018 メリル洋裁店
「・・・」
「……マナ?」
「・・・」
『……固まってますな、ダンナ』
「・・・」
……魔法が……使えない……?
え? どゆこと?
せっかくのファンタジーな世界に飛んできたってのに、魔法が唱えられないの?
え? じゃあ、空をぎゅーんって飛ぶとかも無理?
うそーん。
「これは……相当ショックだったのかな」
クロアが私の眼前で何度も手を振っているが、それどころでは無い。
【無魔法】というのが私に宿っているという事は、【魔法】が一切に私には通用しないという事らしい。
え? じゃあ回復魔法は? 状態異常回復魔法とかは?
パーティ全員が毒状態になって、全体に毒状態を回復する魔法とか掛けても、私だけいつまでもドクドクドクドクしてないといけないの?
うそーん。
え? じゃあ蘇生魔法は? 瀕死になっちゃったらもう私、復活できないの?
老化魔法とかは? おじいちゃんになっちゃったら、ずっとおじいちゃんのままなの?
女言葉で話すオカマのおじいちゃん――。
「マナ? 大丈――」
「誰がオカマのおじいちゃんだああああああああああああああああああ!!!」
ずどーん。
『ダンナ!』
「「「若ぁっ!!」」」
「…………あ」
――そしてクロアは遥か彼方に飛んでいきましたとさ。
◇
「いやほんとごめん」
クロアから借りている借家の一室。
私は全身ボロボロになっているクロアの前で平謝り。
というか良く生きてたなクロア。
「はは、君はホント、不思議な男だよね……。いつつ……」
頭を抑えながらもベッドに横たわるクロア。
傍らでは心配そうに九尾が見上げている。
尻尾が凄く可愛い。
もふもふしたい。
『ギロリ』
……凄い目で九尾に睨まれました……。
「九尾。もう寝る時間だろう? ここはいいから」
『……はい、ダンナ』
クロアの言葉に渋々返事をした九尾は、スッとその場から消えてしまう。
今度あったら尻尾に顔を埋めちゃおう。
うん。
「あ……。いや、ほんとごめんなさい。ちょっと頭の中で暴走しちゃってて……」
もう一度、今度は丁寧に土下座して謝る私。
イケメンに思いっきりアッパーをかましてしまったのだ。
世の女性陣にボコボコにされて火あぶりにされても文句は言えない……。
「もう頭を上げてくれ、マナ。僕の方こそ悪かったよ。君の実力を知りたくて、いつもの『癖』が出てしまって……」
起き上がったクロアは申し訳無さそうにそう言ってくれる。
嗚呼、傷ついたイケメンもまた格好良いですなぁ……。
眼福眼福。
「それと、服も破いてしまって……。弁償させてくれ」
「え? いいの?」
クロアは懐からそっとお金を取り出して私に手渡してくれる。
【2500G】
頭上に表示された金額。
……え?
2500G!
「こんなに? いいの、クロア?」
思ったよりも高額で驚く私。
もしかしたら、イベント報酬なのかも知れないけれど……。
「ああ。君にした仕打ちを考えると、これでもまだ少ない方だよ。本当にすまなかった」
改めて深々と頭を下げるクロア。
嗚呼、もう今すぐに抱きしめてあげたい。
でも我慢よ、マナ。
あんまりVRMMOの世界ではっちゃけちゃうと運営に怒られちゃうだろうから……。
「ここから坂を下りて西に向かうと『洋裁店』があるんだ。僕の知り合いがやっているお店だからそこで服を揃えるといい」
「洋裁店……。うん。行ってみる」
クロアを残し家を出る私。
いま着ているのは彼から借りた上着のコートなのだ。
服を買ったら返さなきゃ。
◇
「いらっしゃいませ~」
借家を出て坂を下り、西に10分ほど向かった先にある洋裁店。
看板には『メリル洋裁店』と書いてあった。
店の奥から出てきたのは――。
「あ、こんにちはー。貴女がメリルさんですか?」
メリル・ハイデルム。
彼女もこの《商業都市ガイア》に住むNPCらしい。
そして何といっても特徴的な尖った耳。
そう。
彼女はエルフ族。
多くの他種族が暮らしているこの町では人間族の次に多いのがエルフ族らしい。
真っ白な清潔感あふれる服を着ていて、好感度は抜群といった感じ。
可愛いなぁ……あの服……。
いちおうクロアの紹介だという事を伝える私。
コートの下のビリビリの上着を見て、すぐに何があったか悟ったのだろう。
同情の眼差しを向けたメリル。
……やはり彼の『戦闘狂』の性格は既にこの街では有名な話らしい……。
「変わってるでしょう、クロアって」
「え? あ、はい。普段は凄く優しいのに、戦いになると豹変して……」
「ふふ、そうなのよ。彼の家系は元々王家で傭兵をやっていたから、その影響かも知れないわよね」
王家で傭兵……。
『元々』ってことは今は現役を退いているって事なんだろうけど……。
・・・。
『戦闘狂な傭兵』って、なんだか凄くいやだな……。
「どれにする? 貴方すごく身体の線が細いから……これとかどうかしら?」
何着か服を手に持ちコーディネートをしてくれるメリル。
「うーん……」
しかしいまいちパッとしない私。
そうか。アレだ。
男性服なんて買ったこと無いし、やっぱ女性ものよりも柄とか種類とかも少ないからだ。
こういう部分はやっぱ女性の方が楽しめるんだろうな。
男性にTSしちゃっていうのもアレなんだけど……。
「あれ……? 貴方……男の人でいいのよね? 声も中性的だし、服の選び方も女性みたいだし……」
「あ、はい。いちおう『今は』男ですけど……」
「?」
「あ、こっちの話です」
小首を傾げるメリル。
VRMMOの世界のNPCに事情を話した所で理解できるはずも無い。
でもどうしよう。
なかなか良い男性服が見つからない……。
「……ねぇ、貴方。顔も女の子っぽいんだし、せっかくだから女性服にしてみない?」
「へ?」
なんだか凄く悪い顔をしているメリル。
そして手に持った男性服をすぐに戻し、大量の女性服を抱えて戻って来る。
……え?
「ほら、これなんか貴方にぴったりだと思うわよ。あ、これも! このスカートとかも凄く可愛いじゃない! ああ! これなんか凄くセクシー……! ほうら、やっぱ女性服の方が断然似合うわよ!」
「あ、あの……」
「ちょっと試着してみましょうよ! ほら、早く!」
「え、あ、え……?」
凄い力で試着室に連れ込まれる私。
なんでこんなに力つよいの。
いちゃい。
腕がいちゃい。
「ほら、この髪留めとかも凄く似合うし、リボンも……うわ、凄く可愛い……!」
「・・・」
「ピアスとかも色々種類があるから試してもいいかしら? ていうか試しちゃう!」
「・・・」
「きゃああ!/// 凄く似合うじゃない! これに合ったコーディネートは――」
「・・・」
なんでこんなにテンション高いんですか、メリルさん……。
男性に女装させる事に興奮を覚えるエルフ族の裁縫店主……。
・・・。
あ、でも気持ちは分からなくもないか。
クロアとかスザン先生が女装してたらと思うと……。
・・・。
・・・・・・。
「///」
「あら? なに顔を赤くして……。……!! 駄目よ! 私には親が決めたフィアンセが――!」
何か勘違いを始めたメリルさん。
いや、あのわたし女ですから……。
「ああん、でもわたしだって親に敷かれたレールを脱したいときだってあるのだし……! でも駄目よ! ああでも背徳的感情が私の心を支配する……! きゃー!///」
「・・・」
あの……私の服選びは……。
その後もきゃーのきゃーのと言いながら、結局数時間はメリルさんの店に拘束された私。
でも悪い子では無い。
ちょっと『腐』な感じもしなくはないが、そういう設定のNPCなのだろう。
そして何着か選んでもらった服やアクセサリーを購入。
しめて【1800G】。
端数はクロアの紹介という事でオマケしてもらった。
そしてその服の全てが――。
――『女性服』であった事は、言うまでも無い。
うん。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
LOGIN TIME/0022:56:12




