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異世界における転生者の必要性  作者: 前田香菜
異世界における転生者の必要性
5/11



 次の日、セバスチャンはいつの間にか家に戻っていて、そしてもうなにも心配ありませんと笑った。

 コーディリアは首を傾げたが、あえて深くは聞かなかった。

 ただ後日、海で水死体が発見されたとか、とある組織が騎士団に突入され、その余波で解体されただとか、そんな噂が流れて来たけれど、どこまで今回の借金の件と関係があって、彼が関わったのかはわからない。




 セバスチャンのいない間コーディリアを1人にすることを気の毒に思ったジルベルトは一泊とまり、朝食のあと荷物をもって頭を下げて出て行こうとしたとき、コーディリアは彼の腕を掴んで引き止めた。



「あ、あの……」

「はい」



 ジルベルトは嫌な顔一つせず、彼女の言葉の続きを待った。



「あ、あの……。この屋敷に、下宿しませんかっ?」

「え……」



 ぱちくりと目を瞬かせるジルベルトは、困惑しながらセバスチャンに視線をむける。彼もまた驚いていたが、なにも言わなかった。



「部屋はたくさんありますし、あの、昨日はお恥ずかしい所をたくさんお見せしてしまいました。だからお察しのことと思いますが、いまストックウィル家は借金を返したばかりで、その、生活もままならなくて……」

「ではやはり、この家を今背負っておられるのは、あなたなんですね……」

「……はい」



 ジルベルトは必死に言葉を紡ぐコーディリアを真剣にみつめる。



「あなたのお考えを、聞かせてください」

「あ……」



 優しい笑みに背を押されて、ぽつりぽつりとコーディリアは昨晩考えたことを話す。



「この屋敷の維持費もかかりますし、かといって簡単に売ることもできません。それならいっそ、この屋敷の部屋を誰かにお貸ししたらどうかと、昨日のジルベルトさんの下宿の話を聞いて思いついたんです。ですがその、私の家系は伯爵家ですので、下宿屋の看板を下げるわけにもいきません。ですからその、最初はジルベルトさんはどうかと思いまして……」

「それは、私を信用してくださっていると思っていいのですか?」

「それは、もちろん!」



 昨日1日で3回も助けてもらった。コーディリアを気遣い、そしてちゃんと話を聞いてくれる人だということはわかる。

 彼が信用できる人だと、コーディリアは自信を持って言えた。



「あなたはどう思われますか?」

「お嬢様の人の見る目は、確かかと」

「……」



 セバスチャンの答えに、ジルベルトは鞄を置いた。



「知り合いに預けた荷物を、取りに行ってきます」

「え?」

「早速下宿先が決まってよかった。これからよろしくお願いします」

「は、はい!」



 その答えの意味に気づき、コーディリアは顔をほころばせた。






















「ごめんなさいセバスチャン。あなたになんの相談もなく、決めてしまって」

「そうでございますね。一言でも、相談していただきたかったとは思います」



 今はコーディリアの執務室となった部屋で、2人は話していた。



「ですが、私は反対はいたしません」

「いいの?」

「もちろん、世間体はございます。個人としてもいくら秘密の下宿とはいえ、若い女性がが若い男性を下宿させるなど、という考えもございます。ですが、これはお嬢様が一生懸命考えて出された、最良の道なのでございましょう?明らかな間違いでしたらさすがにお止めいたしますが、お嬢様が真剣に考えられたことをお止めすることはございません。あなたの思われる通りになさればいいのです。もし失敗されたのなら、この老体がいくらでも骨を折りましょう。だから、思い切りなさいませ」

「ありがとう」



 セバスチャンからしてみれば、母を亡くし、父親は行方不明。そしていきなり伯爵家を背負うことになった主人を、憐れに思う気持ちもある。

 だが同時に、これがあるべき姿だったのだ、という気持ちもあった。

 当主がこの部屋にいたときよりも、コーディリアがこの部屋にいるほうがしっくりくる。まるで歪みが正されたような、そんな気分だった。

 そして彼女はなにより、心からお仕えしようと思える人間だった。

 下宿の最初の住人をあの青年に選んだことといい、おそらく彼女の人を見る目は間違っていない。たとえそこに別の気持ちがあったとしても、だ。

 それは伯爵家当主としてなによりも彼女を助ける能力となるだろう。

 そして彼女が間違えれば自分がいかようにもすると、そんな気概を持たせてくれる主に再び仕えられることを、彼は幸福に思った。

 決して、表には出さないけれど。





 「下宿については、かのジルベルト様にご相談なさいませ。そのほうがきっとうまくいくと思うのです」

「え……」



 コーディリアは頬を赤く染めた。


















 コンコンと叩くと、返事と共に扉が開いた。



「どうかなさいましたか?」

「あ、あの、下宿の件でご相談にのっていただけないかと思いまして」

「……」

「ご、ご迷惑ですよね。すみません!」

「あ、違うんです!私でよかったら、どうぞ」



 ジルベルトに使ってもらう部屋は、コーディリアの部屋の向かいだった。それは祖父の書斎に近いからという理由だ。書斎は1階があるが、彼女達の部屋は2階にある。書斎に一番近い階段がコーディリアの部屋の近くの階段に繋がっているのだ。

 部屋に入ると、まだ片付け中の様で部屋の隅に荷物が積み上げられていた。



「どうぞ座ってください、と私が言うのはおかしいですね」

「そんなことありません。ここはもう、ジルベルトさんの部屋なのですから」



 元々この部屋にあった長椅子に座った。



「それで下宿の件なのですが……」

「はい。私自身は下宿についてあまり詳しくありませんし、セバスチャンはあなたに相談するのがいいと、勧めてくれて……」

「そうでしたか。そうですね……」



 借金の件は済んだ。もう大丈夫だとセバスチャンが言ったのならもう気にする必要はないのだろう。ジルベルトには事前に、日々暮らしていくだけの収入があればいいと伝えている。



「受け入れる人数は部屋数から決めるといいと思います」

「部屋は、私とジルベルトさんの部屋を除けば2階に4部屋。1階に客間が2部屋と、整えれば使える部屋が3部屋ございます」

「そうですか。客間はそれはそれで置いておくほうがいいでしょう。では下宿人は最低4人おけますね。下宿代は……」



 彼は部屋をぐるりと見回し、手を口元にあてて考える。



「部屋の広さで考えるべきでしょうね。私の元下宿先はこの部屋の半分といったところで、家賃は11シギンくらいでした。他の部屋の大きさはどのくらいでしょうか」

「この階にある部屋はこの部屋と同じ広さです。下の階は、ここより二畳ほど小さいでしょうか」

「でしたら、下の階は少し安めに設定しましょう。それに飯代と燃料代などを合わせると、単純に考えて25シギンくらいでしょうか」

「えと、学生様でそのお値段で大丈夫なのでしょうか?」

「下宿するのが学生とは限りませんが、そうですね。そこを考慮して一月に23シギンというのはどうでしょう。いや、むしろこれくらい払える人を下宿させるほうが安心だと思います」

「それで、集まっていただけるでしょうか」

「ここには風呂もありますし、いろんな事情があってここのように広い部屋に住みたいという人間はいますよ。私の知人にもそういうような人がいます。それに、家具はそのまま部屋にあるものを使えればいいというのは、下宿を探している人間にとってありがたいですよ」

「そうですか、よかった」

「集める人間はそうですね。いくつか条件をつけましょう」

「条件ですか?」

「はい。1つはこの屋敷に下宿していると他言しないこと。2つ目は……外に対してごまかしてくれる人ですね。ここは領主の屋敷です。書生をおいているということにして、書生のふりをしてもらいましょう」

「それは、その条件をのんでいただけるのでしょうか。こちらの都合ばかり……」

「ふりをするのはそんなに難しいことではありませんよ。それより問題なのは食事のことです。昨日いただいたお食事はとても美味しかったのですが、もしやあれはあなたが?」

「あ、はい。私が作りました。使用人は、セバスチャンしかおりませんから……。これからも食事は私が作ることになると思います」

「それでは食事代を抜いて、下宿代を下げましょうか。1人で何人もの食事をあなたに作らせるわけにはいきません。下宿人で持ち回りで食事を作るとか……」

「いえ、それでは下宿の利点がなくなってしまいます!それに、まだ手際よくはできませんが、お料理をするのは楽しいのです。ですからどうぞ、私にがんばらせてください」

「そうですか?」



 ジルベルトは眉根を寄せるが、コーディリアは首を横に振った。

 コーディリアの母は、当主の行いをみて危機感を持っていたのだろう。いつ、なにがあっても1人で生きていけるようにと、家事が一通りできるように彼女に教えた。まさか当主代理になるとは予想していなかっただろうが、それが今生かされるときだとコーディリアは気合を入れる。



「……では、このままで」

「はい。私も、当主以外のできることも増やしたいのです。お願いします」

「わかりました。洗濯などは自分達でそれぞれ行います。そこはお気になさらないでください」

「わかりました!」



 目に生気が戻った彼女をみて、ジルベルトは内心ほっとしていた。



「それであの……、なにからなにまで申し訳ないんですが、ここに下宿される方をジルベルトさんにご紹介していただけないでしょうか」

「あ、はい。それは構いませんが、私でよろしいんですか?」



 言ってしまえば、これは秘密の下宿屋だ。誰彼構わず受け入れていいというわけでもないだろう。条件をのんでもらいなおかつ、信用のできる人でないと、そもそも領主の館には入れられない。

 自らの置かれた状況では選り好みなどしている場合ではないことは重々承知していたが、それでも引けない一線でもあった。

 前代未聞の提案をしたのは彼女自身だが、当主としての責任を果たすことも忘れてはいない。

 ジルベルトが紹介した人物なら大丈夫だろうと、そんな確信があった。



「はい。それが一番いいと思うんです」

「わかりました。信用できると思う人物に、声をかけてみます」



 ジルベルトは嫌な顔一つせず、その役目を引き受けてくれた。










これ、大丈夫ですかね?ほんと。

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