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雪花 ~四季の想い・第一幕~  作者: 雪原歌乃
第二話 迷い、迷い続け
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Act.1

 その日の授業が全て終わると、朋也はコートを羽織り、通学用バッグを肩にかけて足早に教室を出た。

 向かう先は、ふたつ隣の教室である。


(いるか?)


 朋也は目的の場所に着くと、締め切られた戸に小さく貼られたガラスから首をわずかに伸ばして教室内を覗う。


 中ではごちゃごちゃと人間がごった返している。

 ほうきや雑巾を手にしている者、そして、周りに急かされるようにいそいそと帰り支度を始める者――


 その中で、ひとりのんびりとバッグに教科書を詰め込んでいる少女がいた。

 容姿自体はそれほど目立たない。

 しかし、せっかちな連中の中では、彼女のマイペースぶりは妙に浮いている。


 朋也は苦笑しながら、戸をゆっくりと開けた。


「おいっ!」


 教室中に響き渡る大声で、朋也は少女を呼んだ。


 生徒達は一斉にこちらを見る。

 ある者は何事かと言わんばかりにポカンとし、またある者は好奇の目を朋也に向けてくる。


 朋也はそんなものはお構いなしに、堂々と教室に入って少女の席の前まで行った。


 少女――紫織はしまいかけた教科書を手にしたまま、呆然と朋也を見つめている。

 いや、正確には〈睨んでいる〉といった表現が正しい。


「――なに?」


 予想はしていたものの、紫織の冷ややかな反応に朋也の頬はヒクヒクと痙攣する。


「お前、少しぐらい愛想良くする気はないのかよ……」


 堪らずに朋也は本音を漏らした。


「何であんたに愛想ふりまかなきゃなんないの? それに何しに来たのよ?」


「何しにって……。そりゃあ……」


 言いかけて、朋也は口ごもる。

 まさか、紫織と一緒に帰るために迎えに来た、とはさすがの朋也も公衆の面前では言えない。


 そんな朋也を紫織は怪訝そうに見つめていた。


「――用がないなら私は帰るよ?」


 紫織はそう言うと、コートを着込み、バッグを手にしてその場を立ち去ろうとしていた。


「待て! 紫織!」


 朋也は慌てて呼び止めた。


「俺も、帰るから……」


 ◆◇◆◇


 外に出ると、室内とは比べものにならないほどの冷気が身体中に纏わり付いてきた。


 朋也はともかく、寒いのが大の苦手な紫織は自らを抱き締めながら全身をカタカタと震わせている。


「お前、今からそんなに寒がっててどうするよ? これからもっともっと寒さが厳しくなるってのに……」


 並んで歩きながら、朋也は呆れ口調で言った。


「しょうがないでしょ。寒いものは寒いんだから……」


 口を尖らせて屁理屈をこねる紫織に、朋也も思わず溜め息を吐いた。


 考えてみると、紫織は昔から冬は自ら進んで外に出たがらなかった。

 極端に身体が弱いわけではないが、免疫力があまりないせいか、冬になると必ずと言っていいほど風邪をひいて寝込んでしまう。


 幼い頃は、彼女が風邪を引くたびに母親が用意してくれた果物や菓子などを手土産に見舞いに行っていた。

 だが、今は、学校や外で顔を合わすことがあっても、互いの家への行き来は少なくなった。


 特に紫織は、朋也から声をかけない限り絶対に家に来ようとしない。

 来たとしても、朋也や兄の宏樹の部屋にはいっさい入らず、リビングで母親を交えて談笑をする程度。

 それも、心なしかよそよそしさを感じさせる。

 きっと、年を重ねてゆくごとに分別が付くようになっただけであろうが、それでも朋也の中の違和感は拭いきれなかった。


 いや、本当は朋也も紫織の心情に気付いていた。

 紫織は宏樹を好きなのだ。

 〈兄〉としてではなく、ひとりの〈男〉として。


 あまり異性に興味を示さない紫織だけに、宏樹を見る目が全く違うことは、鈍い朋也でもすぐに勘付いた。


 宏樹を好きになる理由は分かる。

 朋也が劣等感を抱くほど賢く、常に穏やかな笑みを絶やさない。

 そして何より、紫織は幼い頃、極寒の日に家に帰れなくなり、最終的には宏樹に助けられたということもあった。

 そんな正義のヒーローとも呼べる宏樹に、紫織が惚れてしまったとしても無理はない。


 時々、紫織を救ったのが自分だったら、と思うこともある。

 しかし、当時は朋也もあまりにも小さ過ぎた。

 紫織を助けるどころか、逆に自分も紫織と同じように迷子になり、途方にくれてしまっていたかもしれない。

 それ以前に、朋也も一緒になって紫織を探すという頼みを誰も聴き入れてはくれなかったのだが。


「――俺は結局、兄貴以下かよ……」


 無意識のうちに口に出して呟いていた。


 紫織は怪訝そうに首を傾げている。


「ねえ、なんか言った?」


 どうやら、紫織には聞こえなかったようだった。


「別に」


 朋也は素っ気なく答えながら、内心、聞こえていなかったことにホッとしていた。


「ふうん……」


 紫織はまだ何か言いたげにしていたが、それ以上は追求してこなかった。

 もしかしたら、本当に朋也の何気ない一言など全く興味が湧かなかったのかもしれない。

 それはそれで、虚しいような気がする。


(俺はずっと、兄貴のオマケ程度にしか見られることがないんだろうな……)


 そんなことを考えていたら、さらに気分が重くなってきた。

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