032 盗難事件
「やあ、クロア。それにマナ君」
診療所の前まで到着すると、ちょうどスザン先生が玄関から出てきた。
そして眼鏡を吊り上げ私とクロアを交互に見る。
「……お幸せそうだね」
「ここここれは違うんです!!」
私は身体をクルクルっと反転させ、クロアのお姫様抱っこから離脱。
ふぅ……。
夢の様な時間でした……。
『……はぁ』
「おいそこのキツネ! あからさまに溜息吐くな!」
私と九尾がやいのやいのとやっている間、クロアはスザン先生と何かを話し始めた。
嗚呼……。
イケメンがイケメンの耳元で何かを囁いている……。
綺麗な紫色の髪をしたイケメンのクロアの吐息が――。
長い髪を綺麗に一つに纏めた眼鏡イケメンのスザン先生の耳に吹きかかり――。
「……成程。そういうことだったのか」
「ええ。なので僕はしばらく彼と共に行動しようかと思います。スザン先生にも色々と相談させて頂く事もあると思いますが」
「構わないさ。確かにマナ君は不思議な男だからな。私も興味があるし」
話が終わった二人は同時に私に振り向く。
ていうかスザン先生、今、私に『興味がある』とか言ってなかった?
クロアもしばらく私と行動するとか言ってたし……。
やっべ、イケメン2人もゲットしちゃったっぽい……。
どうしよう。
お母さん、私どうしよう。
『旦那』
「ああ、そうだね。それではスザン先生。僕たちはこれからメリルとゼガルの所に寄ってみますので、これで失礼致します」
丁寧に頭を下げてクロアは私と九尾の元へと戻って来る。
「マナ君。また落ち着いたら遊びにおいで」
「は、はい! 喜んで!」
爽やかに笑ったスザン先生。
大人の男って感じがまたグーなのです。
たぶん歳はクロアとそんなに変わらない筈なんだけど。
アレか。
医者の風格ってやつか。
「次はメリルの所だ」
『へい旦那』
流石に今度はお姫様抱っこはしないクロア。
ちょっと残念だが、抱っこされたまま街中を走りまわられるのは恥ずかしいからいいや。
クロアの後ろに座った私。
そしてそっとお腹に手を回す。
だって掴まってないと落ちちゃうもん。
嗚呼……。
クロアの良い匂いが……。
『……はぁ』
再び溜息を吐いた九尾は勢い良く跳躍する。
◇
しばらくしてメリル洋裁店の前に到着する。
九尾から降りた私たちはお店の玄関を開け中に入る。
「あら、クロアとマナちゃんじゃない。いらっしゃい」
「君も無事だったみたいだね。お店も特に変わった様子は無いし……」
「ああ、それで来てくれたのね。確かに驚いたわよ。いつの間にか気絶しちゃってて、気付いたら時間は過ぎてるわ、お店の商品が減ってるわで」
「え? 商品無くなっちゃったんですか?」
「うん。まあ、2、3着服が無くなったくらいだけどね。恐らく気絶している間に誰かが持っていったんでしょうね」
ケラケラと笑うメリル。
あの様子をみると損害額は大した事は無いみたいだ。
恐らくはNPCのフリーズを逆手に取った、ログインプレイヤーのうちの誰かによる強盗事件だろう。
「……ねえ、クロア。もしかしたらゼガルさんの所でも……」
「ああ、そうかも知れないな。メリル、悪いが長居出来なくてな。また後日ゆっくり寄らせて貰うよ」
「ふふ、楽しそうねクロア。貴方がそんなに生き生きとしているのを見るのって、なんだか久しぶりだわ」
カウンターで肘を付きながら笑顔で見送ってくれるメリルさん。
やっぱクロアは楽しんでいるのかな。
何となく分かる。
まあ、これで街の誰かが無事じゃなかったりしたら気を引き締めるんだろうけれど。
「それじゃあ、最後はゼガルの所だな。連続で悪いが頼む、九尾」
『お安い御用で』
再び九尾の背に乗る私達。
そして大きく跳躍した九尾は屋根伝いにゼガル鍛冶店を目指す。
◇
「あれは……」
ゼガル鍛冶店の前で人だかりが出来ているのを発見する。
なんだろう一体……。
「いででで! 悪かったって! 離して下さい! 痛い!」
「てんめぇ……。謝って済む問題だったらギルドはいらねぇんだよ!」
ゼガルおじさんに首根っこを掴まれている1人の男。
あれはNPCでは無くログインプレイヤーだ。
「ゼガル。この騒ぎはなんだ?」
「あ……? おお! クロアとマナ譲ちゃんじゃねえか。どうだ? ヅラっちの野郎とは上手くやってるか?」
男の首根っこを掴んだままゼガルおじさんはにいっと笑いながら声を掛けて来る。
まあお譲ちゃんじゃ無いんだけど、そこは省略の方向で。
「……まあ、何とか上手くやってますけど……。その人が何かしたんですか? ゼガルさん」
「た、助けてくれ! このドワーフの爺が凶暴で――」
「ああ? 誰が凶暴だって?」
「ひいいい!」
完全に意気消沈しているログインプレイヤーの男。
ゼガルさんの大声と男の悲鳴でさっきからどんどん野次馬が増えて行っている。
「こいつぁな、俺の店の商品を盗もうとした盗人だ! 俺が気絶している間に勝手に持っていこうとしやがって……!」
「……成程。もしかしたらメリルの店で盗みを働いたのもこの男なのかも知れないな」
「なんだと! てめぇ……! メリル譲ちゃんの店でも盗みを働いたってぇのか!」
「ひいいい! お、俺じゃない……! それはきっと俺の仲間が…………あっ」
仲間?
ということは他にもこの騒ぎに乗じて盗みを働いたログインプレイヤーが……?
「クロア……」
「ああ。これは街にある全ての店を回ってみないといけないな。一体どれくらいの被害が起きているのか把握しなくてはいけない」
クロアはゆっくりと男の元へと寄って行く。
「仲間は全部で何人だ? 言わないと――」
「い、言います! 全部で5人です! 街の南にあるレグル洞窟を根城にしてます! 俺らの職業は皆『盗賊』だから――!」
洗いざらい白状していく男。
盗賊――。
確かにこういったVRMMO系のゲームにはほぼ登場する『職業』だ。
盗みに特化したスキルを持ち、通常はモンスターから素材やレアアイテムを盗むものなんだけど――。
(NPCのお店を狙った強盗事件か……。もしかしたらイベントの一種なのかな……。それとも――)
ピー。ピー。
「うん?」
聞きなれない音が聞こえて来る。
これは、メール受信の音?
「あ、ハル君からだ。ええと……うん?」
道に、迷った?
そういう場合はどうしたら良いですか、か。
あー、そうか。
ハル君はまだTSOに慣れていないんだっけ。
「? どうしたんだい? マナ」
「うん。ちょっと友達が道に迷っちゃったみたいで」
「そうか。ならマナはその子の所に行ってあげて構わないよ。僕はもう少しこいつから色々と聞きだして、それから道場の門下生を集めて街全体の盗難被害を調べるよ」
「分かったわ。で、それから『レグル洞窟』って所に盗賊退治に行くんでしょう? その時はまた声を掛けて。私も行くから」
「本当かい? それは有難い。ふふふ、楽しくなりそうだ」
病んだ笑いを見せるクロア。
その姿に溜息を吐く九尾。
そして私はハル君にメールを返信する。
『今どこ? これからそっちに向かうから、ウインドウを出現させて【マップ】を選んで、その右上にある赤い印をタップしてみて。そうしたら現在地が赤くマップに示されるから。それをダブルタップでコピーしてメールに貼り付けてくれたら私にも居場所が分かるよ』
「送信、と……」
これで後はメールの返信を待つだけだ。
いちおうハル君の店までは行っておこうかな。
私はクロア達と別れ、グラーティアへと向かう事に――。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
PARTNER/ヅラっち
LOGIN TIME/0047:42:18




