↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪花 ~四季の想い・第一幕~  作者: 雪原歌乃
第七話 強くなるために
PR
25/57

Act.3

 あれから宏樹と瀬野は、三時間以上も同じ居酒屋で粘り続けた。


 最初はのんびり飲んでいたのだが、次第にピッチが上がり、気が付くと、中生五杯、焼酎三杯、挙げ句の果てには熱燗を徳利三本分空けていた。


 アルコールには強いと自負しているが、さすがに今日は飲み過ぎた、と宏樹は多少なりとも後悔していた。

 しかも明日も仕事がある上、車は職場に置いてきてしまった。

 いつもよりも早起きしなくてはならないと考えると、よけいに気分が沈む。


(仕事中に居眠りなんてしようもんなら、今日以上に課長の雷が落ちるな)


 日中のことを改めて想い出して、宏樹は溜め息を吐いた。

 要は、宏樹自身が気を引き締めてさえいれば問題ないことなのだが。


(それにしても、今夜も一段と冷えるな)


 宏樹は家の前まで来たが、ピタリと立ち止まり、そのまま夜空を仰いだ。


 空気が澄んでいるからだろう。

 闇の中に、宝石の欠片を散りばめたように星が点々と瞬いている。

 星に特別な想いは特にないはずだが、それでも見入ってしまう。

 心のどこかでは、美しいものに癒されたいと渇望しているのか。


(ガラじゃないな、全く……)


 そんなことを思いながら、微苦笑を浮かべた時だった。


「宏樹君!」


 こんな遅い時間帯に、あり得ないはずの少女の声が耳に飛び込んできた。


 宏樹は夜空から視線を外すと、ゆっくりと首を動かした。


「遅かったね」


 少女――紫織は、水色のセーターに焦げ茶色のロングスカートだけという、非常に寒々しい格好でそこに立っていた。


 宏樹は微苦笑を浮かべた。


「紫織こそどうした? 風邪、まだ完全には良くなってないんだろ? こんな時間にそんな格好で外に出ていたら、またぶり返すぞ」


 そう注意すると、紫織は自らの身体を両腕で抱き締めながら「だって」と続けた。


「たまたま部屋の窓から外を見ていたら、宏樹君が帰って来たのが見えたから。けど、家にも入らないでぼんやり突っ立てるんだもん。――私、何だか気になっちゃって……」


「俺を心配してくれたの?」


「――うん」


 はにかみながら頷く紫織に、宏樹は「そうか」と言って、そっと髪を撫でる。


 宏樹のこの行為には特に深い意味はない。

 しかし、紫織にとっては違うのは彼も分かっていた。

 それでも昔からの癖になっているため、どうしてもやめることが出来ずにいる。


「そういえば」


 ふと、紫織が口を開いた。


「宏樹君、憶えてる? 私が迷子になっちゃった時のこと」


「迷子……? ――ああ、あの時か」


 紫織から改めて訊ねられ、宏樹も過去のことを想い出した。


 あれは今から十年前、ちょうど、宏樹は今の紫織や朋也と同じ年の頃だった。


 まだ六歳だった紫織は、こんな寒空の下、しかも真っ暗な中で、〈ひみつきち〉と称した大型の土管の中でひとり怯えていた。


 宏樹を見たとたん、土管から泣きじゃくりながら這い出てきた紫織。

 あの時の紫織の心細さは、宏樹の想像を遥かに超えるものだっただろう。


「ほんとに、あの時は見付からなかったらどうしようかと思ったよ」


 当時のことを振り返りながら言うと、紫織はばつが悪そうに「ごめんなさい」と呟いた。


「で、今さらだけど、何であんな時間にそこにいたんだ?」


 宏樹の質問を受けた紫織は、目をキョロキョロと忙しなく動かしていた。


 だが、やがて小さな声で、「ちょっと、困らせたかったから」と答えた。


「困らせる? 誰を?」


「――お母さん。

 実は……、あそこへ行く前、お母さんに凄く叱られちゃったから。もちろん、悪いことをしたから怒られたんだけど……」


 宏樹は呆気に取られた。

 よくよく聞くと、本当に大した理由じゃない。


 紫織を叱る紫織母に、わんわんと泣き喚く紫織。

 そんな母子のやり取りを想像していたら、つい笑いが込み上げてきた。


「あっはははは……! まさか、そんな可愛い理由だったとは! なるほどなあ! あの頃の紫織は、家出をしたつもりだったのか!」


 豪快に笑われた紫織は、頬を真っ赤にし、口を尖らせながら俯いている。

 やはり、笑い飛ばされたことが大いに不満だったようだ。


 当然ながら、宏樹もそれに気付いていた。

 だが、アルコールが入っているのも手伝ってか、いつもよりもテンションが上がっており、笑うのをやめることが出来ない。


 しばらく、宏樹の笑い声は冬の闇夜の中に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。