第四話〜悪魔の杞憂〜
この話には軽く血という言葉があります。
苦手な方は気をつけてくださいね。
俺は手をひかれ、どんどんと先へと行く。
歩くとか走るとかなら普通だ。
飛んでる。
俺はバンシーとソフィエルに手を引かれて空を飛んでいる。
神界というのは神隠しなどで人間が迷いこんでくることがあるらしい。
おそらく、俺もそうだろう。
しかし、帰るとなると神隠しでも帰れないらしい。
帰る条件は“空を飛ぶこと”らしい。
無論、俺は空なんか飛べない。
よってこの状況。
飛行機でいう左翼をバンシーがし、右翼をソフィエルがしてバランスを取りながら空を飛んでいる。
その高さは雲に手が届いてしまいそうな距離。
家やビルなどがジオラマに見えてしまう。
「も、もう街だろ!
降ろしてくれよ!!」
俺の肌には冷や汗がべっとりと付いて自分で触るのは嫌なほどだ。
それでもバンシーとソフィエルは俺を落としてはいけないと思っていてくれるのか、しっかりと俺の腕を掴んでくれている。
そこにはもの凄く感謝している。
「あんたん家ってどこ?」
バンシーが空を飛びながら俺に聞いてくる。
俺はバンシーの言葉に自分の家を探してみる。
しかし、こんなに高いとほとんどの家が同じに見えてしまいどれが俺の家かどうかわからない。
「もう少し低く飛んでくれねえとわかんねえよ」
「こう?」
俺の体急降下!!
こんな高さを急降下したのは生まれて初めてだ。
急降下することにより発生する俺の体に対してのものすごい風。
防具を何一つ装備していないから、目がもの凄く痛い。
コンタクトをしている人は防具なしではバイクに乗れないそうだが、やっとその理由がわかった。
こんなのに耐えられる人間は存在しない。
「痛い!痛い!!ゆっくり飛べ!!」
「もう、わがままなんだから」
バンシーがそうぼやく。
わがままとかそういう問題じゃないと思うんだがな。
それは口にしない。
バンシーは心を読んでしまうから仕方ないが、ソフィエルがどう思うかだな。
ん?
俺が下を見てみると、大きな長方形型の機械が見えた。
その周りには春に咲く花、タンポポやナノハナが小さく見えた。
その大きな機械は空調を調節できる“エアース”だと確認できた。
「おい、バンシー。ソフィエル。
もう家は近くだ。ここで降ろしてくれ」
「わかった」
バンシーとソフィエルは俺の言葉にゆっくりと俺を地面まで降ろしてくれた。
俺が降り立ったところは、ノウルシ公園のようだ。
「ここってどこなの真くん?」
ソフィエルが俺に尋ねてくる。
俺は久しぶりにここに来て、少し懐かしさもあり、周りをしばらく見た後にソフィエルの問いに答えた。
「ここはノウルシ公園だ。
俺の家の近くにある公園だ。久しぶりにここに来たな」
「何で街なのに植物が育ってるの?」
バンシーが公園に育っている植物に指さしながら俺に不思議そうな顔をして尋ねてきた。
俺も実際のところ詳しくわ知らない。
エアースが出来たのは俺が生まれてくる前だから、それはもうあって当然のものなんだ。
俺が何と答えるか悩んでいると、公園の大きな時計が目に入った。
時間は俺が帰る時間とほとんど変わっていなかった。
俺が神界にいた時間は少なくても30分はあったはずだ。歩いていた時間も30分。合計1時間。
時間が5分ほどしか変わっていないことに俺は驚いていた。
「あ、ああ。時間?」
バンシーは俺の考えを読んだのか、俺の疑問に答えた。
「あっちの時間とこっちの時間じゃ全然違うのよ。
それに、時間なんて悪魔と天使には必要ないもの。気にしたことなんかないわね」
面白くなさそうにバンシーは話す。
が、俺たち人間にとって時間は季節よりも大切なものだ。
朝起き、夜寝る。そのリズムを調節するための時間。それが悪魔たちには必要ないものなのか。
俺は改めて悪魔を知った気がする。
「まあいいわ。
それよりも早くあんたん家に行きましょうよ。近くなんでしょ?」
「あ、ああ。俺の家はこの公園のすぐ近くだ」
「それじゃ早く行きましょう」
ソフィエルが俺の手を取り、走りだした。
ソフィエルたちの力は男とほとんど変わらないため、俺は引きずられているかのようだった。
「あれ・・・真ちゃん?」
影から少女の声がしたが、真たちは気づくことはなかった。
「気のせいかな?」
少女は気のせいだと思い、その場を離れていった。
俺がソフィエルに連れまわされて数分。やっとのことで自宅に着いた。
「こ、こんなに疲れたのは生まれて・・・は、初めてだ」
俺は自宅の前まで来ると疲れがどっと湧き出てきた。
「だらしないわね。こんなんで疲れて。
はいはい。早く家に入りましょう」
バンシーは俺の疲れなんか軽く無視して、家に入ろうと俺をせかす。
俺は家の鍵をポケットから漁り、取り出した後家のドアの鍵穴に差し込みドアを開けた。
ここから最初になるわけだ。
俺、回想ごくろうさん。
バンシーは家のリビングの上にどかんと座っている。
ソフィエルは少し遠慮するかのようにちょこんと座っている。
ソフィエルの方が客としては正しい。
「お前も少しはソフィエルを見習え。お前は居候なんだからな」
俺がバンシーにそういうとバンシーは俺の横をすーっと素通りして2階へとあがっていった。
「おいおい。どこに行くんだ。
そっちには俺の部屋が!」
バンシーは後ろ手に手を振りながら階段を昇りながら俺にこう言った。
「分かってるわよ。
だから昇るのよ」
バンシーはそういいながらどんどんと階段を昇っていく。
見られて困るものなど何もないが、女の子を自分の部屋に入れるのは少し気恥ずかしい。
俺はバンシーの横をむりやり通り、バンシーの行く手を阻んだ。
「だから見るなって」
「いいじゃない。
私と真の仲なんだし」
「どんな仲だ」
俺とバンシーは今日、いや、さっき会ったばかりだ。
時間にして数分。そんな短い時間で深い仲になるわけがない。
「あっ!」
俺が少し考えている間にバンシーは、俺の脇をするするっと蛇のように抜けていった。
「お邪魔しまーす」
そう言いバンシーは俺の部屋のドアを開いた。
俺はすぐにバンシーの後を追った。
俺の部屋は、部屋の隅の窓の傍に男一人分は余裕で寝ることのできる青いシーツに包まれたベッドに、そのベッドの横に使う予定もない勉強机。
そして、そのベッドの向かい側にはずらっと本が詰めこめられている本棚。本の種類は漫画がほとんどだ。
バンシーは本棚の横に無造作に置かれている赤い布に包まれている棒状のものを触ろうとしていた。
「触るな!!!」
俺は意識せずに叫んでいた。
俺はまだこだわっているのか。アレに。ただ、怖いだけなのに。
俺の叫び声にバンシーは、触ろうとした手を引っ込め、
「ご、ごめん」
肩をすくめながら俺に謝った。
俺ははっとして、バンシーに何を言ったのかを思い出しすぐにこう続けた。
「お、俺の方こそごめん。急に怒鳴ったりして。
ちょっと下に行っててくれないか?」
「う、うん」
バンシーはそそくさと部屋を出て行った。
俺はバンシーが階段を降りきるのを見届けると部屋のドアを閉めた。
そしてバンシーが触ろうとした赤い布に包まれたものを取り出した。
布に包まれていたものは、傷だらけの木刀だった。
その傷は少し古びていてもう何年も木刀に触っていないことが分かる。
俺は木刀の傷を指でなぞる。傷に沿い指を滑らせる。
木刀の傷跡の木の屑が俺の指から血を出す。
でも、痛くない。痛いと思わない。
赤い血はただ流れる。それが強い者だろうと弱い者だろうと。傷がつけば流れる。
俺は妙な考えを消すために木刀を赤い布に戻し、部屋の明かりを消して部屋を出て行った。
リビングに戻った後、俺はバンシーとソフィエルの寝床をどこにするかを話した。
「じゃあ、バンシーとソフィエルはこの空き部屋を使ってくれ。
他に必要なものとかあったら言ってくれ。用意できるものだったら用意するから」
ここは、元々俺の両親が使っていた部屋だからふたり分のスペースは余裕である。
「えっ」
バンシーは心を読める。隠し事なんて意味のないことだった。
俺はふたりの顔を見ないように顔を背けて髪をぼりぼりと右手で掻きながら、少しおどけるように話した。
「いや・・・なんだ。
俺の両親・・・ふたりとも死んじゃってさ。なははは・・・」
「そう・・・なんだ」
バンシーの顔がうつむく。
何でバンシーは悲しそうなんだ?
俺だって悲しいわけじゃない。もう両親が死んで数年が経った。いい加減吹っ切れなきゃいけないんだから。
「ま、そういうわけだから。
じゃ、仲良く寝ろよ」
俺は扉を閉めて部屋から出て行った。
「お休みなさーい。真くん」
扉を閉める直前にソフィエルの声が聞こえた。
俺は腹が減っていたが今日はもう疲れたと思い、そのまま自分の部屋に向かい寝ることにした。
自分の部屋に入るとベッドに向かいうつ伏せにダイブした。
ギシっと、ベッドが軋む音が聞こえた。
今日はいろんなことがあった。
悪魔、天使に魔王。こんな1日で非現実なやつらに3人と会った。
世界を知った。断片ではあるが、俺は世界を少し知った。
箱庭。信じたくはないが箱庭。この世界は箱庭だそうだ。
大天使がいれば世界は元に戻るそうだ。箱庭でもなくなる。
このことは悪魔と天使に任せておけばいいだろう。俺は何もせず、ただ傍観していれば。
瞼が急に重くなってきた。安心したのか、考え疲れたのか。この際どっちでも構わない。
俺はこの眠気に逆らおうとはせず、ゆっくり、ゆっくりと瞼を閉じていき、そのまま眠りについた。