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雪花 ~四季の想い・第一幕~  作者: 雪原歌乃
第三話 想い、すれ違い
9/57

Act.2

 ◆◇◆◇◆◇


 今日は一日、朝から放課後まで良い天気が続いていた。


 現在は午後四時だが、日の短い今の時季、太陽はすでに西に傾いている。


 その中を、紫織と涼香は並んで歩いていた。


「あーあ! 今日も一日疲れたわあ!」


 往来のど真ん中だというのに、涼香は全く気に留めた様子もなく、豪快な大欠伸をする。


「ちょっと! やめてってば!」


 本人より、一緒にいる紫織の方がオロオロする。

 いつもながら、この羞恥心のなさだけはどうにかしてもらいたいと切実に思う。


 同性の紫織から見ても涼香は相当な美人なのに、このオヤジ臭さでいっぺんにだいなしになってしまう。

 そう何度注意してもいっこうに治る気配がない。

 それどころか、日に日にエスカレートしているようにも感じる。


(もったいないよなあ……)


 涼香の整った横顔を見るたび、深い溜め息が漏れる。


「紫織」


 寒空の下で背伸びをしながら、涼香は目だけを動かして紫織を見た。


「そういえばさ、あんたに聴いてなかったよね?」


「え……?」


 涼香が言わんとしている意図が掴めずに紫織は首を傾げていると、涼香はズイと顔を近付けてきた。


「もう、とぼけんじゃないよ!」


「だって、ほんとに分かんないんだもん……」


 すっかり困惑している紫織は、眉をひそめて涼香を睨む。


「もう、しょうがないなあ」


 涼香はニヤリと笑みを浮かべた。


「ほら、あんたの好きな人のこと。いるのは分かったけど、具体的にどんな人かは教えてもらってなかったでしょ?」


「――まだ憶えてたの……?」


 過ぎたことだと思っていただけに、涼香のしつこいほどの記憶力には呆れるのを通り越して感心してしまう。


 そんな紫織に、涼香は「あったりまえじゃん!」と答える。


「いっつも一緒にいる高沢を差し置いてでも紫織が惚れてしまうような相手。どんだけいい男なのか、すっごく興味あるもんねえ」


「きょ、興味って……」


 涼香の失礼極まりない発言に、さすがの紫織も頬と口角を痙攣させた。


 興味があるというのは分からないでもないが、自分の中の大切な想いをそんな軽々しい言葉で片付けてほしくない。

 そう思っていると、涼香にも紫織の気持ちが伝わったのか、不真面目な笑いを引っ込めて真顔になった。


「まあ、興味ってのは言葉が悪かったけどさ。でも、紫織のことは何でも知りたいから。あ、でも、変な意味じゃないからその辺は誤解しないで。要は、あんたは高校に入ってからの一番の友人だと私は思っているから興味が……、っと! ああもう! 何て言ったらいいんだ!」


 無遠慮な涼香にしては珍しく、必死で言葉を選ぼうとしているらしいが、普段が普段だけに軽率な台詞しか浮かばないようだ。


 考えを巡らせている涼香を見つめながら、紫織もつまらないことで腹を立てたことが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「――もういいよ」


 紫織は口元を綻ばせた。


「私も涼香は一番の友達だと思ってるからね。――でも、もしかしたら、聴いてもつまんないかもしれないよ?」


 紫織が念を押すように訊ねると、涼香は横に首を振った。


「そんなの聴いてみなけりゃ分かんないでしょ? でで、どういう人なの?」


 紫織の言葉に気を良くした涼香は、目を爛々と輝かせながら耳を傾けてくる。


(やっぱりただの興味本位じゃん……)


 そう思いつつも、紫織はかいつまんで話した。


 宏樹の名前と関係、そして、宏樹を意識するきっかけとなった、あの迷子になった冬の日のこと――


 涼香は何度も頷きながら、話している間はいっさい口を挟まなかった。


「とまあ、こんな感じで……」


 ひととおり話し終えた紫織は、フウと息を吐いた。


「なるほどねえ」


 話を聴き終えた涼香は、胸の前で両腕を組みながら、またひとつ大きく頷く。


「確かにそんなかっこいい兄ちゃん相手じゃ、高沢は敵わないかもなあ。それにしても、その頃の高沢の兄ちゃん、今の私らと同じくらいの年だったんだよね? それくらいの年代だと、いくら頼まれたとしてもめんどくさいって思うかもしれないのに」


「そうだよね。私も宏樹君――あ、宏樹ってゆうのは朋也のお兄ちゃんの名前ね。もし、宏樹君の立場だとしたら、絶対に嫌だなって思うと思う。だからこそ、宏樹君には今でも感謝してるんだ。私を探し回ってクタクタだっただろうに、帰りには、おんぶして家まで連れて帰ってくれたし」


 紫織は涼香に話しながら、その時のことを改めて想い出していた。


 広い宏樹の背中。

 それに安心しきったのと、寒さで体力の限界を超えていた紫織は、間もなく深い眠りに就いた。


 目が覚めた時は、自分の家の布団に包まっていた。


 あの日のことは夢なのかと思えるほど、おぼろげな記憶。

 しかし、宏樹の匂いと温もりは確かにはっきりと残っていた。

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