042 スライム型モンスターの特性
ウインドウ操作し装備画面を出現させる。
このベタベタでまるっこい身体では満足に空間をタップすることもままならない。
なんとか10回くらい試してみて、ようやくウインドウが開く。
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NAME/ヅライム
WEAPON/--
ACCESSORIES/--
SKILL/--
MAGIC/--
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「嗚呼……嗚呼あああぁぁぁぁぁ…………」
森を進みながら、俺はずっと嗚咽を漏らして泣いていた。
命の次に大事なヅラ――。
それが、今の俺の頭に装着されていないという現実に精神が崩壊してしまいそうになる。
ハゲヅラを被っていないヅライムなんて、ただのスライムだ。
俺のアイデンティティは脆くも崩れ去ってしまった。
「早く……早く代わりのヅラを見つけないと……」
もう俺の心は人間であったそれとは大きく変わってしまった。
TSOというVRMMOがここまで人の心を汚染するゲームだったとは……。
もうヅラのことしか考えられない。
あの女勇者との約束なんて、今の俺からしたらどうでもいいことだ。
「あっ」
小石に躓き、その場で大きく転んでしまう。
転んだ瞬間「べちゃぁ……!」という音が周囲に木霊した。
「んだよ……。誰だよここに石を置いた奴!」
気持ちは焦るばかり。
自然に置かれていた石でさえ、俺を転ばせるために仕掛けられた罠ではないかと疑ってしまう。
しかしここで驚くべきことが起きた。
「くっそぅ……。別に痛くもなんともないけど、思いっきり転んだから身体の形が……」
むにょん。
「…………むにょん?」
背中のほうから嫌な音が聞こえ、そっと振り返ってみる。
するとそこにゼリー状の塊が佇んでいた。
「…………」
数秒間の静寂。
そして次の瞬間、ゼリー状の塊が動き始め――。
ぷよよん!
『くぅ……! なんてすがすがしい朝なんだ!』
「……」
『お? おはよーさん、おはよーさん。お前、あれか? 親か? 親ヅライムか?』
「……」
『……っておい! お前、ヅラ被ってねぇじゃねぇか! ……? ということはまさか……? …………ねぇ!! 俺にもヅラがねぇ! てんめぇ、コノヤロウ! ヅラもねぇくせに俺を産んでんじゃねぇよこのカス!』
「……」
『うわ、マジかぁ! きっつ! これきっつ! いや、ついてねぇなぁ、マジ最悪……。ヅラなしからスタートの人生とか、ホント勘弁してくれよマジで……。どうしてくれんだよ、俺の《人生ハッピー! 働かなくてもヒモ生活ハーレム万歳計画!》はよ!』
俺から分裂したヅライム。
そいつが延々と俺に説教を喰らわせてくる……。
これは一体どういったプレイなんだろう。
俺は、どこから突っ込みを入れたら良いんだろう。
いや、そもそも小石に躓いて転んだだけで分裂するのか……?
……。
するか。スライム系のモンスターなんだから。
『おい、聞いてんのかよお父さん!』
「誰がお父さんだ」
『あ、悪い。お母さんか。産んでくれたんだもんね』
「お母さんでもない!」
咄嗟に大声を出してしまったせいで、色々な汚い色の液体が分裂したスライムに引っ掛かってしまった。
しかしすぐにその液状物質も奴と同化してしまう。
「……お前は、何を知っている?」
ふと俺から分裂したこいつのことが気になり、質問する。
記憶は俺と共有しているのか。
過去の俺の記憶は?
これからもどんどん増殖していく可能性は?
『えっ。質問の意味が分からない』
「……。お前の名前は?」
『名前って言われても……。俺らはヅライムに決まってるだろ。お前、馬鹿か?』
「……」
どうやら、俺との記憶は共有していないらしい。
俺が元々人間で、『桂いさむ』という名前すら知らないということだ。
「勇者アリスのことは?」
『誰それ』
「……知らないのならば、それでいい」
あの勇者のことも知らないとなると、もうこいつに用は無い。
俺はそのままその場を後にしようと振り返る。
『あ、もう行くの? まあ、さっきはちょっと言い過ぎたけどよ、その、なんだ。産んでくれて……ありがとうな』
「……」
『俺らってさ。いくらでも増殖しちまうけど、なんつーか、こう、増えても増えてもすぐに倒されちまうっつー運命じゃん? 経験値稼ぎっていうの? だから意外に仲間が少なかったりするんだよね。同志と言えるだけの奴に出会ったとしても、次に会えることなんて滅多にないしな』
……去り際になんて怖いことを言うんだ、こいつは……。
『だからよ、まあ、ヅラが無いのは痛いけどよ。一応、礼は言っておくわ。お前もこれから苦労するだろうけど、その、なんだ。頑張れよ』
「……ああ」
振り返ることなく、それだけ答えた俺はそのまま森を先に進む。
きっともう、奴に出会うことは無いのだろう。
最弱のモンスターとしての責務を全うし、短い人生を終えるだけだ。
――しかし、俺は生き残る。
死ぬときは、ヅラに抱かれて死にたい。
とにかく現状を打破しないことには、生きてる心地さえしない。
「街……。そうだ、街を探そう。もしかしたら防具屋とか雑貨屋にヅラが売ってるかもしれない」
一筋の希望を胸に、俺はただ黙々と森を進んでいった。
USER NAME/桂いさむ
LOGIN NAME/ヅライム
SEX/???
PARTNER/――
LOGIN TIME/0003:12:55




