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Trans Sexual Online~のんびりほのぼのTS生活~  作者: an℟anju
第二章 出られないけどほのぼの生活
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038 Trans Sexual Online

 ハルくんの実家に電話をしたあと、私はタクシーを拾い都内の学校へと向かった。

 道中でとりあえず菓子パンを頬張り腹を満たす。

 丸二日も何も食べていないのだ。

 きちんと栄養を摂取しないと脳に血が巡っていかない。


(考えるのよ、真奈美……。ハルくんがTSOにログインしそうな場所……)


 都内にあるネットカフェ?

 いや、それなら丸二日も発見されない訳が無い。

 友人の自宅?

 もしもそうならば、その友人もTSOにログインしたままの可能性が高い。

 何処……?

 

 何処にいるのハルくん――。



 学校前でタクシーを降りた私は、もう一度校舎の門を潜る。

 広々とした校舎は閑散としていたが、職員室に明かりが燈っているのを発見する。

 私は急ぎ足で校舎へと向かう。


「すいません! ちょっとお聞きしたいことが!」


 職員室の扉を開け、息も切れ切れで声を掛ける。

 中に居たのは女性の教師だった。


「あ、ごめんなさい。まだ学校はお休み中でして……。父兄の方でしょうか?」


 当然、予期していた質問を投げかけられる。

 私は一度深呼吸をし、事情を説明する。


「あ……。もしかして、さっきのお電話は貴女でしたか? すいません……。お休み中だったので電話に出なくて……。でも、その話は本当ですか? まさか春臣くんが……行方不明だなんて……」


「捜索願いは今朝、親御様から出されたそうです。彼は今、『TSO』というゲームの世界に居て――」


 一つ一つ、今までの経緯を説明する。

 上手く話が伝わるかどうか不安だったが、意外にもこの教師はすんなりと話を飲み込んでくれた。


「……そうだったのですか。実は、私もそのゲームを以前にやったことがありまして」


「え……? でも、正式サービスは2日前に始まったばかりですよ?」


 そう答えたあと、一つの可能性が頭をよぎった。


「はい。やったことがあるのはβテストの方です。正式サービスが始まる前に、抽選でテストプレイヤーに選ばれまして……」


 予想どおりの答えが返ってくる。

 確かにTSOは正式サービスの2週間前にβテストが開始されていた。

 応募者の中から抽選で2000名ほどが選ばれたはずだ。


「その時は普通にプレイ出来ましたし、当然ログアウトも出来ました。『TSO』の売りである『現実世界とは違う時間の流れ』も正常に作動していましたし」


「ということは、正式サービスが・・・・・・・開始された後に・・・・・・・なにかトラブルが……」


 しかし、今はそのトラブルを調べている時間は無い。

 私は話題を戻す。


「先生は春臣くんがログインしそうな場所に心当たりは?」


「そうですね……」


 少し考える素振りを見せた教師。

 今はとにかく情報が欲しい。

 しらみつぶしに探していては、春臣くんの命に関わってしまう――。


「彼は元々、友達と集まってゲームをするタイプの子では無かったですから……。恐らく、どこかの公園か、もしくは秘密基地のような場所があるのかも……」


「公園……。秘密基地……」


 確かに私も中学生くらいの頃には秘密基地で遊んだものだ。

 男子生徒に混ざって空き地にダンボールを敷いて、お菓子を用意して――。


「でも、もし一人でそんな所に隠れるように眠っていたら……」


「ええ。ここ2日は晴れが続いていましたし、脱水症状を起こしている可能性も……」


 2人で青ざめ沈黙してしまう。

 事態は一刻を争う。

 物も食べずに水も飲まずに、人間が野外で生存出来る日数は――。


「私も各教員に連絡してみましょう。校長と理事長にも連絡をしておきます。もしかしたら警察から既に連絡が行っているかもしれませんが」


「はい。宜しくお願いします。私も目星のつく所を探してみます」


 そう言い礼をした私は職員室を出て行こうとする。


「あ……。そういえば……」


「? どうかしたのですか?」


 扉を開けた直後、教師が何かを思い出す。


「彼は良く、幹線沿いのコンクリートの斜面で遊んでいたみたいです。以前、近所の住人から連絡があって、彼を叱った記憶があります」


「幹線沿い……。分かりました。その辺りも探してみます。有難う御座います」


「いいえ、お礼を言うのは私のほうですよ。春臣くんは、私のクラスの生徒ですから――」



 学校を出た私は待たせていたタクシーに乗り込む。

 運転手に事情を説明し、まずは近所中の公園に向かってもらうことにした。

 お金のことは今はどうでも良かった。

 とにかく、少しでも早く春臣くんを発見したい――。

 

 それだけが私の願いだった。





 時刻は午後19時を回った。

 都内中の公園を探したが、春臣くんは何処にも居なかった。

 もう辺りは真っ暗だ。

 でも今、この時も、春臣くんの命の灯火は――。


「お譲ちゃん。もう今日は諦めてまた明日にでも探したらどうだい? 他の人や警察も捜してくれているんだろう?」


「いいえ。そういう訳には行かないんです」


「でもお譲ちゃんの顔色も良くないよ。少し休んだらどうだい」


 運転手の言うとおり、バックミラーに映った私の顔は酷く青ざめていた。


「有難う御座います。今日は1日拘束しちゃってごめんなさい。あとは歩いて探しますので」


 そう答えた私は支払いを済ませタクシーを降りる。


(何処にいるの……? 公園は全て回ったし、あとは幹線沿いを端から探して行くしか――)


 涙が出そうになるのをすんでの所で堪える。

 ここで私が泣いたって何も解決はしない。

 探すんだ。

 彼を探し出して、私が目覚めさせてあげるのだ――。


「ハルくん……。ハルくん……。何処……?」


 私は憑りつかれたように彼の名を呼ぶ。

 もう意識が朦朧としてきた。

 耳鳴りもする。

 少しだけ……。

 少しだけ、あのベンチで休もう……。





 目を開ける。

 ここは……どこだろう。

 私、夢を見ているの?


 真っ白な部屋。

 なにもない部屋。


 私はひとり、部屋の中央で蹲っていた。

 心細い。

 ひとりは嫌だ。


 どうして、こんな事になってしまったのだろう。

 私は、ハルくんを助けられないのだろうか。

 私はなんて無力なのだろう。


 VRMMOの世界で、私は強くなりたかった。

 だから男性になりたいと思っていた。

 

 『女は弱い』。


 その一言を壊したくて――。



 遠くで声がする。

 誰だろう?

 私の名を呼ぶのは――。



『おいこらてめぇ! 何をそんなショゲた顔してやがんだよ!』


 この声は――。


『ほれ! いつもみたいに笑ってみろよ! 俺を馬鹿にしながら楽しんでただろう!』


 私の前に現れたのは、あのヅラを被ったスライムだった。

 どうして私の夢にまで出てくるのだろう。


『お前な! 似合わねぇんだよ! そんなゾンビみたいな顔しやがってよ! あーやだやだ! こっちまで暗くなっちまう!』


 言いたい放題のヅライム。

 あんたなんかに何が分かるっていうのだ。

 私は無力だ。

 現実世界では何の取り柄もない、ただの女子大生なのだ。

 辛いことがあったら当然落ち込むし、諦めることだってある。


『……ったく、しゃーねぇな。まあいい。お前、目が覚めたら一旦家に帰れ。そしてあの機械を起動しろ。これは俺からのプレゼントだ』


 プレゼント?

 一体、このヅラ野郎は何を言って――。


 徐々に視界が閉ざされていく。

 待って。


 貴方は私に一体何を――。





「ん……」


 目を覚ます。

 はっとした私は携帯電話を開き時刻を確認する。

 午後22時30分。


「3時間半も……! 早く、早く探さないと……!」


 どうしてこんなに眠ってしまったのか。

 いくら疲れていたとはいえ、気が緩み過ぎでは無いのか。

 そうこうしているうちに春臣くんは――。


「……アパート……」


 立ち上がり、先程の夢の内容を思い出す。

 まさかとは思うが、どちらにせよこの時間では捜索は難しい。

 一旦アパートに帰って懐中電灯も用意したい。

 

 私はよろよろとした足取りで自宅を目指す。



 自宅に到着したのは午後23時。

 この時間になってしまっては警察も教師らも捜索は打ち切り、明日の捜索へと移行するだろう。


 私はベッドにおいたままのCPUを手に取り起動する。

 静かな部屋に低い起動音だけが木霊する。

 イヤホンの電源は消しておいた。

 もしもイヤホンから催眠誘導音が漏れたとしたら、私はまたTSOの世界へと誘われてしまう。


「……あれ?」


 私は目を擦る。

 CPUのすぐ上部になにかが浮かび上がっている。

 とうとう幻覚が見え始めたか。

 私は何度も瞬きをする。

 しかし、浮き出たなにかは消えるどころか徐々に鮮明に映し出されていく。


「これは……マップ?」


 そこにはあのTSOの世界でよく使用していた【マップ】が表示されていた。

 いったいどういう仕組みなのだろう。

 空間に表示された画面には、赤い点が表示されていた。


「……まさか……」


 夢の内容を思い出す。

 ヅラっちは私に『プレゼントをくれる』と言っていた。

 もしもあの言葉が本当ならば、今、私が一番欲しいものは――。


ザー、ザー。


 突如、イヤホンからノイズが漏れてくる。

 電源は切ってあるはずなのに、どうして――?


『……ほらよ……こ……が俺のプ……ゼントだ……。しっか……と見つ……出……よ』


「ヅラっち!」


 イヤホンに耳を当てる。

 途切れ途切れで聞こえ辛いが、確かにヅラっちの声だ。

 私は何度も声を掛ける。

 しかしもう、イヤホンからは何も聞こえない。


 私はイヤホンを握り締め、立ち上がる。

 浮かび上がった画像が示している場所は――。





 深夜1時。

 私は懐中電灯を持ち出し、幹線沿いの金網を登っている。

 都内の駅から延々と線路沿いを歩き。

 次の駅とのちょうど中間地点にある奥まった場所。


 浮かび上がった画像に記されたのはこの空き地だった。

 手入れのされていない木々。

 しかし一箇所だけ人が一人通れるほどの穴が開いている。


 私は身を屈め、その穴を通る。


 

 ――その先に、ハルくんが居た。



 CPUを握り締め。

 イヤホン型睡眠誘導装置を装着し。

 身を丸くして、ダンボールの上に寝そべっているハルくんが――。


 一目で分かった。

 TSOにいるあの無邪気で可愛らしい女の子とそっくりな男の子。

 私は自然と涙を流す。


「――見つけたよ、春臣くん」


 彼は静かに息をしていた。

 私はそっと彼を抱きしめる。

 彼の鼓動を感じる。

 

 確かに今、生きているという鼓動を――。





 2日後。

 病院に保護されたハルくんは無事に命を取り留めた。

 しかし他の収容患者と同じく、目を覚ますことはなかった。


 大学の講義を終えた私は、病院に向かいハルくんと面会する。

 ハルくんのお母さんと会い、少し雑談を交わす。


 ハルくんを発見してからというもの、お母さんとは随分と仲良くなった。

 何度も何度もお礼を言われた。

 私も彼女と一緒になって嬉し涙を流したが、まだ問題は残っている。


 どうしたら彼や他の収容患者は目覚めるのだろうか。

 そして何故、私だけがTSOの世界から抜け出すことが出来たのか。


 あの後、CPUから浮かびあがった画像はすぐに消えてしまった。

 何度電源を入れても再起動はしなかった。

 イヤホンからヅラっちの声も聞こえてこない。


 ハルくんの寝顔を見ながら、私は決心する。

 彼を目覚めさせる為に、私が出来ること――。



 柔らかな光に包まれた病室で、私は静かに決意する――。




















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