041 奪われた宝物
さて困った。
女――名をアリスと言ったか。
彼女が去っていったのはいいが、俺は一体これからどうしたらいいのだろう。
最強の剣を作る――。
うん。
さーーっぱり分からねぇ。
まず、何をしたらいい?
素材集めから始めたらいいのか?
それとも鍛冶師を探して弟子入りさせてもらうことから始める?
「うーん……。説明書にJOBのことも載ってたけど、詳しい内容はJOBチェンジのタイミングで自動でレクチャーされるって書いてあったからなぁ」
つまり、今の時点でどうすればいいのか俺には分からんというわけだ。
じゃあ悩んでいたって仕方ないよね。
そんな時間があればヅラをいじっているほうが何百倍も意義がある。
嗚呼、なんだろう、この気持ち。
どうして俺はこんなにもヅラが好きなんだろう。
まるで初恋にも似た感覚――。
愛おしくて愛おしくて狂ってしまいそうになる。
しかし、ずっとここでヅラをいじっているわけにもいかない。
まずは鍛冶師とやらに会って弟子入りして、鍛冶についてレクチャーを受けなければ――。
『あらーん? こんなところにヅライムがいるなんて、珍しいわねぇ』
急に上空から声が聞こえ、腰が抜けそうになる。
スライムに腰なんて無いのだろうけれど。
「だ、誰だ!」
『うふふ。貴方はぐれヅライムね。一体何をしでかしたの? 群れから追い出されるなんてよっぽどだわ』
目を凝らすと、大きな木の枝の上に人影が見えた。
魔道士のような服装の少女……?
いや、あれはきっと――。
「……お前もモンスターだな?」
『あら、人聞きの悪い。モンスターだなんて言わないでよ。それは人間族が勝手につけた名でしょう? 私達にはウィッチ族という立派な種族名があるんだから」
「ウィッチ族……」
確かにこのTSOの世界には様々な種族がいると聞く。
ログインプレイヤーの選択画面でも複数の種族から選択できたはず。
ウィッチ族はプレイヤーとして選択できる種族ではなく、敵キャラ固有の種族だったはず。
「そうか、それは悪かったな。で、そのエッチ族さんに聞きたいんだが」
『ウィッチ族です!』
「ああ、すまん。この辺りに人間族が住む町とか村とかあるか?」
『そんなことを聞いてどうするの? まさか、人間と仲良く暮らしたいとか言うんじゃないでしょうね』
あからさまに嫌悪感を露わにしたウィッチ族の女。
やっぱ人間とモンスターって、どこの世界でも仲良くできないものなのか。
「仲良く暮らしたいわけじゃねぇんだけど……。ちょっと事情があって、鍛冶師に弟子入りしなきゃいけなくて」
『鍛冶師? ……ぷ、ぷはははは! ええ? ヅライムの貴方が? 鍛冶師に? ぷぷ……ぷーぷぷぷ!!』
とうとう笑い転げてしまったウィッチ族の女。
気持ちは分からんでもないが、そんなに笑わなくてもいいだろうに。
『ど、どうやって鍛冶の仕事をするのよ……! ぷぷぷ……! 道具もまともに扱えない身体で……ぷぷー!』
何だかだんだんこの女がムカついてきた。
しかし俺はこの世界で最弱のモンスター。
まともに戦っても勝ち目なんてありはしない。
「……ふん。笑ってるがいいさ。俺は俺の目的を果たしに行く」
ウィッチ族を無視し、俺は泉のほとりを後にしようとする。
『おおっと、待ったぁ! ここは私の縄張りだよ! 通り抜けるんだったら、通行料を置いていきな!』
「え? 通行料?」
いきなりそんなことを言われても……。
金だって持ってないし、それ以前に勝手にここからログインスタートをしただけなんだけど……。
「お金なんて持っていません」
『はぁ? 貴方、そんなんでこの世知辛い世の中を渡っていけると思っているわけぇ? はぁ?』
……めっちゃ睨まれました。
今にも俺、殺されちゃいそうです。
『……まぁ、確かに金目の物は持ってなさそうね。じゃあ、それを置いていきなさい』
「……それって?」
『はぁ? それは『それ』に決まっているでしょう。大した金にもならないけど、貴方、それしか持っていないじゃない』
ウィッチ族の女は俺の頭部を指さした。
俺は彼女が何を求めているのかを知り、一気に青ざめる。
「こ、これだけは……! ヅラだけはやめて……!」
『だーめ。それは没収します』
「いやー! やだー! 命の次に大事な、俺のヅラー!」
『えい』
抵抗やむなく、あっさりとヅラを奪われた俺。
そして一気に押し寄せる虚無感。
『うっわ……。めっちゃベトベトしてるし、なんかクサいし……。さっさと行商にでも売っちゃおう。たぶん1Gにしかならないだろうけど』
「えーん、えーん! 返してー! 俺のヅラ返してー!」
泣き叫ぶ俺を無視し、ウィッチ族はそのまま空を飛んで行ってしまった。
そして一人残された俺――。
「嗚呼……俺の……ヅラ……」
恐怖。
焦燥感。
これほどまでに俺の心はヅラに注がれていたのか。
あれが無いと生きていけない。
すぐにでも代わりのヅラを見つけなければ、俺は俺でなくなってしまいそうだ。
「絶対に……! 絶対に見つけてやる……! うおおおおおおおお!」
俺は叫ぶ。
声が枯れるまで、叫ぶ。
泉の先の森の奥まで、俺の声が響き渡っていった。
USER NAME/桂いさむ
LOGIN NAME/ヅライム
SEX/???
PARTNER/――
LOGIN TIME/0002:52:04




