004 初ログイン
「ただいまー!」
「おかえりハル。お母さん、これから夜勤だからね」
「はーい!」
階段を上がる僕に、リビングから母が声を掛ける。
僕は片岡春臣。中学1年生。
母は病院勤めなので、夜に家を空けることはよくある。もう慣れっこだ。
ボクは一人っ子で、父親もいない。だから一人の夜は寂しいと思うこともあった。
でも、今日からは違う。
母さんにワガママ言って、ようやく買ってもらえたゲーム。《Trans Sexual Online》ってVRMMOだ。
今日の午後から正式サービスが始まってるはずだから、もうゲームは出来る。細かい設定とかそういうのは機械に詳しい叔父に頼んでやってもらった。
こういうタイプのゲームって初めてだから、今日はずっと変に緊張しっぱなしだった。
そわそわしちゃって、授業の内容なんて一切覚えてない。
このゲーム。ト、トランスセクシャル? だっけか。
TSって、性別が入れ替わっちゃうゲームらしい。
つまり、僕はこのゲームの中では女になるってことだ。
そして、このゲームの中。仮想空間の中では時間の流れも全然違うんだって。ゲーム内の一年が、現実ではたったの一日らしい。
スゴイよな。きっとこれが人気の理由なんだろう。友達も親に頼んで買ってもらったって言ってた。
僕は別に女になりたいとか思ったことはないけど、現実では体験できないことが出来るってのは面白い。それに、このゲームの凄いところはそれだけじゃない。
このゲームでは、なんでも出来るんだよ。ダンジョンとかでモンスター倒していったりも出来ちゃうし、普通に牧場とかも経営出来るんだって。
友達は完全に戦う気満々だった。
でも僕は違う。
僕がこのゲームをしたかった理由は、自分の夢のためだ。
「よし」
僕は部屋に入り、カバンをベッドに投げた。そして学ランを脱ぎ捨てる。
てか、今日暑すぎ。早く衣替えしないかな。こんな暑い日に学ランとかキツい。こんな真っ黒な服着てらんないよ。
「えーっと……これを、こうして……」
僕、普段からゲームとかあんまりしないんだよな。テレビゲームも全然しないし、オンラインゲームもこれが初めてだ。
そんな僕がいきなりVRMMOとかやっていいのかなって考えるところだけど、まぁいいや。
僕は叔父が教えてくれた通りにイヤホンを付けてゲームを起動させる。
やり方は間違えていないはず。
なんか眩暈がする。
意識が遠ざかっていく。
いいんだよね、これで。
初めてだから、わかんないけど、いいんだよね?
チクっとした痛みがして、そこで僕の意識は完全に途切れた。
こうして、僕は生まれて初めての仮想空間――。
――《Trans Sexual Online》の世界へと誘われた。
USER NAME/片岡春臣
LOGIN NAME/ハル
SEX/男
LOGIN TIME/0000:00:18




