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雪花 ~四季の想い・第一幕~  作者: 雪原歌乃
番外編・五 不器用な愛情表現
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Act.3-02

「紫織?」


 俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。


 少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。

 くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。


「あの……、家の人は……?」


 明らかに動揺している。

 俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。


「で、ご用は何でしょうか?」


 最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。

 今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。


 紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。


「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」


 必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。

 本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。


「ほんとに、深い意味はないから……」


 なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。

ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。


「ありがと」


 微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。


 それから、俺は紫織に上がるように勧めた。


 紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。


 リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。

 もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。


「悪い。今まで飲んでたから」


 俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。

 そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。

 上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。


 棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。

 ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。


「紫織、ココアでいいよな?」


 答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。

 案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。


 それから、カップをふたつ用意する。

 ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。


 お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。

 湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。


 お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。

 本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。


「どうぞ」


 リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。


 俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。

 コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。


 ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。

 せっかくだし、食べてみたい。


 俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。

 見た目は綺麗な焼き具合だ。


「お、見た目は上等」


 我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。


「どう?」


 紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。

 俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。


 俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。


「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」


 そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。

 意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。


 二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。

 こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。


「ちょっと待っててくれるか?」


 俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。


 ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。


「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」


 ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。


 紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。


「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」


 そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。


 紫織は目を思いきり見開いている。


「え? これって……」


「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」


 開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。

 まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。

 だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。


「――高かったんじゃない……?」


 予想通りと言えば予想通りの反応だった。

 確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。

 ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。


「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」


 ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。

 何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。


「照れてる?」


 紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。

 それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。


 紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。

 紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。

 いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。


 しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。

 もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。


 悪い子では決してないと思う。

 ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。

 関わる機会があれば、の話だが。


 ◆◇◆◇


 紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。

 隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。


 明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。

 素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。

 どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。

 去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。


「どっちも大切だからな、俺には……」


 ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。


 星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。


[不器用な愛情表現-End]

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