056 一日が、一年
「ん……んん……」
眩しい光に照らされ、薄目を開ける。
燦々と輝く太陽。見渡す限りの緑の大地。
近くで大きく水しぶきの音が聞こえる。
ここは――。
「え……? あはは、いやちょっと待ってよ……」
滝の音にかき消される独り言。
私は無意識に空間をダブルタップしていた。
突如、眼前に浮かび上がる薄緑色の画面。
そこに記載されている、ある数字――。
『LOGIN TIME/35098:42:11』
「…………なにこれ」
三万……? 何が……?
ログインタイム……?
私は慌てて腕時計を確かめた。
しかしいつも腕に嵌めているはずの時計は、そこにはない。
「いやいや、落ち着こう。一旦、頭を整理しないと……」
大きく息を吸い、吐く。
今の自分の状況を正確に把握しなければ、ハルくんを助けるどころか、自分の命すら危ないのかもしれないのだから。
まず、今私がいるこの場所は《Trans Sexual Online》の世界で間違いないと思う。
全身の感覚。知覚、嗅覚、触覚、味覚、視覚。
これら全てが、私の記憶にある《TSO》の感覚と同じだからだ。
現実世界と似ているが、やはりどこか違う。
非現実世界。視野の動きなどは、やはり現実と比べて違和感がある。
次に、私の身体。
やはり……付いていた。アレが。
今の私は女ではなく、男だ。
ほっそりとした身体だけどそれなりに筋肉もある。
これが《TSO》の世界の、最大の特徴ともいえるだろう。
「問題は、このログイン時間……」
私は記憶を遡る。
昨日は大野教授の元に寄り、ハルくんの中学校にも向かった。
今日が五月九日だから、昨日は五月八日だ。
ハルくんを空き地で発見して病院に届けたのが、その二日前。
私が《TSO》の世界からログアウトしたのが、さらに一日前だから――。
「五月五日……。確かにそうだわ。こっちの世界と現実世界の時間は、同じだけ進んでいたはず……」
もう一度、空間に表示されたままのログイン時間を確認する。
『LOGIN TIME/35098:44:56』
時刻は一秒刻みで進んでいる。
私は腕を組み、このバグともいえる経過時間を年数換算してみた。
1年が365日。1日が24時間。
約35000÷365÷24=?
「……約……四年……」
私はその場に膝から崩れ落ちた。
五月五日にログアウトして、五月九日に再びログインした――。
四日しか経っていないのに、四年。35000時間。
「ま、マニュアル……!」
再び空間をダブルタップし、ログインの最初に現れる説明書を浮かび上がらせる。
そこには、先ほど脳内に響き渡ったアナウンスと同じ文言が記載されていた。
私はそのマニュアルの中のある部分を、何度も読み返した。
『この《Trans Sexual Online》では、現実の世界と時間の流れが異なります。
現実世界での一日が、この世界では一年となります。
リアルが多忙で、なかなかVRMMOを楽しめない現代人に合わせて作られた、仮想空間――。
それがこの《Trans Sexual Online》で御座います』
一日が、一年。
つまり、私がログアウトをしていた、たったの四日間で――。
「――この《TSO》の世界は、四年も経過しちゃったって……こと?」
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
PARTNER/---
LOGIN TIME/35098:55:49




