008 火あぶり
森を抜け荒原へと出る。
東の方角を向くと確かにうっすらと街並みが確認出来る。
「あとどれくらい歩けば着くんだろう……」
結構足も疲れて来たし、休憩しようか。
でもお腹も空いて来た。
この仮想空間では現実世界と同じく五感も再現されているのだ。
身体の痛みなどはだいぶ軽減されているみたいだが、味覚や嗅覚にはさほど変化は無い様に感じる。
「くんくん……。あれ? 何か良い匂いがする……」
ちょうど街の方角から香ばしい匂いが漂って来ている。
何の匂いだろう、これ。
どこか懐かしい感じがする匂い……。
「……行ってみよう。もしかしたら誰かが料理とかしているのかも知れないし……」
意を決した私は匂いのする方角へと歩を進める。
途中、ぐぅとお腹が鳴ってしまった。
こんな細かい所まで再現されるなんて……。
数十分ほど荒野を進むと、農場のような場所に到着した。
「……誰かいるのかな……」
既にログインを開始してから数時間は経過している。
他のプレイヤーがさっそく農場を作って農作物を栽培している可能性も十分に考えられる。
ようやく人に会えるのかな……。
それにしても良い匂い――。
『やめろ!』
「え――」
急に叫び声が聞こえて来て私は緊張する。
シルバーナイフをギュッと握り、声のする方へと向かう。
『熱い! 身体が燃える! やめろ! やめてくれ!』
これは……緊急事態かもしれない。
燃える? 誰か火あぶりにでもされているのだろうか?
私の額に冷や汗が流れる。
『ちょ、醤油はもう勘弁してくれ! ちべた! 熱い! くっそ、香ばしい!』
「・・・」
そして私はその光景を見て驚愕する。
とうもろこしのモンスターが……丸焼きにされている?
『だってお前が悪いだろう! 見てみろ! 俺の後頭部を! 地肌が見えちまってるだろ!』
もう一匹のとうもろこしのモンスターが自身の後頭部を見せつけ叫ぶ。
確かに3、4粒くらいコーンが剥がれているけれど……。
ていうか、なにしてんの。
『それはちょっとした悪戯心だろう! ほら、結構流行ってるじゃねぇかよ! 頭の一部分だけスキンヘッドにするやつとか! てか熱い! 香ばしい!』
『てめぇふざけんじゃねぇよ! 誰もそんなエキセントリックな髪型なんて頼んでねぇよ! 普通にカットしてくれって頼んだだろ!』
『お、ちょ! もう醤油はいいだろ! ぶっ! 顔はやめて! 顔に醤油はやめて! 熱い! 焦げてる!』
「・・・」
香ばしい香りが漂っていた理由はこれか。
仲間割れ?
というかとうもろこしのモンスターが美容師でもやっているのだろうか?
一体どんな設定なんだ、このVRMMOの世界は……。
『あ、おい! ニンゲンが来たぞ! とりあえず下ろそう! 俺に焼きを入れるのはそのあとで!』
『てめぇ……。上手いこと言って逃げる気じゃねぇだろうな……』
『逃げない逃げない! てか焦げてるって! いやマジ焦げてるから! 香ばしいから!』
何だかよく分からないが、窮地を脱した様子の一匹のとうもろこしのモンスター。
私はいつもの如く、奴らのステータスを確認する。
【NAME】とうもころし【HP】20/750【性格】どんかん
とうもころし……。
うん、まあそこはいいや。
てか焼かれて死にかけてるし。
大丈夫か。
「えと、こんにちは」
『え? あ、どうも。良い天気ですね』
『おい! なにご近所さんに挨拶するみたいに返事してんだよお前!』
『いて! 殴るこたぁ無いだろ!』
【NAME】とうもころし【HP】10/750【性格】どんかん
あ、HPが10減った。
もうほぼ瀕死じゃん。
大丈夫か。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが」
『はい、なんでしょう』
『はい、なんでし――俺に聞いただろいま! お前答えんなよ!』
『あ――』
もう一度小突かれ、残りのHPも削られてしまった焼きとうもころし。
ボンっと音を立てて消滅し、ドロップアイテムが出現する。
「・・・」
『・・・』
無言の時間が流れる。
なんだろう。
凄くいたたまれないこの感覚……。
そして小突いた方のとうもころしはおもむろにドロップアイテムを拾い。
無理に作った笑顔で私を振り返り、こう言った。
『……あの…………食べます? 焼きとうもころし』
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
LOGIN TIME/0005:58:43




