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異世界における転生者の必要性  作者: 前田香菜
異世界における転生者の必要性
2/11

 前世の記憶は、母を亡くして泣き暮れているときに思い出した。

 コーディリアの前世での名は前田香菜。日本という国の、高校に通う普通の学生だった。普通科に通い、普通に友達と遊び、普通に妹とケンカして、普通に毎日を過ごした。

 ぬくぬくと、普通という幸福に浸りきっていた香菜に少し特徴があるとすれば、いつでもテンションが高かったことだろう。声は大きく、無駄に通る声のおかげでかなり遠くまで声が届く。大きく口を開けて笑い、男女関係なく話ができる少女だった。

 それと比べると、コーディリアは大人しい。大きな声で笑うことも少なく、口元に手をあてて笑う。浮かべる笑みは微笑(びしょう)。誰にでも優しく、使用人たちとも仲が良かった。

 伯爵令嬢という身分もあり、社交界にでることもあったが数少なく、知り合いも少なかった。

 長くまっすぐな栗色の髪をゆるく束ね、淡い色のドレスを好む少女だった。

 ほぼ毎日ジーパンとTシャツだった香菜とはかけ離れている。



 コーディリアは前世の記憶のことは、誰にも話していない。たとえ話しても信じてもらえないだろうし、気が狂ったと思われるかもしれないからだ。前世の言葉で端的に言い表すと、電波に思われる。もしくは、中二病からまだ脱出できていない、と。



 もし、前田香菜という人格がコーディリアに根付いていたら、こういう風になる。



「なにこれ転生した意味ないじゃん!

 べつに前世でやってたゲームの世界に転生して、悪役令嬢になったから死亡フラグ折ります、みたいな話になったのでもなければ、前は最悪な人生だったからこの世界でやり直します!みたいな話でもない!ついでにいうと、前世ではあまりにも平凡に学び過ぎて、こっちにきて技術改革とかできる知識もない!成り上がりもなし!今目の前の借金騒動をなんとかする手がかりになるような記憶もない!

 ただの役立たずな記憶(おにもつ)を持ってるだけじゃん!」



 香菜の言いそうなことをこんな風に想像して、コーディリアはくすりと笑った。



 14歳という、自我もかなりしっかりと持ち始める時期に思い出した前世の人格は、それほどコーディリア自身の人格に影響を及ぼすことはなかった。ただ、前田香菜という自分とはかけ離れた少女を好ましく思うだけだ。

 なぜならこういう落ち込んだとき、彼女の元気良さが気持ちを浮上させてくれるから。














 早朝に目を覚ましたコーディリアは自分でドレスを身にまとう。貴族用のドレスは1人で着られるようにはできていない。

 本当は伯爵代理就任のために正装しなければならないのだろうが、執事とはいえ男性のセバスチャンに仕度を手伝ってもらうわけにもいかず、なんとか身の回りにあるものを使って豪華なドレスに着替えた。



 やがて王家の使者が来て、コーディリアは玄関(エントランス)で伯爵代理の承認を受ける。王家から贈られた伯爵の証である、小さなダイヤモンドがあしらわれたティアラを頭に受け、コーディリアはストックウィル女伯爵となった。

 使者のもって来た王家に対する忠誠の誓約書にサインをし、無事使者を見送る。




「セバスチャン」

「はい、書類はここに」



 当主の権限がコーディリアに移ったので、早速経営費の移動を行う。そこから捻出した320万シギンを返済にあて、これで借金の不安からは解放される。けれど、アーレンシャールの経営費とはすなわちこの地方に住む、いわばコーディリアの領民となった者達の税金だ。私的な利用を一時的とはいえ、することは心苦しい。

 コーディリアは一刻も早く、経営費の補填方法について考えることにした。




「領地経営については、セバスチャンに教えてもらうことにするわ。よろしくね」

「……よろしいのですか?」



 セバスチャンはめったに見せない不安そうな顔をする。それにコーディリアは笑った。



「お父様の借金について気づけなかったことに責任を感じているんでしょう?でもあれは仕方なかったわ。むしろ、お父様が経営費に手を出さなかったのは、あなたがちゃんと管理していてくれたからだもの。経営費に手を出されていたほうが、今よりもっと困ったことになったはずだわ。だから、そんなに自分を責めないで」



 アーレンシャールを治めること、経営をすることは当主の役目だ。しかし、当主はほとんど毎日遊びほうけていて、全く仕事をしていなかった。そのため、ずっとアーレンシャールの経営を担っていたのはセバスチャンだった。

 補佐を信条とする執事としては職務を超えた仕事だったが、他に適任がいなかったのだ。おかげで当主はアーレンシャールの経営費には手が出せなかった。かなりの土地と、それなりに豊かなアーレンシャールの経営費はストックウィル家の資産よりも当然多い。そちらを使い込まれなかったことは、本当に幸いだったのだ。



「頼りにしているわ。これからもよろしくね、セバスチャン」

「はい。誠心誠意お嬢様に、いえストックウィル伯爵に仕えさせていただきます」



 セバスチャンはいつもよりも気持ちを込めて、礼をする。



 当面はこれまで通り、セバスチャンが主導で経営を行う。しかし、もちろんそれらの承認と執行許可は必ずコーディリアを通す、あるべき形に戻すことにした。

 コーディリアはセバスチャンから経営を学びつつ、徐々に実務を増やしていくという形になる。



 一番重要な仕事の方向性が定まったことで、コーディリアは次の問題について考えることにした。

 それは自分達の生活についてだ。

 使用人はセバスチャン以外(いとま)を出してしまった。彼らへの今月の確保されていた給料は全て、彼らへの退職金となって渡っている。その他は当主の使い込みのため貯金がない。

 ところが、貴族の屋敷というのは住むだけでお金がかかる。ストックウィル伯爵家は由緒正しい家系だ。屋敷は大きく土地は広い。維持費だけでとんでもない額が必要になる。屋敷の手入れなど、コーディリアが手を出せるものではなかった。かといって、セバスチャンに頼むには負担が大きすぎる。彼には既に、たくさんの仕事を受け持ってもらっているのだから。

 それを全て差し引いても、食費だけでも捻出しなければならない。



 コーディリアは紙に、自分が今できることと、しなければならないこと、セバスチャンができることを書き連ね、それを見比べてみた。



 そこから彼女なりに出した結論は、少しでも早く領地経営ができるようになること。これに尽きるということだった。

 そしていくら考えても覆らない事実として、領地経営以外の方法で収入を得なければ、生活ができないということがある。

 これはなによりも、時間が足りないという理由からだった。

 人は生きるだけでお金を使う。だが、税収が入るのは2か月毎。この差はどうにもならない。明日生きるためのお金が足りない。



 コーディリアは自分の化粧台とクローゼットから、売れそうなものを見繕うことにした。

 手元に残っている宝飾品は、母の形見であったり、ストックウィル家に代々伝わるもので、迂闊に手放せない。思い入れのある品という以上に、この宝石を持つことが自分が由緒ある伯爵家の血に連なるものであるという身分証になる。それをこの家から出してはいけないと、コーディリアは母から教えられていた。



 元々少ないドレスを風呂敷で包み、コーディリアは領民達が着る、簡素なドレスに着替える。このドレスは1人で脱ぎ着ができるので、これからはこの服を愛用するかもしれない。



「セバスチャン。信用できる質屋さんはどこにあるかしら?」



 セバスチャンはコーディリアの姿を見て一瞬顔を顰めたが、彼女の考えがすぐにわかったのだろう。ご案内しますと、頭を下げた。

















話が進まぬ。

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