058 再出発
膝から崩れ、放心状態のまま私はぼうっと滝の音を聞いている。
四年――。
現実の世界ではたったの四日。
なのに《TSO》の世界に取り残された人々は、四年という長い月日を過ごしているという事実。
ログアウト不可という、命に関わる運営の最大のミスを彼らはどう思っているのだろうか。
いや、そんなことよりも大事なのはハルくんのことだ。
私ひとりでどうにかなる問題ではないが、彼の無事を確かめることが先決なのは間違いない。
現実の世界で彼は生きているのだから、きっとこの世界でも上手くやりくりして生き延びているはず。
周囲を見回す。
相変わらずこの森の近辺には人っ子ひとりいない。
でも初めてログインした場所と同じ場所に飛ばされたのは、不幸中の幸いともいえる。
私は視野の左上のほうに表示されているマップを凝視する。
すると地図の範囲が広がり、周囲の建物やダンジョンなどが簡易的な姿で表示された。
「今いる場所から森を南に抜けて荒野を過ぎれば、東の方角に商業都市ガイアがある……」
大丈夫。私の記憶は確かだ。
ガイアまで辿り着ければ、きっとそこにはクロアがいる。
彼に会えば色々と情報が手に入るだろうし、それに――。
「うっ……。ヤバい、私……顔が赤くなってる……」
クロア・エクスフィールド。
商業都市ガイアにて道場を営むNPCの御曹司。
いざ戦いとなるとスイッチが入り、戦闘狂に豹変するイケメン青年だ。
以前私と手合わせした際に、私が一切魔法を受け付けないという特異体質である【無魔法】を見出した男でもある。
――そう。私には魔法が利かないし、私自身が使うこともできない。
この世界には様々な【魔法】が溢れているというのに、私はそれを一切堪能することができないのだ。
これだけでも《TSO》の世界の楽しみを半分は失っている。
軽く溜息を吐いた私は視線を前に向け、マップを通常モードに戻す。
念のためにそのまま装備欄を確認。
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NAME/マナ
WEAPON/シルバーナイフ
ACCESSORIES/メリルお勧めコーディネート
SKILL/--
MAGIC/--
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「……あ、そうか。確かこの服はメリルが……」
メリル・ハイデルム。
クロアと同じく商業都市ガイアにて洋裁店を営んでいるエルフの少女。
ログイン時に支給される初期装備は当然、男物の冒険服だった。
肩の開いた薄い黒シャツに茶色のベルト。
ズボンは灰色で靴は大きめの革の素材でできた丈夫なものだ。
同じく灰色をしたコートも支給されていたが、動き辛いので戦闘中はあまり着なかった記憶がある。
その初期装備をクロアに破壊されて、お金を貰ってメリルの洋裁店に行ったんだっけ……。
ついこの間の記憶なのに、随分前のような気がするから不思議なものだ。
これも『一日が一年』の影響なのか――。
「まあいいわ。装備系もお金もアイテムも、ログアウトする前に持っていたものと同じ。数も減っていない。ということは、私のデータは破損されずにそのまま残っていたということね」
《TSO》のデータがどういう形で管理、運営されているのかは不明だが、これで少しは安心した。
今までと同じシステムであるならば、すぐにまたこの世界の【法律】に馴染むことができる。
まずはこの森を抜け、ガイアを目指そう――。
両の頬を強く叩いた私は立ち上がり、力強く最初の一歩を踏みしめた。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
PARTNER/---
LOGIN TIME/35099:21:12




