011 御曹司
「うわぁ……!」
クロアに連れて来られた古屋敷。
アレだ。
昔の田舎の家みたいな感じ。
というかお庭がめっちゃ広い。
池もあるし、家庭菜園とかも出来そうだ。
「とりあえずここが君の家だ。もっと新しい母屋もあるんだけど――」
「ううん! ここで良い! 私、気に入った!」
さっそく縁側から履物を脱ぎ、中へと入る。
そして畳の部屋に寝転がる。
うわ、田舎に帰ってきたみたい。
綺麗にお掃除されてるし、めっちゃ気分は最高。
「はは、気に入って貰えて何よりだよ」
畳をゴロゴロと転がる私を見て嬉しそうに縁側に座るクロア。
嗚呼……絵になるなぁ……。
「そうだ、マナ。これから少し付き合って貰えるかい?」
「え……?」
いきなりの愛の告白……!
私は飛び起き正座の姿勢になる。
どうしよう……!
お母さん……! 私とうとう殿方からプロポーズを――。
「そこの坂を上った所に道場があるんだ。僕の家はそこで剣術を教えているのさ」
「……うん?」
剣術……?
はて、なんの事……?
「君と一度、手合わせ願いたいと思って。ほら、君、強そうだし」
「あー……」
そういう事……。
正座の姿勢から畳に崩れるように倒れ込む私。
そしてそっと涙を拭く。
うん。
まあ、人生なんてこんなものだ。
「どうだい? 敷地の見学ついでに」
「……はい……喜んで……」
「?」
小首を傾げるクロアの姿がまた眩しい。
私は遠い目をしながらも立ち上がり、クロアの元へと歩む。
「なんだか良く分からないけれど……じゃあ、行こうか」
クロアの先導のもと、私は玄関から表に出、すぐ裏の坂を上って行く。
◇
ホント、ここは実家の田舎にそっくりな雰囲気だ。
どこの家も大きく、昔ながらの建築方式で建物が立っている。
現実世界ではほとんど見ることも無くなった木造の母屋。
「ねえ、クロア。もしかしてここら辺の家は全部……」
「ああ。エクスフィールド家の持ち家だよ」
「? エクス……なに?」
「うん? ああ、ごめんごめん。僕の名前はクロア・エクスフィールドって言うんだ。そういえば自己紹介がまだったったけ」
ちょろっと舌を出しそういうクロア。
その舌、しゃぶりついても良いですか。
「君は『マナ』で良いんだよね。男性なのに珍しい名前だよね」
「……変……かな」
「いいや。凄く良い名だよ」
……。
これだからイケメンは困る。
サラっと爽やかにこちらがドキっとしちゃう事を平気でおっしゃる。
うん。
押し倒してもいいですか。
それから数分ほど坂を上ったその先に現れたのは、物凄く大きな道場。
掛け声が聞こえて来るのは、ちょうど門下生が訓練中だからなのだろうか。
ていうか――。
「え? クロアって御曹司か何かなの?」
今更ながらに『エクスフィールド家』という言葉が脳内に木霊する。
さっきの『舌ちょろ』に心を奪われてスルーしてしまっていたけど……。
「御曹司……かどうかは分からないけれど、まあ、ここら一帯の土地は僕のお爺様のものだけど……」
「それを御曹司って言うのでは無いでしょうかね……」
「そうなの?」
「あ、いや、分かんないけど」
イケメン。
御曹司。
そして優しい性格。
うん。
こいつは……うん。
私の心になにやらどす黒い計算式が――。
女って、怖いね――。
◇
「あ、若!」
「お疲れ様です、若!」
訓練中だった門下生らしき男共が次々とクロアに挨拶をする。
ていうか若……。
やっぱ御曹司なんじゃん!
「悪いね。ちょっと道場を使わせて貰えるかな」
「若……。そちらのお方は……?」
皆の視線が私に集まる。
どうしよう。
『恋人です』って言っちゃおうか。
多分、わたし殺されるかもしんないけど……。
「ちょっと街に買い物に出ているときに怪我をさせてしまってね。スザン先生の所で見てもらった後、うちの屋敷に泊まって貰える事になって――」
それとなく簡易的に説明をしてくれるクロア。
まあ、別にどこも怪我なんてしていないのだけれど、流れ的にそうなってしまっているので仕方が無い。
「冒険者の方ですな。ということは、若の『悪い癖』が出たという訳ですね」
「ああ、そういう事か。確かに、そこのお方なら若のお眼鏡に適いそうだし……」
うん?
悪い、癖――?
「まあ、そんな感じかな。皆はもう上がってくれるか」
クロアの一言で、それぞれ胴着やら竹刀やらを担いで散り散りになっていく門下生達。
なんだろう。
もんの凄く嫌な予感が――。
そしてあっという間に2人っきりの空間に。
「……あの」
冷や汗が額を流れ落ちる。
なんだろう。
空気がちょっと――。
「……さあ、始めようか、マナ」
「う……」
振り向いたクロアは真剣そのものの表情になっている。
いやいやいや。
え? 軽く手合わせするだけじゃないの?
「九尾」
『はいダンナ』
私をスザン先生の所まで運んでくれたキツネ型のモンスターが音も無く現れる。
そして口に咥えているもの――。
え――?
「これが僕の得物さ。《和光侍雷阿》。さあ、君も抜くんだ」
キツネから長い刀を受け取るクロア。
いやいやいや。
何その禍々しい紫色の霧? みたいな物を纏っている刀。
え?
それ確実に妖刀なんじゃないの?
大丈夫か。
「あの」
「真剣勝負と行こうじゃないか。君の力、是非とも見てみたい」
「いや、だから、あの」
「あの時、君を担いだ時にすぐに分かったよ。君は、強い。その強さ、僕に見せてくれないか」
……駄目だ。
完全に私の話を聞いていない。
『悪い癖』?
『若のお眼鏡に適う』?
あれ――?
もしかしてクロアって――。
「ふふ、楽しみだ……。こんなに僕の血が騒ぐなんて……君も罪な男だね」
「・・・」
このイケメン御曹司は――。
――優しい顔に似合わず、『戦闘狂』だったのです。
…………うん。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
LOGIN TIME/0015:09:07