ゆめのおわり
男は目覚めた。男は広いとは言えない2DKのマンションに妻と一緒に住んでいた。隣の部屋では妻が準備してくれているのだろう、コーヒーとトーストの芳香が漂っていた。
「おはよう! 朝ご飯できてるからね」
妻が声を掛けた。いつもの一日の始まりである。男は朝早くから様々な営業先をとびまわる営業マンだ。毎日東京中を飛び回る男を妻は献身的に支えているのであった。
用意してくれたトーストをかじっていると、妻がいきなり妙なことを言い出した。
「私もあなたも夢を見るでしょ? 夢はいつか覚めるけれど、夢の中で生きていた私たちはどうなってるのかしら?」
知らないよそんなこと…と男はぼやいた。女は妙なことを考えるんだな、と思いながら、昨日の疲れがまだ残る木曜日、男はぶっきらぼうに答えた。適当にいなされた妻は少し不満げな顔をしたが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
いってらっしゃい、と送り出された後、妻の言っている一言が男はふと気になった。夢って覚めたらいったいどうなるんだろうな…
しかし、男は慌しい毎日、社会の荒波にのみこまれないように生きている中でそのことをすっかり忘れてしまった。
男が仕事も終わり、疲れて泥のように眠っていたある日、男はある不思議な夢を見た。
見慣れたダイニングテーブルの席に男性が座っている。男性はにこやかな笑顔を男に浮かべていた。
「初めまして。私は天使です」
天使だと名乗った男性は、男のことをまるで昔から知っているかのように言った。
「あんたはだれだ?」と男は怪訝深そうにある種当たり前の疑問を投げかけた。
「あなたは夢の中の自分が、夢が覚めたらどうなるか気になったことがありませんか?」質問には答えずに、天使が言った。
天使の一言で、男はふっと記憶の彼方にあった、妻の「夢が覚めると私たちがどうなるのかな」という発言を思い出した。
一旦間をおいてから、天使と名乗った男性は話し出した。
「質問にお答えしていませんでしたね。私は世界の外から来た天使です。あなたは現実世界のあなた自身の夢の中の登場人物です。そうなると気になるのが夢の終わりでしょう?あなたがご存知なはずはありませんからお教えしましょう」といった天使は少し間をおいてからこう言った。
「夢から覚められた人間は、そのままその生涯を終えることになっています」
とても信じられなかった。「馬鹿馬鹿しい」と男は鼻で笑った。こんな荒唐無稽なことを信じろというほうが無理がある話だった。
「じゃあ、この夢の俺はどうなるんだ?」
と男は天使を挑発するかのように質問した。
「あなたは、夢の主が目を覚ますと同時に死んでいくのです。存在が消えるといったほうが正しいでしょうか…人間の一生は夢の主が一晩で見て覚えるにはあまりにも多すぎます。だから夢の主はあなたを忘れてしまいます。あなたは誰にも覚えられることもなく死んでいくのです。なにせ夢の中の人物なのですから」
天使が悲しげに笑った瞬間、男の視界は暗転したのだった。
再び視界が開けるとそこは男が寝ている寝室だった。男は見た夢の内容をはっきりと覚えていた。そして笑い出した。なんだ!覚えているじゃないか!夢の中の俺は今の俺だ。でなければ夢の内容など覚えているはずがない。だから俺は生きて――
そう思ったところで男の意識は途切れた。
男は目覚めた。男は広いとは言えない2DKのマンションに妻と一緒に住んでいた。隣の部屋では妻が準備してくれているのだろう、コーヒーとトーストの芳香が漂っていた。
「おはよう! 朝ご飯できてるからね。」
妻が声を掛けていた。いつも通りの一日の始まりである。朝食を食べていると、自分のことを甲斐甲斐しく支えてくれた妻がこのようなことを言った。
「私もあなたも夢を見るでしょ?夢はいつか覚めるけれど、夢の中で生きていた私たちはどうなってるのかしらね?」
男は疲れたように、知らないよそんなこと…と一蹴し、男は死んだもう一人の自分のことなど気にもかけず、今日も会社へと出かけて行った。
実はオチを先に決められて書いた作品です。なかなかいいオチ方が出来たかなと思います