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東京カクテル  作者: 黒田
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天道虫と割りばしと爪楊枝-割りばしと爪楊枝の場合-

 ここは東京の西側にある小さなバー、名前を「Schnaps」と言います。初めて訪れる人はよく「シュナップス」とか「シナプス」と読みますが、正しくは「シュナプス」と読みます。

 寡黙なマスターが一人で営むこのバーには、いろいろなお客さんが通います。今日は丁度、溶けるような恋が破れて落ち込む、几帳面な天道虫(てんとうむし)がいました。

 マスターの差し出したバダード・ラムを飲み、少し元気が出たと思ったのですが、まだ落ち込んでテーブルに顔を俯けています。


 カランカラン


 扉の鐘が鳴りました。ちょうど別のお客さんが訪れたようです。

 一人は背が高く痩せ気味でハッハッハと大声で笑っている人が、もう一人は背が低く、子どものような高い声を出して背の高い相方に何かを憤慨しているような人が入ってきました。割りばしと爪楊枝です。この二人はいつも一緒にお店に通います。


 割りばしはいつもハッハッハと腹から声を出して笑います。割りばしはもともと竹から出来ていますから、竹を割ったようにさっぱりと細かなことにはこだわらない主義なのです。心から喜ぶように笑う割りばしの声は、聞いている人も心地よさを感じます。

 一方で爪楊枝は細部まで自分のこだわりを徹す、職人気質でした。爪楊枝ですから細々したことが気になって仕方がないのです。小さなことにまで自分のこだわりを持ち、それを貫き通す主義でした。相方の割りばしとは真逆の性格でしたので、二人の間には小さなトラブルが-ほとんど爪楊枝の方からでしたが-起こります。ですが、割りばしが全てを受け入れて最後は気持ちよく笑い飛ばすので、有耶無耶で終わってしまうことがほとんどでした。


 性格が真逆な二人でしたが、互いに尊敬している面もあります。割りばしは自分が気づかないことたくさんを見つける爪楊枝の視野の広さに、爪楊枝は全てを受け入れる割りばしの器量の広さに、それぞれ感心していました。ですから、二人の間でトラブルこそ起これど喧嘩はありませんでした。





 「やあ、天道虫さん。久しぶりだね」

 割りばしは久しく会っていない友人を見つけると、心から嬉しそうな声を出して笑顔になります。口から白く輝く歯が見えます。

 「やあ、天道虫さん。元気だった?」

 爪楊枝も、天道虫を見て高い声であいさつをします。が、すぐにしかめた顔をして割りばしを見ると、文句を言い出しました。

 「まあまあ、いいじゃないか。久しぶりの友人に会ったんだから今日は楽しもうじゃないか」

 と言うと割りばしはハッハッハッ、と腹から声を出して笑います。爪楊枝はしかめた顔で「もうっ」と不満そうに言いましたが、これっきり何も言いませんでした。割りばしがこう言うと、話は終わり、というのが二人のルールでした。それに爪楊枝も久しぶりに会った天道虫を、つまらない気持ちにさせたくありませんでしたので、この話はもう終わり、と思い文句を言うのをやめました。

 割りばしは一番手前の席に、爪楊枝は手前から二番目の席に-割りばしと天道虫の間に-腰を下ろします。


 マスターは割りばしにモヒート、爪楊枝にソルティ・ドッグ、天道虫にレッドアイをそれぞれ差し出しました。

 「元気がないね」

 最初に話を切り出したのは割りばしでした。天道虫の落ち込んだ表情が気になって声を出します。割りばしは、自分なりに気を遣い優しい声を出したのですが大きい声は店内によく響きました。

 「実はね、僕、今日は失恋したんです」

 「ええ」

 割りばしは両手を大きく上げて「驚いた」と体で表現をします。わざとらしくない自然とこのような振る舞いができるのが割りばしの可愛らしいところでした。

 「それは大問題だ」

 驚いた後、割りばしは天道虫に体を向けて真剣な顔つきになります。何が大問題かは割りばしにしか分かりませんが、とても大真面目な顔をして何かを考え込んでいるようです。

 「どんな女性だったんだい」

 考えた末、割りばしは天道虫に尋ねました。本当は色々と聞きたいことが浮かんだのですが、傷心した天道虫の気持ちを考えて割りばしはベストな-天道虫の気持ちが傷つかない-質問を選びました。


 天道虫は壊れた蛇口のように、彼女との甘い過去を次々に話します。図書館で一目惚れをしたこと、英語の小説が好きだったこと、笑うと顔に小さなかわいいほっぺができること、白いほっそりとした身体ということ。

 いちいちに割りばしは頷き、時には「なるほど」と何に納得したか分かりませんでしたが大きな声で言います。

 爪楊枝は黙って二人の会話-主に天道虫の「溶けるような」恋の話-を聞いていました。





 一通り、話すと天道虫はちょっと恥ずかしい気持ちになります。別れたのにまだ彼女が好きだという事実に気づいて、未練たらたらな自分に。


 「天道虫さんは立派だよ」

 黙って聞いていた爪楊枝が口を開きました。空のグラスをマスターに差し出しながら。

 「きみは一回も、その女性の悪いところを口に出さなかった」

 マスターはグラスにモヒートを注ぐと爪楊枝に黙ってそっと差し出しました。

 「本当は寂しいはずなのに。立派な天道虫だよ」


 それから割りばしと爪楊枝は持ってきた楽器を-割りばしはギターを、爪楊枝はハーモニカ―を-取り出して天道虫を元気づけました。二人は夜の路上や駅の広場でしばしば歌を歌っていましたから、演奏がとても上手でした。

 明るい外国の歌を次々と歌いました。天道虫も英語は苦手でしたが、勢いで歌っています。マスターも黙っていましたが、時々足でリズムを踏んでいました。


 天道虫は時に笑いながら、時に泣きました。

 「その女性の悪いところを口に出さなかった」

 爪楊枝に言われたこと。それは事実であり、嘘でもありました。本当のところ、天道虫は彼女の悪いところをよく知っていました。でも。

 でも、溶けるような恋をした相手でしたから悪いところも含めて天道虫は彼女を愛していました。


 深まる夜の中、バーは一層賑やかになります。割りばしは力強い声で歌い、爪楊枝は見事なハーモニカ―の音色を響かせ、天道虫は気持ちよく酒を飲んでいました。



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