歩くカエル (童話17)
この話はずいぶん昔、山道で出会ったカエルに聞いたものです。
今でも私は、その年老いたカエルのことが忘れられません。
その年老いたカエルは森の中の小さな沼に住んでいました。
それで話というのは――。
一匹の若いカエルが、あるときひょんなことから立って歩いたのをきっかけに、それが若者たちの間ではやり始めたことから始まります。
「つまらんことがはやり出したもんだ。まったく近ごろの若いもんときたら……」
口をそろえてなげいていた年寄りたちも、いつかしら二本足で立って歩く者が多くなっていました。
ここはあの年老いたカエルの一家。
「よく見てるんだぞ」
子供を前に、父さんが二本足で歩いてみせる。
子供はまねをして歩いたが、三歩ほど進んだところでバランスをくずし転んでしまった。
「さあ、もう一度だ」
父さんが何度も歩き方を教える。
そこへ……。
おじいさんがやってきて口を出した。
「なんでそんなくだらんことを。ワシらはな、四本足ではねるのが一番いいんじゃ」
「うちのおじいさんって、ほんとにガンコなんですから。おとなりのおじいさんはね、このごろ歩く練習を始めたそうですよ」
母さんが言い返す。
「ふん。立って歩く、どこがいいんじゃ」
「いいとか悪いとかじゃなくて、みんながやってることなんだから。いいかげん歩くことを考えたらどうですか?」
父さんはあきれた顔をした。
「そうだよ。みんな歩いてるんだよ」
子供も口をとがらせた。
家族からのけ者にされたようで、おじいさんはまったくもっておもしろくない。
「ワシはぜったいイヤじゃからな」
そう言い捨てて、ピョンピョンはねながら家を出ていった。
ひさしぶりにおじいさんは、仲のいい友人の家に遊びに行くことにした。その友人も立って歩くことに反対しており、おじいさんと気が合うのだ。
行く道すがら、みなが二本足で歩いていた。
――イヤな世の中になったもんじゃ。
歩く者たちを無視して、おじいさんはピヨンピヨンとはねていった。
友人の家に着き、おじいさんはおもわず目を見開いた。玄関で出迎えてくれた友人までもが二本足で立っているのだ。
「オマエまでが、なんで……」
「いやな。どうしても立って歩いてくれって、孫のヤツがせがむもんでね。それで練習を始めたのさ」
友人が苦笑いを浮かべる。
「あちこち傷だらけじゃないか」
「ずいぶん転んでね。それでもやっと立てるようになったんだ。まあ、お茶でも飲もうじゃないか」
友人は四本足にもどると、おじいさんに奥へあがるようすすめた。
「いや、今日は近くまで来たもんで、ちょっと寄っただけだ。また来るよ」
おじいさんはさそいをことわった。裏切られたようで、とても話をする気になれなかったのだ。
とはいえ家に帰る気にもなれず、しばらくあたりをブラブラとしていたのだが、そのうち夕闇がせまってきた。
このときなにを思ったか、おじいさんは家には帰らず、森の中へと入っていったのだった。
そんなとき。
私はこのカエルに出会ったのです。
この話が終わると、
「ワシにはな、友人の気持ちが痛いほどわかるんじゃよ」
そう言って、年老いたカエルはスクッと立ち上がったのです。
それから一歩二歩と足を前に出し、なんと二本足で歩き始めたではありませんか。
「いやあ、なかなかうまくなれなくてね」
カエルはなんとも照れくさそうな顔で振り返り、それからピョンピョンはねながら森の奥へと消えていきました。