002 いきなりピンチに
「う……ん……」
目を開ける。
徐々に眼前に広がる景色。
「うわ……すご……」
私がいま立っているのはどこかの渓谷だ。
ゴーっと凄い音が鳴っているのは滝の音だろうか?
視線を落とし、自身の両手の平を眺める。
うん。現実と変わらない。
五感も冴えている。
とうとう来たんだ。
念願だった《Trans Sexual Online》の世界に――。
そして私はあるものを確かめる。
ちょっとドキドキしながら。
「……うん」
うん。
ある。
私になかったものが、ある――。
「……おとこのこに、なっちゃった」
軽くショックを受けた私は片言でそう呟く。
うん。
なんだろう、この感動。
心の底から湧いてくる、躍動感――。
「……男の子に……」
踊りたい。
とにかく、踊りだしたい。
念願だった男性の身体をわたしは今、手に入れた。
どうしよう。
踊っちゃおうか。
シャルウィー・ダンス?
「男の子になったああああああああああああああああああ!!!」
……なったああああああ!
……なったああああ!
……なったああ!
と、渓谷に私の声が木霊する。
声も男の子っぽい感じでグー。
でもちょっと低音が少ない感じかな。
もっとクールボイスを期待していたが、あまり注文をつけても運営様に悪い気もする。
とにかく。
私はこの仮想空間では男性になったのだ。
もっと威厳を高めて男らしくしなくちゃ。
「……」
少し冷静になって辺りを見回す。
正式サービスが開始されたのはつい先程の事だ。
ログイン開始地点はユーザー毎にバラバラだと説明書には書いてあったっけ。
それにしても、あまりにも人っ気が無さすぎる様な……?
というか、私以外、誰もいない……?
「……まあ、そのうち別のユーザーさんにも遭遇するでしょう……」
あれだけショップで長時間並んで手に入れたのだ。
サービス開始直後は混雑していて、たまたま私だけ上手い事ログイン出来ただけかも知れないし。
とりあえず、今、私のやるべきことは――。
空間をちょちょいとダブルタップする。
するとすぐに薄緑色の画面が出現。
私は自身の装備を確認する。
====================
NAME/マナ
WEAPON/シルバーナイフ
ACCESSORIES/--
SKILL/--
MAGIC/--
====================
その他の画面も確認する。
項目毎にズラッとステータスが並べられ、全部確認するのは骨が折れる。
私はそっと画面を閉じ、うんうん、と頷く。
「まあ、色々と何でも楽しめるってことよね。この《Trans Sexual Online》の世界は……」
上手いこと一言でまとめた私は、ナイフを取り出し太陽の光に当てる。
私の初期装備。
軽く振ってみる。
しゃきーん。
「うん。ナイフだね」
今度はそれなりに構えて突いてみる。
しゅば!
「おお、『しゅば!』っていった!」
効果音がなんか格好良い。
早く色々なスキルとか覚えて、しゃきーんしたい。
手ごろなモンスターとかその辺にいれば良いん――。
『プルプル』
「……いた」
まるで待っていたかのように現れたモンスター。
あれは――?
私はモンスターの頭上に視線を向ける。
【NAME】ヅライム【HP】300/300【性格】きょうぼう
「きたあああああああああああ! スライ――――ヅラ?」
ヅラ――イム?
え? スライムじゃなくて?
『誰がヅラだこの野郎!』
「うわっ! ヅラが喋った!」
驚いて尻餅を付く。
え?
なにこのベタベタしたヅラ?
『だから誰がヅラだって!? おめぇ、いい度胸してんじゃねえかゴルァ!』
凄みながらもぴっとたんぴっとたんと近づいて来るモンスター。
緑色の、どこからどう見てもスライム型のモンスター。
なのに何故かハゲヅラを被っている。
うん。
なにこれ。
「何なのよ貴方……。というかどこで手に入れたのよ……そんなパーティグッズみたいなヅラを……」
『まだ言うか! 俺ぁな! このヅラを馬鹿にするやつぁ許せねぇんだ! ていうかヅラじゃねぇっつってんだろ!』
「え? いま自分でヅラって――」
『ああああああ! 聞こえない! 聞こえない! ていうかお前だってオカマだろ! 女言葉なんて使ってんじゃねえよ! キモ! お前キモ!』
さっきから緑色の液体を口らしき場所から撒き散らしながら罵っているモンスター。
ていうか誰がオカマだよ!
この世界はTSしちゃう世界なんだから仕方ないだろ!
『……』
「……なによ」
急に無口になるモンスターに鳥肌が立つ私。
『……でもおめぇ、結構可愛い顔してんじゃねぇか……』
「あんたの方がよっぽどキモイわよ!」
咄嗟に手に持っていたナイフを突き出す。
『ぴぎゃあああ!』
悶絶するヅラを被ったスライム。
そして一瞬のうちに消滅する。
「……」
なんだったんだろう、一体……。
この世界のモンスターって……あんなのばっかりなのかしら……。
消滅したヅライムからドロップアイテムが地面に転がり落ちる。
【ハゲヅラ兜】【緑色の液体】【125G】
「……うん」
何も言わずにそれらアイテムを拾い集める。
どこかに換金所くらいはあるだろう。
さっさとそこで、このパーティグッズを売ってしまおう。
お金になるかは分からないけれど……。
「!」
何者かの気配を感じ、後ろを振り向く。
そこには――。
――先程のヅラを被ったスライムが、何十匹も、恨めしそうな顔で私を眺めていたのだった。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
LOGIN TIME/0000:04:23