第十六話〜人間の言葉の矛盾〜
これから授業ということもあり、昨日の話は昼にふたりきりで話すことにした。
俺もなぜ氷上があんなことになっていたのか少し気になるし。
氷上は授業が終わった合間などにまた質問攻めに遭いそれを律儀に全て答えていた。
そして何の変化もなく昼になった。
俺と氷上は教室を抜け出し屋上へ向かった。
屋上は生徒立ち入り禁止なので人もあまりいない。
ここで昨日のことを話すことにした。
俺は何から話そうかと悩んだ。
だがやはり一番の気になったことを最初に聞こう。それが一番妥当だろう。
「氷上は何であんなことになってたんだ?」
俺がそう聞くと氷上は首を横に振った。
「え? 分からないのか?」
「はい。
急に後ろから腕を掴まれて、あそこに連れられて・・・」
「そうか・・・」
話を聞くかぎり、氷上に非があるわけではない。
ということは低級悪魔は無差別に人を襲うのか?
だったらそんな危ないやつらを野放しにしておくわけにもいかないな。
だが俺に一体何が出来る?
あの時はバンシーがいたからあの男に勝てたんだ。
あの男は鉄パイプを振りかざしてもまるで効いてなかった。
俺がひとり喉を唸っていると、
「あの・・」
氷上の細い声が聞こえた。
俺ははっとして氷上の顔を見上げた。
「何だ?」
氷上は俺から視線だけずらし、もう一度視線を俺に合わせるなどと落ち着かない感じだった。
俺は氷上の言葉を黙って待った。
そして決心が付いたのか氷上は俺にこう尋ねてきた。
「藤堂さんはどうして私のこと助けてくれたんですか?」
俺はその質問にどう答えようか悩んだ。
はっきり言ってはっきりとした理由なんてなかった。
俺は昔からこうだ。
女の子がいじめられてたら、女の子をいじめているやつがどんな大男だろうと、どんな悪がきだろうとつい手が出る。
さくらが言うには俺は頭に血が上りやすいんだそうだ。
さくらも昔はいじめられていて、いつも俺が助けていた。
和也が言うにはそれが普通だと。
和也も俺と同じ人種らしく、手が出るらしい。
まあ、あいつはそうだろうな。
・・・・伊織が死んでからは・・・特に・・な。
「理由はあんまない。
助けてって言っただろ? だからってのはだめか?」
俺がそう言うと氷上は悲しそうに俯いた。
俺は慌てて氷上の様子を伺う。
「ど、どうしたんだよ?」
「・・・い」
氷上は何かを呟いた。
「え?」
俺は声を聞き取れずに聞き返す。
「・・ごめんなさい」
今度ははっきりと聞こえた。
氷上は悲しそうな顔でごめんなさいと言ったんだ。
「な、何で謝るんだよ?」
「だって・・私があなたに助けを求めたから・・
あなたは私を助けないといけなくなって。
こんなに・・・怪我をして・・」
そう言い氷上は絆創膏の貼ってあるところを掠めるように指でなぞった。
「あ、いや、別にそういうわけじゃ!
お前が悪いわけじゃないだろ? な?」
「でも・・」
氷上の顔がどんどん暗くなっていくのが分かる。
似てたから。
誰に似てるのかは分からない。でもこういう時どうすればいいのかは分かる。
俺は顔がどんどん沈んでいる氷上の両肩をがしっと男同士で握手をするときみたいに強く掴んだ。
「・・愛彩! お前は悪くない! 悪いのは全部あの男!
お前が気にするっていうなら俺はお前を赦さない。
お前は気にするな! な!」
「でも・・」
こう返ってくるのもなんとなく分かってた。
多分人生で二度目―――
もう一度言おうか。
俺は氷上の目をじっと見た。
目を逸らした氷上の目に合うように俺が動く。
俺は氷上から目を離さないようにした。
「そのことを気にしないってことが無理なら気にしないことを気にするな。
いいな」
矛盾している言葉かもしれない。
でも過去は変わらない。
いくら懺悔しようとも。
だったら気にしない方がいい。
気にしないだけで忘れるわけじゃない。
気にしないだけだ。
「でも・・」
それでも氷上はやはり気になるようだ。
これはもう性格だろう。
「お前は悪くない。それでいいじゃないか?
お前は悪人になりたいのか?」
俺はそっと氷上の頭に手を乗せる。
髪の柔らかい感触が左手の掌一杯に伝わった。
そしてくしゃくしゃと髪を掻き毟った。
「な、何をするんですか!?」
当然、氷上は俺から一歩離れ乱された髪をどこに入っていたのだろうか、櫛で髪を梳かし始めた。
俺はにやりと笑い、
「これであいこな?
お前は俺に助けられて貸しが出来た。
そして俺はお前にひどいことをしてその貸しをぶち壊した。
だからお前が気にする必要はもうないわけだ・・・な?」
「え」
腹の鳴る音が聞こえた。
音の発生源は俺の腹だ。
今日は朝から何も食っていない気がする。
・・・っていうか食ってない。
ふうとため息が聞こえた。
顔を上げると、軽くため息をつく氷上の顔があった。
「わかりました・・もう気にしません」
「そうか・・」
「でも・・」
氷上は少し悪戯っぽく笑った。
「あなたから髪を乱されて、あなたに貸しができてしまいました」
「え? マジ?」
「はい。マジです。
だから返してもらおうかと・・」
まさかこんなことになるとは思わなかった。
一体何をすれば許してくれるのだろう。
俺は息を呑み、氷上の言葉を待った。
「私もあなたのこと真さんって呼びますから、真さんは私のこと愛彩って呼んでください」
以外と大したことのない頼みで驚いたが、それが氷上の望みならと、確認するように呟いた。
「愛彩・・か」
「愛彩です。真さん」