049 原因究明の足掛かり
春臣くんを空き地で見つけ、保護してから丸一日が過ぎた。
今日も彼を見舞いにきた私は春臣くんのお母さんと雑談を交わし、その場を去る。
春臣くんが所持していた、《TSO》にログインするためのCPUは私が預かることとなった。
これは彼の母親の願いでもあった。
『私はゲームの世界のことはまったく分かりません。でも春臣を見つけて下さった貴女なら、きっと原因を突き止められる気がして……』。
そう言い、母親から春臣くんのCPUを託された私は決意する。
必ず原因を突き止め、彼をあの世界から救い出すことを――。
病院を去ったその足で私はある場所へと向かった。
タクシー乗り場に向かい、今しがた到着したタクシーに乗り込む。
「おや? この前のお嬢ちゃんじゃないか」
タクシーの運転手にそう声を掛けられ、一瞬言葉が詰まってしまう。
そしてすぐに思い出した。
「ああ、あの時の……」
「どうだい? 見つかったのかい? 例の少年は」
「はい。お蔭さまで、あのあとすぐに見つかって」
「そうかい。そりゃぁ良かった。私もずっと気になっていてね。テレビのニュースでもその話題で持ち切りだったし」
運転手は自動扉を閉じ、車を走らせる。
彼が言っている『テレビのニュース』とは、当然あのことだろう。
「今日はどこまで?」
「はい。この前も行っていただいた〇〇中学校まで」
行先を告げた私は座席のシートに深く背を持たれた。
――何故、私はまた彼の通う中学へと向かうのだろう。
理由など無い。
だが、もう一度あの教師と話をしたいと思っただけだ。
数十分ほどで目的の場所へと到着する。
料金を支払い車を降りたところで運転手に「頑張ってな」と声を掛けられた。
私は笑顔で返事を返し、校舎へと足を踏み入れる。
時刻は午後3時半。
連休明けの校内は、まだ学生で犇めいていた。
正門を抜け、そのまま職員室へと向かった。
入口にいるはずの警備員は、今の時間は校内を巡回しているようだ。
学生の元気な声が聞こえてくる。
あれはきっと体育の授業かなにかだろう。
春臣くんもついこの間まで、こんな感じに元気に授業を受けていたのだろうか。
「……あ。貴女は、確か……」
考えごとをしていた私に気付いた一人の教員。
顔を前に向けると、それが以前に会った教員だと気付く。
「こんにちは。すいません、警備の方が居なかったので、また直接職員室に向かおうと思って」
正直に事情を説明する。
だがすでに目的は達成したようなものだ。
私は彼女に会いに来たのだから。
「構いませんよ。うちの学校は人の出入りが多いので、警備さんも手が回らないでしょうし。……もしかして、私に御用でしょうか?」
「はい。少しお話をさせていただきたいと思って」
そう切り出し、相手の顔色を窺う。
しかし彼女は特に迷惑そうな表情をするでもなく、笑顔で私を案内してくれた。
◇
来賓用の応接室。
職員室は今の時間は他の教員でいっぱいらしく、こちらに通された。
「お茶にしますか? それとも珈琲?」
「あ、いえ、お構いなく。少しお話しさせていただいたら、すぐに帰りますから」
申し出を遠慮し、本題に入る。
まずは前回、慌てて訪問したせいで自己紹介をしていなかったことを思い出し、名を名乗る。
「今更で申し訳ないです。私は都内にある〇〇大学に通っている『佐塚真奈美』と言います」
「ご丁寧に、ありがとうございます。私は『大野静香』です。この中学で2年C組の担任をしています」
わざわざ席を立ち、私に続いて自己紹介をしてくれた彼女。
大野静香――。
2年C組といえば、春臣くんが所属するクラスということだ。
静香が彼の担任教師だということは前回訪問したときに分かっている。
「それで、今日はどんなお話しでしょう。……まさか、春臣くんの容体が急変したとか……!」
「いいえ、そうではありません。すいません、余計に心配をかけさせてしまうようなことをしてしまって」
今になって少しだけ後悔する。
この担任教師も春臣くんのことを心底心配してくれた人のうちの一人だ。
「そうですか……。では、どんなお話しでしょう」
「静香さんは以前、《TSO》にログインしたことがあるとおっしゃていましたよね」
「ああ、そのことですか。以前もお話ししたと思いますが、私がやっていたのはβテストのほうでして……」
特に表情に変化は見られない。
彼女は恐らく、嘘など吐いていない。
正式サービスが始まる前の、テストプレイ。
βテスト版に抽選で選ばれたのは、ほんのわずかな人間だけだ。
そのときはログアウト不能などの不具合は見られなかったという。
通常どおりにプレイができ、バグなども見つからなかったため、正式サービスがスタートしたのだ。
「実際に《TSO》をやってみて、なにか気になることとかありませんでしたか?」
「気になること……。いいえ、別に何もなかったと思いますけど……」
首を傾げる静香。
私も特に何か考えがあって彼女と接触をしたわけではない。
でも、きっと彼女ならば『ヒント』のようなものを持っている気がして仕方がなかったのだ。
「些細なことでもいいんです。運営元の会社も連絡が取れない状態が続いていますし、少しでも問題解決のためのヒントとなるようなものを探していて……」
「そうですか……。あ、でも、もしかしたら兄だったら何かを知っているかもしれません」
「お兄さん、ですか?」
意外な返答に驚く。
彼女の兄もまた、《TSO》をプレイしたことがある人物なのだろうか。
「はい。兄は〇〇大学の教授をしていまして……。確か今日は近くの〇〇高校で臨時教員として勤務している日だと思います」
懐からペンと紙を取り出した静香は高校の住所と電話番号、それに兄の『大野昭之助』という名前を書いてくれた。
しかし、私はそれよりも大学名を聞き驚愕する。
「……どうされたのですか?」
「……え? あ、いや、ちょっと知り合いのいる大学だったのでビックリしちゃって……」
「ああ、佐塚さんも大学生ですものね。他校との交流なんかも多いでしょうし」
特に気にした様子もなく、メモを書き終えた静香はそれを私に手渡してくれた。
それを受け取り、頭を下げた私は席を立ちあがる。
「もう行かれるのですか? もう少しゆっくりされても……」
「いいえ。大野さんもお忙しいでしょうし、私もさっそくこの高校に向かってみようと思います」
平静を装い、それだけ答えた私はもう一度礼を言い、応接室を後にした。
校門を出て、そのまま国道沿いをまっすぐ南に歩く。
目的の高校まではここから徒歩で20分ほどで到着するだろう。
「……でも、よりにもよって、あいつのいる大学の教授だなんて……」
ちょっとしたことで喧嘩をしてから、もう何日も連絡をしていない。
あの馬鹿……。今頃、ちょっとは反省しているのかしら。
「大野教授って……そうか。確かあの馬鹿の研究室の教授の名前だわ。どこかで聞いたことがあると思ったけど……」
大野昭之助。
テレビ番組のコメンテーターなどでも人気の、若手教授だったように記憶している。
まさか静香のお兄さんが、そんな有名人だったとは驚きだ。
「さて……。その教授に会えば、少しはとっかかりが掴めるのかしら……」
雲から覗いた日差しに目を細めながら、私はひとりそう呟く。




