第五話〜悪魔と天使と幼馴染〜
朝。今日の季節は冬。
キンキンと冷えた空気が布団から出るのを拒ませる。でも出ないといけない。このまま入っていると、今日1日布団から出れなくなってしまう気がするから。
悪魔と天使が家に来てから、初めての朝。
家に2人も新たなる住人が増えたのだから、そこそこうるさくなるものだと思っていたのだが。
今日の朝はやけに静かだ。妙だとは思ったが顔を洗うにも一階の洗面所に行くために階段に向かった。
俺はぼさぼさの黒髪を掻きながら階段を降りて行く。
「おはよう。バンシー、ソフィエル・・・・あれ?」
リビングの中央にあるテーブルにバンシーとソフィエル。そしてもうひとり少女がひとり。
肩に少しかかるほどの赤みがかったオレンジ色の髪。黒すぎず白すぎない程よい肌色の健康的な肌。服の赤い裾からちょこんと見える指は絹の白糸のようにきめ細やかだ。
女性特有の発育は他の同性たちが羨むほどの大きさ。蒼い海のように深い輝きを持ったたれ目がかった大きな瞳。その瞳に合う緑色を縁取っためがねが彼女の頭脳の高さを表している。
彼女の名前は朝倉さくら。俺の幼馴染だ。
幼馴染と言っても桜は5歳のころに近所に引っ越してきたので、俺とは5歳からの幼馴染関係だ。
「あ、おはよう真ちゃん。とりあえず座ってくれるかな?」
さくらの頬がぴくぴくしている。何やらご立腹のようで。
俺はさくらが怒ると怖いのを知っているのでさくらの言葉にすぐに反応し、バンシーの隣に座った。
「さ、さくらどうしてここに?」
さくらは黙って壁に張ってあるカレンダーに指さした。
今日の日付は・・・・あ。
13の数字を囲うように赤いペンで丸付けされていた。その横に小さく『真ちゃんのご飯を作りに行く日』と書かれていた。
ちなみにカレンダーといっても1から30の数字が書かれているだけ。ここじゃ季節がでたらめだから、暦が決められない。
だから1から30の日にちを何度も何度も繰り替えすようになった。
「きょ、今日だっけ?さくらが来る日って?」
「そうだよ」
さくらの顔は笑っているが瞳の奥から微かに見える何かが俺を捉えていた。
「で、真ちゃん。この子たちは誰?」
さくらが笑顔で俺に尋ねる。
「子!?」
バンシーがさくらの、子という言葉に、バンシーの沸点が一気にあがった。
「な、なん―――」
「し、親戚の子だよ。親戚の」
俺はバンシーが何かを言うまえに言葉を遮り、バンシーたちを親戚ということにした。
俺の言い訳にさくらは首を傾げる。
「親戚・・?
親戚って真ちゃんの?」
「そう。そうそう、親戚。うん」
俺の見苦しすぎる言い訳をさくらが本当のことと勘違いしてくれるのを期待し、願う。
さくらはバンシーとソフィエルを交互に見つめ、それを何度か繰り返し、頷いた。
「分かったよ、この子たちは真ちゃんの親戚の子なんだね」
ふうと安堵。
さくらが頷いてくれて俺はホッとした。
バンシーの体がプルプルと震えてきた。
やばい、嫌な予感がする。
俺は本能でそれを感じた。俺は頭の中をこの考えでいっぱいにした。
(余計なことを言うな、余計なことを言うな)
ただ、それだけを考え、バンシーに伝えた。
バンシーの赤い瞳が俺をギロッっと睨みつける。怖いのは怖いがさくらを面倒ごとに巻き込むのはごめんだ。
(お前が子供じゃないのは俺が認めるから、今、さくらに余計なことを言うな。悪魔だったらそれぐらい自重しろ)
俺の言い分にバンシーは不満足気な顔をしながらも軽く頷いてくれた。
ふたたび安堵。
するとさくらはピンク色のかばんから赤いエプロンを出して身に付け始めた。
「じゃ、真ちゃん。ご飯作ってあげるね。
バンシーちゃんとソフィエルちゃんの分も作ってあげるからね」
もうさくらの中ではバンシーとソフィエルは俺の親戚の子供になっているようだ。
「私のことはバンシーでいいわ」
「僕のことはソフィーでいいわよ。あ、真くんもソフィーでいいからね」
「分かった。バンシーにソフィーね」
何とか丸く収まったか?
さくらは台所に向かい、手を洗って冷蔵庫から昨日桜が入れておいた食材を何種類か出し始めた。
「真ちゃん。朝だし、軽いものがいいよね?」
「ああ。簡単なもんでいいぜ。俺は顔洗ってくるわ」
俺は顔を洗うために洗面所に向かった。
「あ、真くーん。僕も一緒にいくよ」
俺の後ろにソフィーが付いてきた。
冬の冷たい空気にキンキンに冷えた水が肌にしみる。
「さ、寒っ・・
だから冬は嫌なんだよな」
「はい、真くんタオル」
ソフィーが白いタオルを差し出してきた。
「さんきゅ」
俺はそれを受け取り、濡れた肌をくしゃくしゃ拭き始めた。
「・・・あ・・ん」
ソフィーが俺を何度か、ちら見してきた。俺はそれを気づかないふりをする。
言いたいことがあるなら自分の口で言えばいいのに。
顔を拭き終わったタオルをかごに入れ、洗面所を出て行こうとする。
するとソフィーが俺の腕を掴んだ。昨日みたいに元気よくという感じではなく、どこかしおらしい感じで。
「な、何だよ?」
俺はソフィーの少し女の子っぽいその仕草に少しドキっとしてしまう。
ソフィーは黄色い瞳を上目使いで俺を見つめ、また顔を伏せ。その繰り返しを何度繰り返したか、顔を伏せているときに息を吸い込む音が聞こえた。
「・・・なんでもない」
また顔を伏せ黙った。
ソフィーは一体俺に何を言いたかったのだろうか?それとも何も言う気はなかったか。
ソフィーは俺の顔を見ないままリビングの方へと向かっていて、もうそれを確認することは出来ない。
ただ、ひとつわかることがある。
それは、俺が知っている馬鹿で単細胞で明るいソフィーとは全然違う女の子だった。
「はいっ」
とテーブルの上に差し出される料理はこんがりと焼かれていい匂いが漂う焼き魚、漬物は3種類。味噌のいい匂いがする味噌汁。湯気がたち熱々のご飯。そしてその横には卵と納豆と海苔。
これだけを見るととても簡単そうなのだが、1品1品がとても丁寧に盛り付けがされていてどこかの料亭の朝食という感じだ。
さくらは俺のところに皿を並べた後、バンシー、ソフィーという順番で並べてさくらはエプロンを外して俺の隣に座った。
「じゃ、真ちゃん。どうぞ召し上がれ」
「おう。じゃ、いただきます」
まずは炊きたてのご飯を口に頬張ってみる。米を噛んでみると米の一粒一粒がとても甘いということがわかる。ここまで甘いと今度は塩気が欲しくなる。今度は味噌汁を口に流し込む。適度な塩気が口の中に広がる。
今度は漬物。シャキシャキとした歯ごたえが柔らかいご飯にとてもよく合う。
「今日のご飯はどう真ちゃん?」
さくらが顔を覗き込みながら俺に聞いてくる。そんなさくらの顔も最近ではほとんど毎日見るようになった。
最近ではさくらは毎日俺の家に朝食を作り来る。別に迷惑ということはない。ただ―――
さくら自身が迷惑ではないのだろうか。こんな俺ひとりのために飯を作りにくるのはどうだろう。こんな日が続いたのにも俺の安易な一言から始まった。
それは本当に何気ない一言だった。さくらがたまたま家に来ていて腹が減っていた俺に飯を作ってくれて、それが凄く旨くて『これ、旨いな』って。
別に普通の言葉だったと思う。でもさくらは凄く顔を赤くして『だったら真ちゃんの朝ごはんは私が作ってあげるねっ』って。
それからほとんど毎日飯を作りに来てくれるようになった。
「のろけ?」
俺の考えていることをバンシーに読まれ俺は顔を赤くしていく。別にのろけているわけじゃないのだが、何だか気恥ずかしくなり顔を赤くしてしまった。
バンシーは俺の考えを読めるのだからこれがのろけじゃないことぐらい分かるのだろうが俺をからかうためにワザとのろけと聞いてきた。
バンシーのペースにはまってしまってはもうどうしようもない。
「馬鹿! ち、ち、ち、ちげーよ!!」
俺は少し声がどもってしまったが違うという言葉を最後まで言えたことに安心した。
「ふーん・・」
バンシーはそんな俺を見ながら少し嘲笑気味に俺を笑った。
俺はこれ以上墓穴を掘るのは嫌と思い目の前にある飯をかきこんだ。