第十七話〜右こぶしと左こぶしと契約〜
何だか妙な雰囲気になりだしたのだが、その雰囲気が崩されるのは以外にも早かった。その原因となったのが決められた定時に毎回なる電子音だった。
「お、そろそろ戻らないとな、じゃ・・行こうか愛彩」
「そうですね」
名前を呼び捨てにしあうのは様は慣れの問題。ここまで違和感が少なく愛彩の名前を愛彩と呼べたのはなぜなのだろうか? 俺に何か愛彩に対する特別な感情があったということなのだろうか?
それはそれで悪くはないと思う。でも、どうしてだろう。愛彩が俺のことを真さんと呼んだとき、俺は少し感情が高ぶるのを感じた。それは心地よくて、ドキドキして、胸を締め付けられるような感覚だった。
まるで恋をしたようだった。一世に一度出来るかどうかの大きな恋を―――
俺たちが戻った頃には授業は始まっていて、教師にこっ酷く怒られている中、俺はクラスの男どもの突き刺す・・・・いや、刺し殺すほどの殺意の満ちた視線を浴びせられていた。その中にはさくらの視線も混ざっていた。
授業が終わり、次の授業が終わるまでの少しだけの短い休み時間のときにそのことを尋ねても『知らないっ!』と一蹴するだけで俺の話を聞く雰囲気さえ感じさせてくれなかった。また、俺何かしたっけか? うーん、分からん。
「そんなわけがないだろう? 我が永遠の友ザ、フジよ」
何か嫌な声が耳元から聞こえるが、きっと気のせいだから無視しよう。うん、そうしよう。
「おい、聞いとんのかー? はははっ、そんなわけがないであろう。フジも気が付いているのであろう。なあフジ。大事なことだから思わず2回言ってしまったぞ」
「次の授業は国語・・・か。用意しないとな」
「・・・そう来んねんな・・。
・・・お、せや」
後ろで何回かの咳き込みの音が聞こえた。それでも俺は無視を続けた。
「・・・藤堂くん」
後ろから愛彩の声が聞こえた。
俺は思わず振り返る。
そこにあったのは憎たらしくにまりと笑う和也の顔があった。
「藤堂くん。私のこと好き・・なんだよね・・さくらさんと私・・どっちが好き?」
こいつの特技・・声真似だった。
「え、私! くすくす・・・じゃ、・・両思い・・・だねっ」
いつまでも愛彩の声真似を止めようとしない和也。俺は右こぶしを強く握ると、そのままこぶしを天に掲げるように、和也の顎に入るように右アッパーを入れた。
「どぐふぁ!」
和也の体が宙に浮き、そのまま天井に突き刺さった。
「そのまま反省してろ」
「酷いではないか? フジが俺の話を聞かんのが悪いやろが」
和也の顔は驚くほど無傷だった。
はあと俺はこれ以上の無視は無理と判断し、和也の話を聞くことにした。
「で、何だよ?」
「何って決まっとるやろ? 転校生氷上愛彩のことや。
何してたんや? 2人きりで、や」
「別に何もしてない。ただ話をしていただけだ」
そう、ただ話をしていただけだ。ただあまり人には話せないような話をだが。
まあ話をもし誰かに聞かれたとしても、まず信じない。もしくはおかしな奴らと思われるのがオチのくだらない話だ。
「まあ、言いたくないというならそれも仕方ない。
せやけど・・・な」
和也は眼鏡に指を当て眼鏡のズレを直し、俺に向かい人差し指を顔に指しこう言った。
「あんま、心配させんな。特に彼女、さくらや。お前の知ってるさくらの性格を考え」
俺は和也の後ろに見えるさくらの表情を伺ってみる。多少の不満の表情の中に少しだけ不安の表情が見えた。
さくらの・・・性格。自分のことになるともの凄く弱い。
でも俺に対する心配が半端じゃなかった。昔はもの凄く弱かったさくらだが、俺が一度だけ家に帰るのが遅くなったとき、さくらは街中を走り周ったそうだ。足はもの凄く痛いはずなのに、その足に自分で鞭を入れるようなことも容易くしちゃうやつだ。
もし、さくらが俺のために低級悪魔なんて化け物に道を閉ざされてしまったと考えると、俺は酷く後悔するに違いない。
さくらが無茶をしてしまう。そんなことは絶対だめだ。和也が忠告してくれなかったら、俺は何も気がつかなかっただろう。こいつは時々恐ろしく頼もしい。
「・・・そうだな。ああ」
俺は右こぶしを和也の前に掲げた。和也はこの意図に気づき、左こぶしを俺の右こぶしに衝突させる。
昔俺たちが決めた契約。これをするときは死んでも約束を守ること。そういう約束。
「これをやったからには約束は守ってもらうで、ええな」
再度釘を刺す和也。
「ああ」
俺はその釘を心に深く刺し込んだ。二度と忘れないように―――