024 始まりの日
「あれ? 家の扉が開かない……」
ヅラっちを連れて帰宅したのは良いが、何故か扉が開かずに立ち往生する私。
うーん……。
古い借家だから、どこかつかえているのかな……。
『どうした相棒』
「そのあだ名やめてよ……。マナって呼んで」
『ま、マナ……』
徐々に身体が赤く変化していくヅラっち。
もういいや。面倒臭い。
「うーんしょ……っと。あ。開いた……」
何かが引っ掛かっていたのかと扉を確認するが、別段異常は無い。
いや……。
何かさっき、ザーザーと音がしたような……?
「……まあいっか。ただいまー」
誰もいない事は分かっているが、とりあえずそう言って玄関を上がる。
『じゃ、邪魔するぜ……』
おずおずと私の後を付いてくるヅラっち。
・・・。
ヅラを被ったスライムと和式の借家……。
……うん。
まあいいや。色々面倒臭い。
「ええと、ここが台所ね。冷蔵庫はここ。オーブンレンジもあるし、米びつはこれね。あとは――」
まずは台所の説明から始める私。
今夜からさっそく夕飯を作ってもらうのだ。
帰りに食材も調達して来たし、準備ばっちし。
『分かった。で? 俺の部屋はどこだ?』
「え? 渡り廊下で寝れば良いじゃん」
『お前は鬼か! パートナーだろ俺! 部屋くらい1つや2つ余ってるだろうが!』
なんて我侭な手下なのだろう。
いや、誰も手下なんて言って無いんだけれど。
「仕様が無いなぁ……。じゃあ、そこの庭先にある『離れ』を使ってもいいよ」
渡り廊下から見える庭先にあるこじんまりとした家。
うちの田舎にもあった『離れ』にそっくりだし。
『なんで離れ!? 良いじゃんかよ! お前の部屋の隣とかでもよ!』
「嫌に決まっているでしょう! この家、襖で仕切られてるんだから鍵が掛けられないのは見て分かるでしょうが!」
『何で鍵を掛けるんだよ! 気持ち悪い! 男同士なのに!』
「だーかーら! 身体は男だけど中身は女だって何度も――――えっ」
沈黙する私。
今、なんつった?
このヅラ……。
『……あんだよ。何か変なこと言ったかよ……』
「貴方……というかヅライムって……性別とかあったの?」
『・・・』
「・・・」
再度、沈黙。
『……確認、してみるか?』「いやに決まってるだろう」『あそう』
まるで決まっていたかの様に連続で間断無く話す私達。
こんな連携とかいらない。
『いやだって、俺達ヅライム族も長年繁殖して来たんだぜ。そりゃあ性別くらいあって当然だろう』
「『分裂』とかじゃ無いんだ……」
『なに分裂って!? こわっ!! え? 頭から割れるって事!? ホラーかよ俺!!』
ビビるヅラっち。
いやだって、スライム系モンスターって言ったら『分裂』でしょう普通……。
あ、でも分裂しちゃったらハゲヅラは1個しか無いんだから、奪い合いの喧嘩とかになっちゃうのかも……。
「……まあ、いいや。飽きた」『酷い! 興味持とう! 俺に!』
そのまま渡り廊下の窓を開けて庭に出る。
縁側の下に置いてあったサンダルに履き替えて、離れへと向かう私達。
ザ、ザザ……。
「え?」
離れの扉を開けようとしたら、さっき聞こえたのと同じノイズ音が聞こえて来る。
どこから聞こえて来るんだろう、この音は……?
「ねぇ、ヅラっち。貴方もこの音が――」
後ろに付いて来ている筈のヅラっちを振り返り、そこで私は言葉を止める。
何故なら――。
『――――』
「……浮い、てる?」
今まさに縁側から地面に飛び降りようとしていたヅラっちが。
地面に着地する寸前で、中空に浮いたまま止まっている。
まるで本当に時が止まったかの様に。
「……新しい宴会芸?」
ハゲヅラの次はあっと驚かせる宴会芸?
なんて多芸なのだろう、ヅライム族って。
ザ、ザザ……。ザザー……。
「あ……」
中空で停止したままのヅラっちにノイズが走っているのが見える。
なんだろう。
サーバーに負担でも掛かっているのかな。
「……あれ? 運営からお知らせが来てるじゃん……」
ウインドウから原因を調べようとした直後。
何時来たのか分からないが、『TSO』の運営よりお知らせメールが届いていた事に気付く私。
そしてその画面をタップして開いてみる。
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【運営からのお知らせ】
いつも《Trans Sexual Online》をご利用頂き、真に有難う御座います。
本日、〇〇時××分頃、ゲーム内における一部の動作の不具合が確認されました。
原因については只今精査中で御座います。
ご迷惑をお掛け致しますが、正常運営まで今しばらくお待ち下さいませ。
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「不具合かぁ……」
運営からのメッセージを閉じ、日が沈みかけている空を眺める。
よく見ると上空にもノイズの様なものが走っているのが確認出来る。
どれくらいで正常運営に戻るのかは分からないが、とりあえずヅラっちに夕飯を頼む事は出来ないのは確かだろう。
「仕方ないかぁ……。もう一回街に出て、何か食べて来よう……」
溜息を吐きながらも玄関に周り、靴を履く私。
ヅラっちは……まあこのままでも大丈夫だろう。
着地する地面に落とし穴でも掘っておいて悪戯してやろうかとも考えたが、私も子供ではない。
そしてもう一度ガイアの街に繰り出す。
◇
「うわぁ……。見事にNPCはストップしちゃってるねこれ……」
買い物帰りの主婦NPC。
お店を開いて接客中の若いお兄さんNPC。
どこかの家に飼われているのであろう、犬のNPCや猫のNPC……。
それらがみな、不具合で停止してしまっている。
もしかしたら、さっき玄関が開かなかったのも、この不具合が原因なのかも知れない。
ザザーって音、聞こえてたし。
街中は多少ざわついてはいるが、そこまでパニックにはなっていない。
ログインプレイヤーにとったら、これもまたオンラインゲームの一興と捉えている人達も多いのだろう。
「ええと、NPCが開いている店じゃない所は……」
何軒か喫茶店を通り過ぎたが、どれも店員はNPCの店ばかりだ。
ていうか、サービスが始まってまだ数十時間くらいしか経っていないのに、飲食店を経営しているプレイヤーなんているのかしら。
うーん。微妙……。
ドンッ――。
「きゃ!」
「あ! ごめんなさい!」
考え事をしていた私に誰かがぶつかって来た。
そして尻餅を付いてしまった私。
「いてて……。ううん、こっちこそ余所見をしていて――」
差し伸べられた手を掴もうとした瞬間に黙り込む私。
目の前で申し訳無さそうに右手を差し伸べているのは――。
金髪。
ゴスロリ。
背の小さい少女。
「うわ……。お人形さんみたい……」
「え? お、お人形さん……? ぼ、ボクはそんな……」
……ボク?
・・・。
・・・・・・。
……あ、そうか。
ここは『TSしちゃう世界』だったことをすっかり忘れてた。
この不具合の中でも動けるという事は、この子はログインプレイヤーなのだ。
確かに頭上に視線を向けると【ハル】と記載されている。
そして、一見するとゴスロリ美少女に見えるこの子も――。
「貴女、男の子、よね?」
「え? あ、はい。……という事は、お姉さんも男の人ですよね」
「……え? あ、えーと……」
「?」
うん。
どうしよう。
凄く説明するのが面倒臭い……。
『本当は女なんだけどTSして男になったのはいいんだけど可愛い男服とかが無かったからこの際だから女服を買って髪を縛って女の子の格好しちゃっても別にいいんじゃないいいよねだってTSをどう楽しもうとも私の勝手だしね☆』
と説明しても意味が伝わるだろうか……。
「うーん……」
「……あの……えと……マナ、さん?」
尻餅を付いたまま黙って唸っている私に声を掛けるハル。
頭上の表記を見たのだろう。
私の名でそう呼んでくれているのはいいんだけど……。
ぐぅ……。
「あ」「あ」
私のお腹の音でお互いに顔を合わせて、ちょっと笑ってしまった。
だってお腹空いちゃったんだもん。
どうしよう、夕飯……。
「お店、どこもNPCの店ばかりですよね。どうですか? せっかくだし、ボクのお店でご飯を食べませんか?」
「え? いいの? ……ていうか、『お店』?」
この子はもう自分のお店を開いたのだろうか。
一体何のお店なのだろう。
ゴスロリ少女が店主のお店……。
ちょっと興味ある……。
「はい。あ、いや、まだオープンはしていないんですけれど、食材は買い込んであるし……。ミラさんとルーイさんにもご馳走しようかなと思ったんですけど、突然止まっちゃって動かなくなっちゃったから……」
その二人が一体誰なのかは定かでは無いが、恐らくはクロア達と同じくこの街のNPCの住人なのだろう。 という事は、最低でも2人分の夕飯が余っている……?
「……あの。ホント初対面で申し訳無いんですけど……。ご馳走になっても、よかでしょうか……」
ついつい田舎弁になってしまう私。
恐縮するとたまに出る口癖。
まあ、恐縮することがほとんど無いから滅多に出ないんだけど。
「ふふ、もちろんですよ。ボクもまだプレイヤーの知り合いとかいなかったから、その、初めての……お友達……」
「?」
何だかだんだんと声が小さくなっていくハル。
頬を赤らめてモジモジして。
どこかのヅラを被ったモンスターとは大違いで、凄く可愛らしい。
うん。
私、この子、好きかも。
「私も手伝うね。ご馳走になるんだったら、それくらいしないと。お店はどこ?」
「あ、はい! えと、この大通りをずっと先に行った――」
――刹那。
『ログインプレイヤーの皆様にお知らせします』
「え?」「え?」
驚く私達に上空から大きな機械的な声が鳴り響いて来る。
恐らくは運営からのお知らせの続報なのだろうが、どうしてメールじゃ無いんだろう……?
「マナさん……」
「うん。何か重要な案件なのかもね。聞こう、ハルくん」
あたりを見回すと、他のログインプレイヤーも皆、上空を眺めて清聴している。
ざっと見回した限り、20人くらいはいるだろうか。
果たしてどれくらいのログインプレイヤーが、この大きな街に滞在しているのだろう。
『今現在、発生している不具合についての重要なお知らせです。ログインの一時的な過多によりサーバーに負荷か掛かり、一部機能が停止しておりますが、およそ1日を目安に復旧する見込みで御座います』
『復旧』という言葉に、周囲のログインプレイヤー達に安堵が声が漏れる。
「なぁんだ。たった1日で復旧するなら大した事ないじゃん」
「そうですね。良かったです。……安心したらボクもお腹空いてきちゃった」
ぺろっと舌を出し、そう言うハルくん。
うん。
抱きしめちゃおうかな。
『その間、今現在ログインされている皆様におかれましては、ログアウト不可の状況が続きますが、何卒御了承下さいませ。以上、運営からのお知らせでした』
「……うん?」
今、何気なしに聞き流したけれど……。
『ログアウト不可』……?
「……あ、本当ですね。ログアウトのボタンの上に《error》って表記されてます……」
ハルくんの言うとおり、赤い字で《error》と記載されているのを確認する私。
他のログインプレイヤーも確認中なのか、皆一斉にモニターを呼び出しやいのやいのとやっている。
「まあ、でも1日くらいログアウト出来なくても問題――――」
そこで固まってしまう私。
「? どうかしたのですか? マナさん」
顔面蒼白の私に気付いたのか、ハルが心配そうに私の顔を見上げている。
「……あのさ、ハルくん。『1日』ってさ。どっちの1日なのかな……?」
「どっちのって…………あっ」
「……」
「……」
無言で見つめ合う二人。
同じく気付いたのか、遠くの方で騒ぎ出したプレイヤーの集団。
そう――。
この《Trans Sexual Online》の世界は――。
「ま、マナさん……! 取扱説明書を……!」
「う、うん……!」
ハルくんに促され、この世界に降り立った時に一番最初に見た取扱説明書の画面を開く。
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ようこそ。《Trans Sexual Online》の世界へ。
ここは仮想空間です。
あなたはここで自由に生活出来ます。
しかしひとつだけ、条件が御座います。
あなたの性別はこの世界では逆転します。
男性は女性に。
女性は男性に。
願ったことはありませんか?
自身とは違う性別になってみたいと。
それがこの世界では叶います。
この《Trans Sexual Online》の世界は現実の世界とは時間の流れが異なります。
現実世界での1日がこの世界では1年となります。
リアルが多忙でなかなかVRMMOを楽しめない現代人に合わせ作られた仮想空間――。
それがこの《Trans Sexual Online》で御座います。
この世界では独自に作られた【法律】の元で自由きままな生活を送ることが出来ます。
のんびり牧場経営をするもよし。
料理を極めるのもよし。
ダンジョンにもぐって宝を集めたり、倒したモンスターを仲間にするのもよし。
鍛冶屋に武器を持っていって、極限まで鍛え上げて最強の戦士になるもよし。
プレイヤーの数だけ、物語が存在する。
そんな極限まで自由度を高めたVRMMOで御座います。
では、心ゆくまで《Trans Sexual Online》の世界をお楽しみください。
2114.5
《Trans Sexual Online》開発部運営一同
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『この《Trans Sexual Online》の世界は現実の世界とは時間の流れが異なります』
『現実世界での1日がこの世界では1年となります』
現実世界での1日がこの世界では1年となります――――。
「……ハルくん……これって……」
もう、空腹感など吹き飛んでしまった私。
「……はい、マナさん……。たぶん、ボク達は……」
同じく顔面蒼白になるハル。
そう――。
ログアウト不可能なのは、1日なんかじゃない。
現実世界ではたった1日でも、この世界では1年に相当するのだ。
この世界に取り残された私達は、1年間もログアウトが出来ない――?
空を見上げると、やけに赤みを帯びている夕焼けに目を奪われる。
私達はどうなってしまうのだろう。
仮想空間に囚われた、罪の無い囚人――。
それがTSOに取り残された、私達なのだから――。
第一章 ログイン開始 fin.




