起こって人々が苦しんでるのだから。
「よし!正義の味方のお仕事に行きましょう!それが私の役目ならば!」
また調子にのって腕を振り上げ、叫んでみる!
ルルシェさんが、隣りで手を拍手喝采してくれた。
ルルシェ「『イケメン』って、なぁに?異世界語録に乗せないとだから、アタシに判る言葉で教えてね?」
ハル 「…誰に尋ねてるんですか?」